第21話 君の隣にいても

「ふぅー……よしっ!」


 一つ決心をして学校指定のスラックスではなく、スカートを手に取る。

 姿見の前には、スカートに履きなれておらず、やや顔を羞恥に染めたがいた。

 恥ずかしさや不安はあるが、それ以上に僕の心は期待と喜びに満ちていた

 仕上げにヘアピンケースの中から真新しいヘアピンを手に取る。

 以前、南雲くんがプレゼントしてくれた物だ。

 今日まで、勿体なくて使えてなかった。

 クラスのみんなは驚くかな?

 ヘアアクセやスカートなんて、学校に身につけていった試しがない。

 でも、それは昨日で終わりだ。

「変わるって決めたんだ……。いつまでも、受け身のままじゃダメだよね」

 ヘアピンをギュッと握りしめ、誰に聞かせる訳でもない独り言をつぶやく。

 横髪に差しこんだあとに軽くヘアピンを撫で、家を出る。



 うぅ……。下半身がスースーする。

 なんか、注目浴びてる気がするし……。

 僕は家を出てから変に緊張していて、家で固めてきた決心がゆらぎそうになっていた。

「雫、おはよ」

 そんななか、後ろから肩を叩かれ、振り向くと加奈子が片手を上げて挨拶をしてくる。

「おはよう、加奈子」

「どーした?顔強ばってんぞ?」

「え?そうかな……」

「雫のスカート履いてんの初めて見た。似合ってんじゃん」

「結構不安だったけど、加奈子が言うなら間違いないね」

 加奈子は不器用だから、顔をこちらに向けずぶっきらぼうに褒めてくれる。

 少しだけ、緊張がほぐれるのを感じた。

「どういう気持ちの変化なん?」

「今のままじゃダメだと思ってね。可愛い物も好きだし、可愛い格好もしたいから」

「制服のスカートって可愛いか?」

「僕は悪くないと思うけどね」

 スカートの端をチョンとつまんでみせる。

 意味わかんねーと加奈子は言っていたが、そんなものなんだろうね。

 そこからは、特に会話もなく学校をめざした。




 やはり僕が教室に入るとかなりの注目を浴びた。

 入学して二ヶ月だが、クラスメイトのほとんどは小学校の頃からの付き合いだ。

 見慣れていた姿が一変したのだ。

「うぅ……」

「意識しすぎだっつーの、三日も経てばみんな慣れるって」

「それは、分かってるけどさ……」

「ほら、しゃんとしろ!渚が来たらもっとうるさくなるぞ」

 それでも、やっぱり恥ずかしいので加奈子の影に隠れるようにして話をしていた。

 そこに、噂をしていた渚が現れた。

「おはようございます。加奈子ちゃん、雫ちゃ……――ん?」

「はよー渚」

「おはよう……凪」

 目をぱちくりして、僕の顔とスカートを交互に見やる。

 それと同時にパァーっと一気に笑顔を咲かせる。

「わぁ!どうしたんですか?雫ちゃん!」

「ちょ……声大きいよ、渚」

「あ、ごめんなさい!でも、すっごく可愛いです!」

「ありがとう……そう言ってくれると嬉しいよ」

 渚は裏表がなく思ったことは、素直に口に出す子だ。

 間違いなく本心なのは分かっている。

 それが、逆に恥ずかしかったりする。

 チラリと窓際に座っている南雲くんを見ると、一瞬目があった気がする。

 が、すぐに、逸らされてしまったから分からないけど……。

 お昼休みに感想もらおう。

 少しだけ慣れてきたのか、こんなことまで考える余裕を持ち始めていた。



 ――お昼休み



「あの……黒瀬さん?今いい?」

 お弁当をもって屋上に行こうとしたら、二人組の女子生徒に話しかけられた。

 おそらく、南雲くんに絡みに行った子たちだ。

「構わないよ、場所……変えようか?」

 告白スポットと呼ばれている学校の裏庭に移動した。

 二人はなにか言いたげにしている。

 だが、一向に切り出さないので、僕から切り出してみた。

「どうかな?制服のスカートって初めて履くんだけどね、似合ってるかな?」

「えっと……黒瀬さん?なんで……そんな格好を……?」

「言っている意味が分からないな」

「いつもの黒瀬さんは、もういないんですか……?」

 昨日までの僕のことを言っているのだろう。

「残念だけど、君たちの大好きな王子としての黒瀬雫はいないよ」

「なんで急に……?」

「僕が『王子』なのは演劇の世界の話さ。この世界では……ただの女の子だ」

「そんな……」

 僕から見ても分かりやすく落ち込んでいる。もう一人の僕は、こんなに慕われていたのか。

「黒瀬さんはわたしたちを騙したんですか!」

 もう一人の子が落ち込んでる子に変わって、そう叫ぶ。

「なんで、そう思うの?」

「わたしたちの相談に乗ってくれたり、みんなに優しくしたり……みんなに良い顔して、その気にさせたじゃん!」

「僕はそんなつもりは無かったよ。それに……みんなを騙したと言うなら、それは僕自身も含まれるよ」

「なに言ってるんです?自分自身も騙す?そんなこと言って、逃げないでくださいよ!」

 きっと、この子は分からないんだろうな。

「僕は君たちにたくさん手を貸したよ?でも……僕が困っているとき君たちは助けてくれただろうか」

「あ…………」

「別に、打算的にやっていた訳じゃないさ。みんなが僕を慕ってくれていたから、それに応えるために頑張ってたんだよ」

「苦しくてもみんなのイメージを崩さないように頑張ったんだ」

「それは……」

 僕のいままで隠していた本音に、二人はたじろぐ。

「君たちが慕っていた僕も偽物とは言わないよ?けど、それは舞台の上の僕なんだ」

「だから、君たちにはこれからの僕を見て欲しいんだ」

 心の中でせめぎ合っているのか、複雑な顔で押し黙ってしまった。

 結局答えは――

「……もう、良いです!時間取らせてごめんなさい!」

 そういって、走って行ってしまった。

「分かってはいたけど……辛いね、アハハ……」

 彼女たちは受け入れられなかったんだろう。

 結局、屋上に行く時間は無くなってしまったので、教室で加奈子たちと遅い昼食にした。




 加奈子の言う通り、好奇な目は数日で収まった。

 僕を慕ってくれていた人たちも、ほんの数人離れてしまった。

 けど、今まで通り接してくれる人達が大半だった。

 南雲くんの言う通りだったね。

 仲良くしてくれていた人達が離れたのは悲しい……。

 けど、必要な事だと思うことにした。

 だって――

「や!待たせたね!南雲くん!」

「本当に毎日来るんだね……」

「もう少し嫌そうにしたら来ないであげるよ?」

 今の学校生活の方が何倍も楽しいから!




『人の目線ばっか気にしてたら、いつか本当の自分まで見失うぞ』

『心には素直になるべきだ』

 かつて、僕にかけてくれた言葉を思い出す。

 随分遅くなってしまったが、ようやく呪縛から開放された。

 いまの僕は君の隣にいても恥ずかしくないかな?

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