第29話 尊き命

 薄暗い回廊を、俺とササミは駆け抜ける。

 目の前を立ち塞がる虫達を蹴散らし、その奥へ奥へと足を急いでいた。


 「ササミ!

 そっちに一匹向かったぞ!!」


 「俺に命令するな!!」


 「はいはい、分かりましたよ!!」


 まぁこの会話の通り喧嘩しながら、例のE7のダンジョンをどんどん突き進んでいる。

 ササミの力がどの程度なのか最初の方は怪我もあったしちょっと不安もあったが、実際体格も力も強いので問題ない。

 何なら、コイツの姿にビビって若干敵が怯むまである。

 その隙を狙って一体でも多く俺は目の前の敵を蹴散らしつつ更に奥地へと足を急いでいた。


 「ご主人、ほらさっさと行くぞ」


 「お前の足と俺の足じゃ勝手が違うんだよ!!」


 「やーい、短足チビ!」


 「てめぇ!!」


 お互いの体格や力の方向性が違うが故に、倒して煽られ喧嘩をする。

 正直疲れるが、さっさと奥に進まないといけない焦りもあってゆっくりも出来ない。


 「クソ!!まだあるのかよ!!」


 「ほら!、だったらもっと急げよ!」


 「俺だって小さいなりに頑張ってるんだよ!!」


 そんなこんなあって、かなり置くまで来た俺達。

 で、何ともまぁ最初の壁が現れた。


 「お前が敵の親玉か?」


 人の形をしたソレがそこには存在していた。

 最初は普通の人間、あるいは死体か何かだと思ったが立っているし何ならこちらの姿を待ち伏せていたかのように道の真ん中で剣のような武器を持ち、仁王立ちで立ち塞がっていたのである。


 「敵ね、なるほど……。

 君が例の……」


 そう言って、立ち塞がる人らしき存在はゆっくり剣らしきものを右手で持ち、その切っ先をこちらに向けた。


 「どうやら、戦わなきゃならないみたいだな。

 ササミ、やるぞ」


 「………。

 なるほど……通りで面倒なのが外に居た訳だ」


 「どういう意味だよ?」


 ササミは例の人間らしき存在を知ってるのか、意味深な言葉を呟いた。

 そして、奴も同じく……。


 「久しいな、まさか守護者の君がね……。

 他の頭はどうした?」


 「別行動中、てか君がここに居るって事は敵はこの先に居るのって事はつまりエンプーサなの?」


 「………、アレは先月死んだよ。

 こちらにも、インヴィディアと同じく厄介な使徒が生まれたものでね」


 「グーラの候補者か………。

 これは相手が悪いかもしれない」


 「私は一応、彼女から戦うなと言われている。

 しかしだ、君達をこのまま素通りさせるのは実に勿体無い。

 その血肉を、私は欲している。

 あまりにも長いこと、飢えてるものでね」


 人らしきソレはゆっくりとこちらに近付く、その姿が完全に露わになり、あまりの異型のソレに俺の全身に戦慄が奔った。

 

 黒と灰色の混ざったかのような古い外套を纏い、半分に割れた仮面からは無数の目のようなモノがこちらを見ていた。

 4足の足で立っており、肩の方からは4つの腕が生えているものの、2本が肘から先にかけて欠損している。


 「ああ、そうか驚かせて悪いね。

 昔の傷だよ、まぁどうだっていい。

 私には、コレ一本を握る腕と足があればいいからな」


 声からして、恐らく女性。

 しかし、性別という概念で括っていいのかあまりの威圧感に思わず足が竦み一歩後退っていた。

 

 「グーラの騎士、アラクネ。

 ほんと、その姿でまだ現役とは……」


 「これでも全盛期よりは落ちたんだ。

 ただまぁ、君達を相手にするには問題なさそうだよ」


 ササミはソレをアラクネと呼んだ。

 どうやら知り合いみたいだが、仲良くはないらしい。


 「ご主人、コイツめちゃくちゃ強いよ。

 まぁ、ここの親玉の方がよりヤバそうだけど」


 「みたいだな、例えるならゲーム中盤の魔王くらいってところかな?」


 俺は目の前の存在をそう例え、戦闘準備に入る。

 力の形をイメージし、右手に水の刃が現れそれをしっかりと握り締める。


 その手は、僅かにだが恐怖で震えていた。


 「では、改めて自己紹介を。

 私はアラクネ、幹部の一席を担う戦士の一人。

 では器の使徒よ。

 いざ尋常に勝負と参ろうか………」


 その声の刹那、互いの刃が交錯した。



 敵の実力はこれまでの敵と比べて明らかに異質。

 こちらの言葉を介し、意思疎通は疎か頭もかなりキレる。

 その割には、自らの闘争本能を抑えられず暴走気味。

 しかし、ソレに見返りがある程の圧倒的な戦闘技術。


 己の力のみで、その地位にいるような。

 俺達の生きる世界とは違う、命のやり取りの中で生き残った猛者という印象である。


 俺達がカムと呼ばれる怪物相手の戦いを想定しているのに対して、目の前の戦士は人との戦いに特化している。


 下手に攻めれば間合いに飲まれ命は軽く吹き飛び兼ねない。

 故に本能的に奴の間合い内に入る事ができず、俺は遠距離から気休め程度の攻撃しか仕掛けられずにいた。

 

 しかし敵はこちらの血肉を求めて餓えてるので、まぁ全力で攻めてくる。

 凌ぐので手一杯、一手を違えば命はない。


 故に、紙一重の防戦を俺は強いられていた。

 

 「っ!!」


 「ほらどうした、小僧?

 その程度とはほんとに残念だなぁ」


 「くそっ、なんだよこいつ!!」


 焦り覚え、とにかくあらゆる手を尽くそうにもまるで歯が立たない。

 デカブツ相手だからこそ、死角を見い出しやすかったが俺達とほぼ変わらない大きさ存在を相手にするのはかなり至難の技である。

 特に、人間と姿形はあまり大きく変わってない為、思考の奥底に倫理感に苛まれ、目の前の命を奪う事に抵抗感を強く覚えるのだ。


 人の形をしているが故に……。

 こちらの言葉を介してくるが故に………。

 

 俺は目の前を存在を斬れずにいた。


 「小僧、所詮は中途半端な覚悟の人間だよな?

 人殺しなんてしたことがない。

 真っ当な道を歩んだ善人みたいだ……」


 「だから、何なんだよ?

 当たり前だろ、俺達はあの化け物と戦ってる」


 「私もその化け物の一人だよ。

 当然、多くの者をその手に掛けて殺してきた。

 戦士として、我が王の為にこの手を血に染めた」


 「………」


 「人間だから、同じ存在だとか。

 あまりにも些細な問題だ。

 生きるか、死ぬか……それだけの事。

 相手が何かは関係ないさ、我々は命を奪う者に変わりないのだからな。

 だが、お前等はあまりにも無知で愚かだ」


 「何?」


 「自らが潔白であると?

 馬鹿も大概だ、お前等も殺してるだろ?

 化け物を、我々の同胞達をお前等はその手に掛けた。

 故に、お前等人間のしてきたのは人殺しと同じ事。

 それを自らの正当化の為に、人殺しとは違うと言い張り、人の姿ではないからと、自分達は潔白であると言い張り続けている」


 「何が言いたい………」


 「あまりにも都合が良過ぎるとは思わないのか?

 何も知らず、何も躊躇わず、ただ姿形が違うから、ただこのダンジョンの中に存在するモノリスを欲するからと、そんな目先の欲の為に我々の同胞を何度も何度も殺してきた。

 私利私欲の為に、自分達の都合だけで我々の仲間を殺す事を、殺人を正当化したお前等人間の方が余程姿形の醜い生き物だと思うがねっ!!」


 「っ!!」


 敵の攻撃に自分の攻撃は弾かれ、追撃が向かおうとする刹那、何者かの影が両者の間に割り込み俺の身体を影の存在は跳ね除け、その身を挺して俺を庇った。

 黒い猫の怪物、ササミである。


 「な………」


 吹き飛ばされた身体が地面を叩き付けられ、視界が僅かに混濁するも目の前の視界に鮮血を流すソレを捉えた瞬間、何が起こったのかをようやく理解した。


 「どうして、こんな馬鹿な真似を………」


 「あはは……、ほんと何やってんだろ俺………」


 多く血が流れ、今にも死にそうな巨大な猫の存在。

 これまでの傷も治りきっていない、俺の事なんか嫌っていたはずのこいつが何故……。


 「おい、ふざけるなよ………。

 生きて帰るんじゃないのかよ………、

 ササミ………おい……動いてくれよ………」


 「………悪い、ご主人。

 俺、多分ここで終わりみたい………」


 「何を言って………」


 「ご主人、君は最後まで戦ってくれ。

 生きる為に、自分の大切なモノを守る為に………」


 「ふざけるなよ、こんなのってお前な……!」


 「………、ほんと自分でもどうかしてるよ。

 なんでかな、いつの間にか身体が動いてるんだ。

 一人で彷徨ってた時も、いつの間にか勝手に助けに行ってた……。

 自分に見返りがあるわけでもないのに……」


 「ササミ、お前………」


 「エリス様の事を頼んでいいかな………。

 俺じゃ多分無理なんだ、あの人を救えるのは君じゃないと多分無理なんだよ……。

 自分じゃ無理なんだって、ただ寄り添ってあげることしか出来ないんだ、俺は……」


 ゆっくりと巨大な猫の前脚が俺の元に伸ばされると、優しく俺の足元に触れてきた。


 「ポルトス……、それが本当の名前……。

 もっと君と戦う力が欲し……かったな……」 


 ソレを言い残すと、目の前の猫の意識はぱたりと途切れてしまった。

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