第9話 裏で何やら、何とやら

「全く、困ったものだよなぁ。

 君の息子が、まさか碑石に選ばれるとはな………」

 

 玲達とのやり取り終えると気の向くままに煙草をふかしながら、俺はそんな事を呟いていた。

 今は亡き友の面影に向けて。

 

 しかしだ、わざわざ路地裏で隠れるように煙草を吸っているにも関わらず、依然として俺をつけ歩いている気配は消えないままである。

 迷宮の化け物に比べれば、かわいいものだろう。

 しかし、このまま好き勝手にされても少々面倒だ。

 先程の知人への挨拶に向かった以前から、俺をつけ歩く存在に対して俺は声を掛けた。


 「………、わざわざ盗み聞きか。

 それとも、俺への熱狂的なファンか何か?

 サインくらいならいつでもどうぞ」


 「気づいていながら、こちらを見過ごしたか?」


 どこからともなく地面から液体のような状態でソレは形を成していく。

 俺の前に現れたのは、深くフードを被った緑のパーカー男。

 フードの奥には、妙な仮面で素顔を隠す徹底ぶり。

 変装というよりは、そういう類いの集まりの組織的な者の一人なのかもしれない。

 体格はそこまで良いわけでもないが、ちょいと厄介な程度には実力がありそうなのが、これまた面倒。

 

 低く見積もっても、脅威度5相当はあるだろうか。

 人間相手はあまり好きじゃないのだが、そもそもコイツが人間なのかもちょいと怪しいところである。


 声には聞き覚えがない依然に、何処か無機質で仮面で顔を隠している影響からか感情は読み取れない。

 

 「まさか、途中までは気づかなかったよ。

 コレは本当、ただ流石に教え子の元にまで付いて来るとは思わなくてさ?

 で、君はどこの所属?

 どっかの公認ギルドの使い?

 それとも非公認あるいは海外勢力のどっか?」


 「こちらが素直に言うとでも」


 「言わせるくらいの尋問は俺も多少は辞さないつもりだがね。

 こちらも忙しいんだ、君みたいなのをいちいち相手にしている程こちらは暇じゃないんでね」


 「なるほど……。

 しかし、こんな街中で暴れたいとは………。

 政府公認ギルドの顔としての面子が立たなくなるだろうに」


 「生憎、そちら方面には多少コネがあってね。

 割といい感じに融通が効くんだよ。

 で、君はどうするつもり?」

 

 「………、面倒な仕事を引き受けてしまったな」

 

 俺ではない誰か向けた言葉、奴の仲間の誰かか?

 目の前のパーカー男から妙な威圧感を感じ取る。

 向こう戦う気満々の模様である……。


 こちらが僅かに一歩引くと同時に、武装を展開。

 僅かに念じただけで自身の右手に召喚された愛用の拳銃を手に取り、その銃口を男へと向ける。

 

 先手に一発撃ち込むか?

 いや、奴は水のように身体を液化する能力を持っているのは分かっている。


 故に奴への物理的な攻撃は効かない可能性が非常に高い。

 

 こちらが先手に出た場合、既にこちらの攻撃が来ることを想定し事前に奴の液化の異能が控えていたなら、回避される可能性が極めて高い。

 そして回避と同時に奴は逃げていくだろう。

 

 しかし仮に先手を与えた場合。

 こちらに勝てない、あるいは長期戦となること判断した瞬間、奴の思考は逃げの選択肢へと向かう可能性が高いだろう……。


 この場合、後者の選択をすれば逃げに至る選択までの時間が確実に稼げる。


 しかし、確実性を取るなら俺としては先手を取りたいところだろう。

 相手に取られた場合のリスクを考えるなら、こちらが有利な状況に持っていきやすい。

 しかし、力量差に諦めて逃がす可能性が高い。

 加えて、奴の先手が目眩ましの類いであれば、確実にこちらが不利な状況に追い詰められるか、確実に逃げられるだろう。

 攻撃の類いであるなら、相手の実力が読めない以上最悪致命傷を負いかねないリスクがある。


 こちらが後に回るのはハイリスク。

 

 深追いせず撤退させるのが利口だろうか?

 だが、明らかにコイツを野放しするのは危険であると俺の長年の勘が告げている。


 どちらの手を取るにも、あまり時間はない。

 こちらの思考が悠長に巡らせられる訳もない。


 最終的に俺が下した選択は前者だった。

 奴から確実に先手を取る事である。


 握られた拳銃の引き金が引かれ、一発目が威嚇射撃を兼ねて奴の頬を掠めるように放たれる。

 やはり、こちらの攻撃を予測していたのかフードの男の液化の異能が発現し僅かに奴の姿が揺らいだ。


 しかし、男は即時撤退の選択を取らずこちらへ間合いを大きく詰めてきた。

 銃を持つ相手に、男は捨て身の特攻を仕掛けたのだ。


 面白い、敵ながら思わず感心する程だ。


 この戦法を取れるのは、かなり場数を踏んだ上でそれなりに駆け引きの類いにも長けてる証拠。

 それも、奴の持つ異能故に成り立つ戦法だ。


 余程、人間相手に不意打ちを仕掛けるという経験を重ねたのだろう。あるいは、そういう環境で生き抜いた故に持ち得た能力なのか。


  

 まぁそれは置いといて、


 「君さ、焦り過ぎじゃない?

 俺の攻撃さ、まだ終わってないよ」

 

 「っ?!」


 俺の言葉をどのように受け取ったかは分からないが、これは本当の話。

 最初の放った威嚇射撃の弾丸は奴の遥か後方で空中に留まり追撃に向けて控えていたのだから。

 弾丸か自身の命令下にあるので、奴をいつでも狙い撃てる。

 後ろの存在にようやく気付いたのか、思わず奴が振り返るとその隙に構えた拳銃を奴の後頭部に突き付けた。


 「おっと、下手に動かない方がいいぞ。

 あの弾丸は君が異能を使用した瞬間を察知して狙い撃つモノだ。

 異能を使わず妙な行動を取ろうとすれば、俺が瞬時に君の頭を撃ち抜く」


 「二段構えという訳か……」


 「そんな感じ。

 で、君はどこの誰?

 誰の命令で動いている」


 「こちらの主にとって、お前が非常に危険な人物であると俺個人で判断し尾行していた。

 ただの人間にしては、お前は異常な程にコチラ側の力に長けあまり強過ぎる力を持っていたからな。

 それほどの力、他の王の眷属かあるいは候補者に類ずる何かだろう?」


 「………あー、なるほど。

 お前はあちらの住人という訳か……。

 ただまぁ、俺はただの一般人だよ。

 偶然、ちょいと強い異能が扱える程度のもんだ。

 ただ昔は少しばかり、やんちゃしてたんでね」


 「………堺桐壱、こちら側の存在を誰から聞いた?」

  

 「質問が多いなぁ。

 本来はお前が答えるところだろうに……

 まぁ俺の知り合いに、そこらに詳しい奴が居たんだ。

 たがまぁ、お宅の儀式に巻き込まれているこっちの方としてはむしろ被害者なんだがね。

 全く、色々と面倒な事だなお互いに。

 一体何を企んでいる、お宅の主様は?」


 「あの方は全ての王を殺そうとしている」


 「自ら王を殺したいだと?

 ふざけた事を言う者もいるようだな。

 あれだけ莫大な力を有している存在でありながらその力を自ら手放そうとしているとは」

 

 「お前にはあの方の苦しみは分からない」


 「………、だろうな。

 で、お前の名前は………」

  

 「…………サ」


 「何だよ、答えられないのか?

 この状況で言わない選択肢なんて……」


 「………ササミ」

 

 「ササミ?」


 奴の言葉に、俺は思わず自分の耳を疑った。

 ササミってあれだよな、鶏の肉の部位のアレ。

 突然何を言うかと思えば、コイツビビり過ぎて気でも狂ったか?


 「名前なんだよ、ソレが………。

 向こうの弾丸を解いてくれ、それで教えてやる。

 安心しろ、逃げる気もない

 正直、今更お前から逃げられるとは思えないからな」


 フードの男の言葉を信じるべきか悩むが、逃げる意思が本当に無いのか疑わしいところ。


 しかし、奴の名前の意味が気になるな………。


 「お前の弾丸の異能は対象の異能の発動を検知して、発動する代物だろう?

 しかし問答無用に異能を検知した瞬間に能力が発動する代物なら、俺はとっくに撃たれてる。

 発動しない条件を考えて主に2つ。

 本人の意思で発動するモノ。

 もう一つは、既に発動あるいは常時発動される性質のモノには発動しないはずだ。

 俺が後者の部類に該当する訳だが、

 恐らく現在の性質及び異能の形を変える行為には反応する。

 自分で言ったろ、異能を使用した瞬間には反応するってな。

 だから、姿形変える異能にあの弾丸は反応する。

 元の姿に戻ろうとして、お陀仏はごめんだからな」


 「………その姿は仮のモノだと?」


 「ああ、だから見せてやるって言ってるんだよ。

 この屈辱的な名前の意味をな」


 「分かった、あの弾丸は解こう」


 軽く指を鳴らし、目の前の弾丸は砕け散った。

 そして、男の方は先程の液化する異能を使いその姿が変わっていく。

 大きさはどんどん小さくなっていき、その姿は私のよく知るあの動物へと変化していった……。


 「そういうことか………」


 最終的に形を成したソレを見て、俺は思わず納得してしまった。

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