第3話
草猫が子供たちから逃げ切り安心したと同時に全き知らない路地に身震いをしていると、陰から一匹の猫が現れて
「助けてやったんだ、そのまま逃げていかれたら困る。何かをされたら、何かを返すってのが礼儀ってもんじゃないのかい?」
とその大きな体に似合った声で言ってきたのだが、草猫にしてみればこのような猫なぞ助けてもらうどころか見たこともないのでどうもよく分からなかった。その様子を見た猫が
「あんた、その体知らないとは言わせないよ。誰があんたのぼろぼろの体をばあさんのところまで連れて行って、治療させたと思ってるんだ。身に覚えがなくとも私は命の恩人なんだ。命の恩人に礼もなく立ち去るってのはおかしな話だろ。」
と近づいてくるときにはじめて自分の怪我が治っていることに気が付いた。確かに助けてもらったらしい。しかし、礼をしろとしきりに言うこの猫はどうも怪しい、怪しいが自分はここの土地勘やらなにやらすべてわからないのでこの猫を利用して把握するのも一つだろう。しかもこの猫は自分より一回りも二回りも大きく鈍いはずであるのでいざとなったら逃げればいい。草猫が、わかりました、わかりました、貴方にお礼をさせていただきます、命の恩人なのですから何なりとお使いください、というと猫は
「ようやく理解したか。わかってくれて助かったよ。じゃあ、早速だが私の家へ連れて行ってやろう。」
と踵を返して路地の奥の方へ歩いていき、草猫も遅れないようについていった。
その道中、草猫が、なんと及びすればいいのでしょうか、と聞くと
「私はそこらの薄汚れた野良猫とは違って飼い猫だったのだからちゃんとした名前があるのだ。私の名前は……」
と言ったが猫に人間の言葉が発音できるわけがないので何かもごもご言うようにしか聞こえなかったが、本人的には真面目に発音しているらしい。
「私にはその発音は難しいので、飼い猫さんと呼んでもいいでしょうか?」
「いいだろう。どちらにせよ私のことを野良の連中と一緒にしないのであればそれでよい。」
ありがとうございますと言いながら草猫はあの路地裏にも自分は他とは違うとわめいていた野良がいたことを思い出した。また草猫は、疑う様で申し訳ないのですがなぜ自分は飼い猫であるとわかるのですか、と聞いてみると
「疑うのも仕方がないだろう。そうだな、私が飼い猫であったということは私の記憶によって作り出された幻想なんかではないという証拠として、私には生殖器がないのだよ。これが何よりの証拠だ。」
実際に見てみてもそれらしきものが見当たらないのでこれは本当らしかった。草猫はそれを見て、生殖能力を奪われていることを誇らしげに語っていることことや結局人間から捨てられていることを考えてしまい、相手が草猫の方を振り返らないことを本当にありがたく思った。
そうこうしているうちに、飼い猫の家につのだが、やはりいくら飼い猫だったと威張ろうとも今は野良猫の身なのでその家は人間の家とは似ても似つかないただ建物からはみ出した室外機の下を縄張りにしているだけのものである。そこもまたおかしかったのだが、飼い猫が
「今日からお前にはここに住んで私の世話をしてもらう。」
とこちらを向いたのでどうにか抑え込んだ。確かに飼い猫の世話をするのは面倒だが住むところがない以上、選択肢はなかった。
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