第19話 天命を待つ

 計画とは、往々にして順調に行かないものだ。

 火曜日の放課後、俺は屋上で二人の女子生徒に詰め寄られていた。

 土曜日のことをクラスメイトに見られることは想定内だった。

 ただ一つだけ想定外だったのが――俺の想像以上に彼女らが黒瀬さんに狂信的だったこと。

 黒瀬さんのファンはたくさんいる。

『王子 黒瀬雫』というキャラに惹かれる生徒も少なくない。

 だが、表立ってそれを公言している生徒はいない。

 ただし、目の前の二人は例外だった。

「土曜日、一緒に歩いてい女の子さ〜雫さまだよね?どうゆうこと?」

「別に……ただ、遊んでいただけだよ」

「それは良いんだけど、あの格好はなに?あんたがそうさせたんでしょ?」

「黒瀬さんの意志だ、俺は何も言っていない」

 確かに、俺がさせたといっても過言では無い

 でも、俺はきっかけを作っただけ。

 あの場にあの服装で現れたのは、黒瀬さんの意思だ。

 一人の女子生徒は、顔を歪ませる。

 俺の発言がとても信じられないといった様子で、さらに詰問の激しさが増す。

「そんなわけ無いでしょ!雫さまがあんな格好するわけ無いじゃん!弱みでも握ったの!?」

「握ってるわけないだろ、黒瀬さんもだ。俺なんかと遊ぶだけでもオシャレをしようとしてくれたんだろう」

「それだけなら、あんな格好じゃなくても、普段通りの格好でよかったじゃない」

「年頃の女の子が自分の好きな服装すら着られないのは……あんまりじゃないか?」

 俺は、なるべく『女の子』という単語を織り交ぜ訴える。

 だが、残念ながら効果は薄い。

「あんたに雫さまのなにが分かるわけ!?かっこいい雫さまが輝いてるの!」

「ていうかさ〜あんたが雫さまと一緒にいるのが不快なんだけど〜?あんまり、株を下げるようなことしないでよ」

「俺は少なくとも、お前らより知っているつもりだ。こんなんで下がる株なら元から無いようなもんだろ」

 対面している二人は、俺の言葉にギリっと奥歯をかみ、怒りを露わにする。

 空気がさらにピリつき、まさに一触即発状態。

「あら?お取り込み中でしたか?」

 第三者である宝条さんの登場で、一触即発ムードが霧散する。

 あまり、見られたくないのだろう。

 女子生徒二人はギロりと強く俺を睨み、足早

に退散していった。



「モテモテになりましたね?南雲くん」

「今の状態がモテモテなら、俺はずっと一人でいいな」

 俺は、フゥと緊張をほぐす。

 宝条さんは二人が出ていった扉の方を控えめに睨みつける。

「こんなに早く噛みつかれるとは思わなかったな」

「彼女らは特殊ですよ。まぁ、雫ちゃん絡みやので変に吹聴はしないと思いますが」

「まぁ、俺は問題ないよ……問題は黒瀬さんの方だ」

 ようやく、俺の前で素を出せるようになったのに、ここで振り出しに戻るのは痛手だ。

 労力が無駄になるというより、この一件で黒瀬さんが変わろうとしなくなるだろう。

「遅かれ早かれ雫ちゃんの耳に入ると思いますが……どうします?」

「どうもしないよ、ここから先は何もしない」

「え?任せっぱなしにしてるわたしが言うのもおこがましいですが……見捨てるのですか?」

「ここから先は黒瀬さんの頑張り次第だ」

 宝条さんは悲しそうな目でこちらを見る。

 想定外ではあったが、これも計画の延長線上に存在していた可能性だ。

 それに、背中を押してやるつもりではいたが、ずっと手を引くつもりは無い。

「これは黒瀬さんの人生だ。俺はきっかけを与えてあげる位しかできないよ」

「ずいぶん割り切ってますね」

「他人の人生を変えられるなんて、勘違いはしない」

 屋上から見える街並みを眺めながら、自虐的に語る。

「割り切ってるのにずいぶん辛そうですね」

「そう?気のせいだよ」

 俺は、昔の自分と黒瀬さんを無意識に重ねていた。

 置かれてる状況は違うが、本質は同じだからか。

「南雲くん。雫ちゃんをお願いします」

 そう言って、俺の返事を聞かずに屋上から姿を消した。

(あとは、黒瀬さん次第なんだけどな……)

 俺は、天命を待つかのように天を仰いだ。


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