第3話
勝は父と母、そして父方の祖父母が一緒に暮らしている。今ではなかなか見なくなった3世帯同居というやつだ。
文が親に言うと言っていたから、自分も親に言わなくてはいけない、文の親から連絡が来る前に、早く。気持ちは焦るが、気が重い。重すぎる。どう切り出せばいいのだろうか、いや、親に言う前に佐奈に言わなければ。
佐奈は彼女だ。家族にも紹介して家にも来ている。母も父も祖父母も、佐奈の名前どころか、顔も知っている。それは文も同じだ。文と別れ、佐奈と付き合っていることを家族は知っている。知っているからこそ、「文との子どもができた」なんて、どう切り出せばいいのか。なんて言われるのか想像もつかない。
頭がグルグルして、吐き気さえする気がする。もう、考えたくない。でも時間を置けば置くほどヤバいのだけはわかる。
電話がなった。
文だってまだ家に着いたばかりだろ、と思うも体がこわばる。電話は別の電話だったようでホッとする。が、もう自分の頭も体も限界だ。
まずは母だ、と思う。母からみんなに伝えてもらう方がいい。
「ちょっと、いい?」
母を家の隅っこに連れ出して、怪訝そうな母にそっと告げる。
「文に子どもができたって。」
それだけ言うと、母は
「えー、ほんとにー、もう結婚したの?」
とおめでたい事のように騒ぎ出す。
それを聞いてちょっとうんざりしつつ、
「どうしたらいい?」
小さな声で言うと、母がきょとんとする。
「お祝い何がいいかってこと? 元カノにお祝い贈るの?」
首を振る事だけで答えて、振り絞るように吐き出した
「っ、俺の子らしいんだけど―――」
母の目を見ることはできない。
間をおいて、
「は? どういうこと?」
母が聞いてくる。
「あんたは佐奈ちゃんと付き合ってるんじゃなかと?え、文ちゃんと付き合ってるの? 佐奈ちゃんと別れてたん? 子どもって、え、えぇー!」
まじまじと見る視線を感じる。返事を待たれてるようだ。
「佐奈と付き合ってるけど、文に子どもができた。」
母は、
「なんしよると、どうしてそうなったん?」
とパニックだ。
その後、文の親からも電話がかかってきて、もちろん「責任をとれ」ということで落ち着いた。家族になるのだから、あまり騒ぐのは双方にとっても、当人たちや子どもにとってもよくないと大人の判断を親たちは下したらしい。
はじめこそ家族にさんざん非難されて、しゅんとしていた勝だけど、兄と違って経済力もあり、正社員としてしっかり働いている「社会人」ということもあり、ちゃんと「責任もとれる」ということで家族にもしぶしぶ認められたのを機に、いつものお気楽な勝になった。何も知らない勝の会社では、入社2年目の新人が結婚するということでかなり祝福され、ちやほやされていることもあるのだろう。男の甲斐性があると逆に評価されてもいるようだ。
「佐奈さんとはきちんと別れなさいよ。」
母はそういうと、その後は佐奈の話を出さなくなり、家族も佐奈について触れることはなくなった。
その後、佐奈とはすんなり別れたと、おめでたくも勝は思ってる。勝は相手の立場に立って物事を考える事ができないということを自覚していない。
「婚約指輪はお給料の3か月分で。」
そう文が言うと、根が素直な勝はうなずく。勝はそういうものだと言えばなんでもその通りにする。文にとっては扱いやすい男だ。だから、簡単に奪えた。
羽振りが良いのも気に入っている。が、結婚するなら別だ。財布のひもはしっかり握ろうと決める。
勝は実家で生活費がかからないことをいいことに、趣味の軽音楽器やら服や靴やら、だいぶ好きにお金を使っていた。成人式のスーツも自分で購入してきたのは偉いと思うがエメラルドグリーンの演歌歌手と見まごうようなスーツには家族も文も少し引いた。
自分が手綱を握らないと、気を引き締めて、これからの生活に文はにんまりした。
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