第16話 ヒトを超えて、助けたくて


 「ーーーー!!!」


 獣にも似た雄叫びを放つ巨大な影。

 数百に近い蒼の複眼を持った、カマキリのような存在がそこにはあった。

 現実に存在するカマキリはせいぜい、体長10数センチ程、大きくて20センチをようやく超えるくらいだろう。

 だが、目の前に居るのは三階建ての建物と同程度からこちらを見下す巨体である。

 

 本来、昆虫は6つの足を持つ。

 カマキリは両前足がその名の通り鎌状となっているのだが、目の前の存在は足が六本、鎌が四つ存在している。


 そして、今まさにその巨大な鎌達によって人間の首や胴体が掻き切られた瞬間であった………。


 「ぁぁぁぁぁ!!!」


 俺が来た頃には、既に地獄が存在していた。

 下半身を失った亡骸を抱える人の姿もあれば、決死の覚悟であの巨体に抗おうとするも、伸ばしたその腕の肘から先は消え去っている。


 一体何が起こったのか頭の理解が追いつかず、呆然としているだけの者まで居る。

 本来なら、俺達よりも実戦経験を積んだエリートの中のエリート集団がだ………。


 「クソ、マシな奴を何人連れて行けるか………。

 一人か二人、他に動ける奴等は……クソっ!!」


 後から駆けつけた俺が唯一のまともな思考が出来る状態。

 他の奴等は駄目だ、正直使い物にならない……。


 なら、誰を助けるべきかの取捨選択を問われる。


 「女か若い奴等、それとも一番精神状態がマシな奴か……。

 それとも重症か………」


 ゆっくりと考えてられる猶予はない。

 マニュアルを思い出せ、緊急時における対応はどうすればいいのかを……。


 だが、この状況だ誰かを見捨てるなんて真似は……


 「ーーーー!!!」


 「しまっ………」 


 「直政!!!」


 声と共に自分の身体は押し倒され巨大な鎌が身体のあった位置を通り抜ける。

 倒した相手を確認すると、先程向こうに置いて行ったはずの怜がそこに居たのだ。


 「怜……お前、なんで………」


 「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎!!」


 「………」


 「とにかく、ここに居る奴等を助けるんだろ?」


 「ああ、そのつもりだよ」


 「分かった……、ただお前も手を貸せよ?

 お前の能力が、アレには有効だからな………」


 「………分かってる、だがどうやるんだ?」


 「俺がどうにか、奴の外殻をぶち抜く。

 そしたらお前が全力で内部から爆破させろ、装甲は硬いが中からの攻撃は有効のはずだからな」


 「待て、怜。

 さっきお前、何をするって?」


 「だから言ったろ、俺が奴の外殻をぶち抜くんだよ」


 「ーーーー!!!!」


 狂ったように雄叫びを上げる巨大なカマキリの怪物。

 それに、ただ一人で目の前の彼は透き通るような水の刃の切っ先を怪物に向けるのだった。


 「おいおい、正気かよ………」


 「お前に言われたくはない!!」


 刹那、敵の鎌が水の刃と交錯する。

 左手は添える程度で、怜は軽々と敵の攻撃を受け止めていた。


 「合図を送るまで、攻撃を溜めていてくれ」


 「分かった」


 この場は怜に任せ、俺は敵から距離を取り右腕に力を込める。

 そこに力が集まるようにイメージをすると、そこに高い熱量を放った火球が出現する。

 

 力を溜め続け、火球は大きく更に熱く燃え盛る。


 そして、少し前まで俺より遥かに弱かったアイツは目の前の怪物相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。

 右手で水の刃での攻撃を繰り出し、左手からは水の糸のような物を出現させ敵の手足に絡ませ、急旋回を可能にしている。


 蜘蛛の糸に絡まれたかのように、次第に鎌同士が玲から放たれるソレによって身動きが取れなくなっていく。

 遂には足を使って大きく暴れ始めたが、壁面を縦横無尽に駆け回り、壁面から床へまた壁面へと三次元的な同じ人間とは思えない立ち回りを繰り広げる。


 「ーーーー!!!」


 「そこだっ!!」


 頭と胴との間の節に、彼は思い切り水の刃を振るう。

 僅かに敵の動きが硬直すると、胴体目掛けて水流を纏った彼の蹴りが放たれる。


 その瞬間、彼の右半身に掛けて流れている蒼い光がうっすらと見えた気がした。

 蒼く光る眼光は、敵の存在を捉え確かな手応えを感じるように、表情には愉悦にも似た微笑が漏れていた。


 「直政!!」 


 その瞬間、怜の左手から数本の糸が俺に向かって放たれ身体を持ち上げると、敵の背後目掛けて投げれる。


 「ああ、任せろ!!」


 身体の倍はあろうかという火球がそこには存在していた。

 敵の複眼はソレを捉え、逃げようと抗うも怜の糸で逃れる術を失っている。


 「人間を舐めるなぁぁ、カマキリ野郎!!」

 

 瞬間、視界全体が閃光に包まれ巨大な爆発が俺達を包み込んだ。



 「先に向かった彼等はこの先なんだよな、理亜君?」


 「はい、私の仲間がこの先で彼等を助けに向かったので間違いありません!

 早くしないと、彼等が死んじゃいます!!」


 怜と別れた私はすぐさま地上から助けを呼んだ。

 前線組が襲撃にあった事、彼等を助ける為に怜と直政が向かったこと……。


 そして、道案内も兼ねて私は地上に控えていた前線組の次軍を引き連れていた。


 一刻も早く彼等を助ける為に、とにかく急いで向かっていた。


 そして、目的の場所と思われる地点に到達した頃。

 最初の悲鳴が聞こえてから3時間以上が経過していた。


 ようやくたどり着いたその場所に広がっていたのは、大量血液や体液が散乱した大広間であり……。

 巨大な昆虫らしき存在の残骸と、その頭と思われるモノに肩を寄せて熟睡していた怜と直政の姿だった。


 「っ……二人共!!」


 私はすぐに二人の元へと駆け寄り、二人を大きく揺すり起こす。

 すると、眠そうな声でゆっくりと意識を取り戻し私の方を見た。


 「討伐成功、ダンジョンクリアってところか怜?」


 「馬鹿言うなよ、まだ途中だっての……」


 「馬鹿は二人だよ!!

 私すごい心配したんだよ、分かってる?!!」

 

 「悪かった、ひとまず重症者含めて生存者は横で待機させてる。

 細かいところはそいつ等から聞いてくれ。

 あー、すごい疲れた……」


 「俺の方が痛いっての……、直政はあの一回だけ殴っただけだろうが……」


 「違いねぇけどさぁ……。

 アレ思ったより負担が大きいんだぞ」


 「それなら俺だって……あはは」


 二人はそんな事を言いながら、乾いた笑いを浮かべていた。

 

 「全くもう……」


 二人が生きている。

 ひとまず一件落着、ギルドマスターからはこっぴどく怒られるだろうが……。


 私達3人でお説教を受けられる、それでいいんだ。



 E7の攻略はその後、しばらくの間中止ということになった。

 俺達二人が起こした騒ぎもあるが、前線組での負傷者及び犠牲者があまりに多く、被害は10数名にも及んだらしい。

 遺体の多くは、バラバラか酷い有り様も良いところで巨体に踏み潰され原型が分からない物もあった程。

 回収出来なかった者達も居る。


 流石に今回の一件で自体を重く受け止めた上層部側はダンジョンの調査を中止及び閉鎖に動くことになる。

 

 だが、俺達が討伐したカマキリ型のカムについて色々と調査を進めた結果、驚くべき事実が明らかになる。


 その意味を俺達が直接知る事になるのは、事件から一ヶ月余りが過ぎた頃だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る