第15話 花と虫、剣は折れて

 「あー、疲れた………。

 毎回ジメジメするから、昆虫系のダンジョンはほんと嫌いなのよ……。

 その癖、小さな虫までうじゃうじゃいるし……。

 直政、あんたの炎でこの中虫全部焼けないの?」


 「そんなことしたら俺達まで丸焼けだろ……。

 そもそも、燃やした後の毒性が強い可能性も高い上に、俺程度の力じゃこの中の虫全部は流石に無理な話だ……。

 とりあえず虫除けスプレーでもしていろ」


 直政はそう言うと、用意していた虫除けスプレーを取り出し理亜に手渡す。


 「はーい、どうせ気休め程度だけど……」


 悪態を吐きながらも、理亜は渋々と虫除けスプレーを身体に振りかけ直政に返した。


 現在俺達は例のE4のダンジョンの攻略に来ている。

 今のところ後方から前線の後ろを追う形で追跡してる最中なので、前線組のような戦闘は今のところ発生していない。


 故にこんな余裕をこいて雑談をしていられるのだ。

 


 出発の前日、ギルドもとい会社に俺を含めたいつものメンバーが呼び出された。

 いつものように何処か不機嫌な姐さんの様子に、俺を含めた3人は何を言われるかとビクビクと怯えていると、彼女はため息を吐くと衝撃的な言葉を告げた。


 「昨日、百花が例のダンジョンの事前調査に赴いた結果、沙耶が死んだと先程連絡を受けた」


 「は……?」


 死んだ?沙耶さんが?

 剣聖とも謳われた、彼女が………?


 「流石に冗談でしょう?

 だって、百花を最強に押し上げている彼女がたかがE4程度で死ぬなんて………」


 「………、桐壱から聞いてるだろう?

 E4から推定E6以上、今回の沙耶の一件でE7に落ち着くだろう………。

 正直言って、お前達には今すぐにでも引き上げるように命令したいところだが、上の方針は今更引き上げる事は考えていないらしい。

 報酬は上乗せするから調査は続行しろとのことだ」


 「脅威度7って、今現在人類が攻略したダンジョンの最高難度と同等じゃないか………」


 「その通りだ、ソレをお前達に任せる事になる。

 幸いにもお前達は最前線から遠い位置にいるがな。

 故に、直接交えるという可能性は低いだろうが何が起こるかは分からない。

 私も出向くべきだろうが、今回の件に加えて別件も幾つか舞い込んでいる。

 うちの稼ぎ頭のところが、少々問題を起こしたみたいなんだよ。

 全くこういう時にも関わらずあいつらは……」


 突然彼女は目の前の机を思い切り叩き、その衝撃に俺達も思わず怯えてしまう。

 あまりの気迫に、百花であった当時の鬼のような形相に理亜に至っては涙ぐんでいた。


 「とにかくだ、とりあえずお前達を向こうに行かせる訳だが決して無理はするな!

 いいか、危険だと判断したらすぐにでも引き返せ!

 その後の事は私がなんとかする、だから生き抜くことだけを考えろ。

 話は以上だ、あとは明日に向けて休むといい」

 

● 


 と、こんな一件があったので余裕をこいて雑談していられるのが正直おかしい状況だろう。

 あるいは、そうでもしないと俺達は平常心を保てないと表現すればいいのだろうか……。

 

 「そういや、怜?

 エリスさんからは何か言われなかったのか?」


 「一応止められはしたよ、何かあるかもしれないとは言ってたが………。

 あの沙耶さんが、死ぬ程のナニカってなると姐さんも把握しきれない何かがあるんだろう。

 ただ少し気になったのは、沙耶さんが死んだって様子なのにそこまで姐さんが慌てふためく様子を見せなかったところだ……」


 「そういや、そうよね………。

 四之宮君がちょっと怪我した時は、あんなに心配してたのに………。

 そもそも沙耶さんって、あんな感じの人だけどマスターとは親友だったんでしょう?」


 「親友に加えて、婚約者の妹だ。

 だから家族と同じくらい大切な人のはずなんだ………。

 なのに、あまり心配していないところを見ると姐さんはコレをある程度予知していた可能性がある。

 ただ、沙耶さんが死ぬのは想定外だろう。

 堺さんが、以前会社に出向いた時に俺達の知り得ない何らかのやり取りがあったのかもしれない……」 


 「そうは言ってもよ、俺達は既にダンジョンの中に居るんだから今更考えたってどうにもならないじゃないのか?」


 「ソレを言ったらおしまいでしょう直政?

 とにかく、今は仕事に集中しましょう。

 前線組にあまり遅れ過ぎたら、後ろの隊と私達が合流しちゃうかもしれないし………」


 「はいはい、そうですよね……。

 一応、俺がこのメンバーのリーダーなんだけどなぁ」


 「お前等なぁ………」


 「キャァァァァァ!!!」


 「「っ!!」」


 突然聞こえた悲鳴に俺達3人の動きが止まる。

 

 「おい、今の声………」


 「前線の人達だよね………」


 「………、なら撤退するべきだ」


 「待て、まずは向こうの救助が………」


 俺の言葉を遮るように、直政が前線組の救助を提案したが俺は前に進もうとする直政の腕を掴んだ。


 「やめた方がいい、俺達じゃ足手まといだ」


 「そんなのわかってる、でもよ……」 

 

 「ギルドマスターからの命令を忘れたのか!」


 「っ………」


 「俺だって、行くべきだって思う……でも………。

 あの人から俺達は生きて帰るように言われてる。

 危なかった引き返せと……だから……!」


 「………わかったよ」


 直政が諦めたのか込められた力が解け、彼から手を離す。

 

 「怜、理亜……。

 お前等は先に戻れ、俺は前線の救助に向かう」


 「ちょっと、あんた何を馬鹿なことを言って……!!」


 「俺ならお前等より体格もいいし、体力も治療する術も持ち合わせている。

 それに、後ろから来る奴等に前線組に異常があった事を誰かしらは伝えないといけない」


 「そんなのおかしいでしょう………!

 だって、私達は生きて帰れって言われてるのに直政一人を置いて逃げるなんて出来る訳ないじゃない!!」


 直政の行動を止める為に、俺と理亜は彼の前に立ち塞がる。

 しかし、直政は静止の言葉に聞く耳を持たない。


 「直政、考え直せ!

 残される梟香の事を考えろよ、お前!!」


 「………、悪いな………後は頼む」


 そう告げると直政は俺と理亜を払い除け、ダンジョンの奥へと走り去っていった………。 

 

 「直政ぁぁぁ!!!」


 その背を俺達も追うべきか、思考を巡らせる。

 体格負けして、膝を崩し倒れた理亜に至ってはどうしていいか分からず錯乱している。


 彼女を一人放ってはいけない……、

 でも………、直政は……


 「行って………」


 「え………?」


 「直政の方に行ってあげて……」


 震えた声で、理亜は俺にそう告げた。

 

 「理亜……でもお前は……」


 「私じゃ多分無理、直政はともかく前線組からしたら足手まといなるだけだから……。

 でも、今の四之宮君ならなんとか出来るかもしれない……」


 「…………」


 「大丈夫、後ろの部隊には私から連絡しておく。

 時間がない、だから早く……」


 「………、分かった。

 理亜、直政の事は俺に任せろ。

 あの大馬鹿を妹に突きだすまで死なせる訳にはいかないからな。

 後方部隊への連絡は頼んだ」


 「うん」


 動けない理亜の返事を確認し、俺はすぐさま直政の後を追った。


 どうか間に合ってくれ、それをただ一心に願って


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人物紹介2


東雲沙耶

年齢24 女


 玲や鈴とは幼馴染の関係であり、無類の年下好きで玲やギルドのかわいい後輩達に絡んでくる為、その内警察沙汰にならないか鈴から心配される程。

 特に鈴とは、自身の兄との婚約者という事もあり昔からの親友同士。

 国内最強のギルドである百花繚乱に所属し、ギルドの右腕を務める程の実力者。

 剣や刀を用いた能力を得意としており、近距離戦においてはほぼ敵知らず。

 二年前の異壊の際に唯一の肉親であった兄を失ってからもその圧倒的な実力で最強のギルドの一翼をその身で支え続けた。


東雲彰人

年齢26 男


 二年前の異壊で亡くなった、百花の英雄。

 玲と鈴とは幼馴染であり、沙耶の兄。

 ギルド発足から間もない頃から頭角を現し、百花を日本最強のギルドへと名を広める要因になった人物。

 沙耶を含め、ギルドマスターであった桐壱をも遥かに上回る素質と実力を持っていたらしく、今尚伝説として百花に語り継がれている程。

 生前、鈴とは婚約関係にあったが式を挙げる間もなく若くしてこの世を去ってしまう。

 彼の形見である婚約指輪は今も鈴のその手に嵌められている。

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