第18話 想定外
学校をサボった次の日の火曜日、クラス内はザワついていた。
黒瀬さんに公演会の感想や次も楽しみにしている旨を口々に伝えていたからだ。
過去にも、同じような状況があったが、これが原因だったのか。
幸いにも月曜日に休んだ件は、そこまで深堀されなかった。
俺の周りで談笑してた三馬鹿トリオも口々に黒瀬さんを評価する。
「やっぱ演劇部のエースは黒瀬だよな〜」
「一年生で主役ばっかやってるしな」
「それでも、演劇部が仲良いのってすげぇよな。やっかみとか起きそうなのに」
やはり、みんなからの好感度は高い。
嫌味がひとつも聞こえないのは凄いことだ。
「で、南雲から見てどうだった?演劇見に行ったんだろ?」
「終始圧倒されてたよ。あの人だかりができるのも納得だ」
「やっぱ、そうだよな〜」
みんなが口を揃えて絶賛をする。
『凄かった』の感想は共感できる。
だが、俺から見て舞台の上に立っている黒瀬さんは――学校で見ている黒瀬さんとそんなに変わらない気がしていた。
――昼休み
「や〜……結構観に来てくれている生徒がいてびっくりしたよ」
「今までの比じゃないくらいに囲まれてたな」
「嬉しいけど、流石に気疲れしてしまうよ」
「あの迫真の演技を目の当たりにした身としては、感想を言いたくなる気持ちはわかるけどな」
お互い苦笑いをうかべ、顔を見合わせる。
そのとき、ビュウッと初夏の爽やかな風が青葉の香りを運んでくる。
穏やかな風が、黒瀬さんの綺麗な黒髪をサラサラと撫でるように横に流す。
髪を押さえながら恥ずかしそうにはにかむ様子は、演技ではなく昨日一緒に過ごした黒瀬さんそのものだった。
「……そういえば、南雲くんからは何も無かったね?」
「いや、誰よりも早く伝えた気がするけど?」
「頑張ったご褒美くらいくれても良いんじゃないかい?」
「なにが欲しいんだよ」
月曜日サボらせたとはいえ、たくさん遊んだ気がするけど……。
人差し指を唇に当て、少し沈黙したあとに、コテンと頭を俺の方に傾ける。
「撫でて?」
「……へっ!?いやいや、宝条さんとか柏崎でも良いだろ」
「……ん」
俺の抵抗に意を介さず、早く撫でろと言わんばかりにグイグイと迫ってくる。
軽く溜息をつき、頭に手を乗せて乱暴に撫でる。
(見た目以上に髪の毛サラサラだな)
「……思ったより悪くないね」
「……っ!はい、終わり!もう、十分だろ?」
目を瞑り、心地よさそうにしている黒瀬さんを見ていると急に羞恥心有が顔を覗かせる。
そのため、早々に切り上げる。
物足りなさそうな顔をしていたが、渋々といった様子で引き下がってくれた。
「もう一個、ご褒美お願いしてもいいかな」
「欲張りだね。なに?」
「また、学校サボって遊びに行こう」
普通に遊びに行くのではなく、学校をサボってか……。
悪くは無いが、その誘いを断った。
「そうだよね……。たしかに、何回も休むのは良くないよね……」
「出かけるのを断ったわけじゃないよ。今週の土曜日はどうだ?」
「土曜日……?」
黒瀬さんは顔を曇らせる。
学生が休日に遊ぶことはなにも問題では無い。
というか、普通だ。
「なにか予定があったか?二人が嫌なら、宝条さんを誘ってもいいけど」
「嫌では無いけど……何をするんだい?」
「黒瀬さんの好きなことをしよう。食べ歩きでも良いし、演劇を観に行くのも良いな」
「それは、魅力的だけど……。休日じゃなきゃダメ?」
俺は首を縦に振る。
だが、断られたらサボり確定だ。
あまり、無理強いしても良いことは無いからな。
「もし、クラスメイトに見られたらどうするつもりだい?」
「クラスメイト同士遊ぶことは、不自然じゃないだろ?」
「僕と南雲くんは、あまり学校で接点が無いじゃないか」
「俺と宝条さんが友達ということは、既にみんなの共通認識だよ。その過程で仲良くなったってことにすればいい」
俺の提案に笑みをこぼす。
「南雲くんって、変に悪知恵が働くね」
「というか、誰とでも仲良くなれる黒瀬さんだ。俺と友達でも変じゃないでしょ」
「ふふっ……たしかにそうだね。わかった、土曜日にしよう」
恐らくさっきの『クラスメイトに見られたら』は、『俺と一緒にいるところ』じゃない。
『女の子っぽい服装をしている』ことを指していたのだろう。
俺は心配よりも嬉しさが勝っていた。
俺が何を言わなくても、自分を可愛らしく着飾ることに抵抗感を示さなくなっていたから。
計画通りだ。
そして、土曜日は予定通り演劇と食べ歩きを楽しんだ。
黒瀬さんは、直前まで渋っていたとは思えないくらい、はしゃいでいた。
その要因はやはり、今回の演劇に黒瀬さんの大好きな劇団が出演していたことが大きいっぽい。
昔の伝手を頼った結果、条件付きで予約が困難な劇団のチケットを譲ってくれた。
食べ歩きしている途中も演劇の感想を楽しそうに語っていた。
「僕、初めて見たんだよ!ぜんっぜんチケットが取れなくてさ〜……」
「そんなに好きだったのか?取れたのは偶然だったけど、喜んでくれて良かった」
「好きなんて言葉じゃ表せないさ!もう、南雲くんには足を向けて寝られないね!来て良かったぁ……」
黒瀬さんは胸の前で手を組み恍惚な表情で、余韻に浸っている。
正直、今まで見てきた中で過去最高の笑顔すぎて直視できない。
多分、クラス連中が見たら死人が出るほど、眩しい光を放っている。
とりあえず、これで休日に出かけることに抵抗は感じなくなってきたはずだ。
これから、少しずつ慣れていけば……なんて、考えていたが想定外のことが起きた。
――「土曜日、一緒に歩いてい女の子さ〜雫様だよね?どうゆうこと?」
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