第15話公演会

 一週間後の日曜日。

 駅近くにある噴水の前で、宝条さんと待ち合わせをしていた。

 今日は演劇部の公演会当日だ。

「ごめん、遅れた」

「五分くらい平気ですよ。雫ちゃんは三十分なんて平気で待たせますらね」

 衝撃の事実だ。

「そ、そうなの……?気にしてないなら、良かった」

「それじゃ、行きましょうか」

 公演会は、学校ではなく小規模の劇場を使用するらしい。

 この劇場は、今活躍している劇団も使っていたことで有名な場所だ。

 そこを使わせてもらえるということは、それだけ、うちの演劇部は期待と実力を秘めているということになる。

「宝条さんは何回か見に行ったことがあるの?」

「雫ちゃんが出演し始めてからなので、今日で四回目です。南雲くんびっくりしちゃうと思いますよ?」

 入学してから二ヶ月なのに、そんなに出演してたのか。

 規模の大きい劇団は、月に最低でも十二回ほど公演会が開催される。

 部活の公演会が月に二〜三回ほどらしいので、二ヶ月で四回はなかなかだ。

 それも、全部が主役として出演していることから、黒瀬さんの演技力やカリスマ性が伺える。




 予定より早く着いたが、既に半数以上の席が埋まっていた。

 小規模な演劇場なので動員数は百人程度。

 それでも、部活程度の規模で半分以上の席が埋まっていることは快挙と言える。

「なんか……こんなステージとか観客席を見ちゃうと萎縮しちゃうよな」

「プレッシャーとか緊張とか、凄そうですよね……わたしは絶対に出来ません」

 この先、二度と演者としてステージに立つ予定は無い。

 だけど、この緊張感を再び肌で感じれて良かった。

 そうしている間にも観客は増え、気づけば満席になっていた。




 開演から三十分経ったが、俺は演者たちが作り出す雰囲気に圧倒されっぱなしだった。

 とても、学生とは思えない演技力に観客席全体が熱を帯びる。

(正直舐めてた……そりゃ、有名になるのも納得だ)

 だが、たったいま舞台に上がった一人の演者が、その熱をさらに加速させた。

 衣装や専用メイクで役に入り切ってる黒瀬さんだった。

 声も普段より低く、動きもキレがある。

 他の演者が霞んでしまうほどの魅力を黒瀬さんは放っていた。

「うはぁ……可愛いよ、雫ちゃん」

 隣では、嬉しそうに演劇に夢中になっている宝条さんがいた。

 王子役なのに、感想が『可愛い』か。

(黒瀬さんからしたら複雑だろうな)

 俺は心の中で苦笑していた。

 演劇の内容は、俺でも知ってる童話だった。それを、より大人向けに物語が改変され、先が読めない展開になっていた。

 観客全員の意識を取り込んでいた物語も終盤に差し掛かり、一人のお姫様を巡って魔女と王子の一騎打ちが繰り広げられている。

 ステージ全体を大きく使い、時にマントを翻し観客を魅せる。

 そうして――

「終わりだ!卑劣な魔女め!姫は返してもらう!」

 そう叫び、剣を振り抜く。

 切られた魔女は断末魔を上げ、ボロボロと跡形もなく崩れていった。

 え?あれ?魔女を演じていた人はどこいった……?

 俺は突然の出来事に困惑していた。

 俺が知らない間にホログラムでも導入されたのか?

 その間も、ステージでは物語が進み王子と姫がキスを交し、フィナーレを終えていた。



 演劇終了後のカーテンコールでは、部長を中心に一人一人あいさつが行われていた。

 あいさつが終わり役者が舞台袖にはける瞬間、俺と黒瀬さんの視線が交差した。

 ほんの少し表情を柔らかくし、舞台袖に消えていった。

 その瞬間、昔同じように笑った女の子の姿が、俺の脳裏を過ぎった。

 


『雫さま最後笑ってたよね?いつも、最後まで凛とした表情を崩さないのに……!』

『もしかしたら、あたし……目あっちゃったかも!』



 まだ人目があるからなのか小声で、黒瀬さんのファンと思わしき女子生徒達が黄色い悲鳴を上げていた。

 俺は余韻に浸りながら、昔の記憶を思い返していた。

 ――同姓同名……か?演技の仕方も違うし……

 服の裾をチョイチョイと引っ張られる。

「南雲くん、そろそろ出られそうですよ」

「ん、わかった」

 宝条さんを連れ立って出ていく途中――

『やっぱり雫さまは王子役が一番だよね』

『前回のお姫様役は微妙だったっていうか、似合ってなかったよね』

『配役決めた人マジで分かってないよね〜』

 他の観客達が感想を言い合いガヤガヤとしている中、そんな言葉だけがハッキリと俺に届いた。



 帰りの電車に揺られていると、いきなり宝条さんが俺の顔を覗き込んでくる。

「どうでしたか?初めての演劇は?」

「思った以上に楽しかったよ。また観れたらいいな」

「また、近いうちにやりますよ。今度は加奈子ちゃんも誘ってみましょう!」

「……そうだな」

 その時までに、仲良くなってるといいが……。

「それにしても……あんなに酷いこと言うなんて考えられませんよね!」

「……え?」

「ほら、『配役ミスだ〜』とか『似合ってない〜』とか、言ってた人いたじゃないですか」

 俺だけじゃなく宝条さんにも、しっかり聞こえていたらしい。

「……たしかに、酷いよな」

「今度言ったらビンタですね」

「暴力はやめような?」

 その夜、黒瀬さんから電話がかかってきた。何かと思えば、演劇の感想を聞かれ、たくさん褒めろと言われたのでたくさん褒めてやった。

 演劇の帰りに感じていた鬱憤は、黒瀬さんの嬉しそうな声のおかげか綺麗さっぱり消えていた。



 黒瀬雫……。

 中学二年生のころに同じ劇団に所属していた女の子と同じ名前だ。

 けど、面影がないというか……。

 昔の彼女は、今と違ってオドオドと自信なさげだった。

 演技も人目を気にして控えめ、自己主張も出来ない女の子だった。

 とはいえ、当時の俺の記憶もおぼろげだし、当時周りにいた演者の顔なんて覚えてない。

 きっと、人違いだ。

 オレは、そう結論づけた。

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