第8話 来客と些細な異変
この日、俺と理亜と直政の三人は事務所で今度の仕事に向けての書類記入を済ませていた。
俺と直政が書き終えたそれ等を、一番早くに終えた理亜は回収し姐さんの方に提出しにいく。
一応、私服でも来ていいはずなのに毎度スーツを来て出社する彼女の真面目さにはある意味尊敬するが……。
そんな理亜が俺達の元を去った後、丁度お昼頃の時間だったのでいち早く昼食を取ることにした。
「直政、理亜を待たなくて良かったのか?」
「別に構わないだろう。
どうせ誘っても断られるだけだしさ……。
さて、今日のお昼は何かな……?」
直政はそう言って、横に置いていたランチケースを取り出し中身を開ける。
直政がいつもより上機嫌なのは自身の妹である梟香が用意したモノだからだろう。
何だかんだお互い支え合って、仲睦まじい兄妹愛だと思うが最近は直政の一方通行が目立つ気がする。
しかし、用意されたソレ等が決して手を抜いたモノという訳でもなく、直政曰く妹は前日から仕込んでから作るという本格派なモノである事に驚きだ。
「梟香が弁当作る時って相変わらず凄い手が込んでるよな?
お前がいつも作るのは、俺と似たようにとにかく量を詰めてって感じかあるいは昨日夕飯の残りとかだろ?
相変わらずよくやるよな、あの子………」
「だろだろ?
まあでも、昔からそうなんだよ。
最初はお世辞にも上手とは言えなかったが、負けず嫌いなところは俺にそっくりでよ。
気付けば料理は趣味の一つらしいが」
「ふーん。
なるほど、偉いもんだな………」
「俺の妹を褒めて貰えるのは嬉しいが、お前のソレも中々じゃないのか?
例のエリスちゃんが用意したんだろう?」
「あー、まぁそうだな………」
直政は俺の広げた弁当と自身の弁当を見比べる。
梟香の用意した物が、炊き込みご飯のおにぎりが4つと、直政の身体を気遣って鶏肉や野菜を中心とした和風な物である。
対して俺のは、ポテトサラダのサンドイッチと彩り豊かな野菜の炒め物と昨晩の夕飯にも出てきた唐揚げとかである。
そして、極め付きは保温ポッドに入れられた、トマトか何かの赤い色味の野菜スープである。
彩り豊かで、しかし何というか……。
込められた想いが少しだけ重い気がする……。
「あの子はお前の好みに寄せてる感じなのか?
だが、愛情が過剰にこもってるみたいだな……」
「俺はアイツに好みの云々を伝えた訳じゃないんだがな………。
ほんと、いつの間にか把握されてたよ………」
味は良い、しかし何というか色々と重い。
未だに何故俺に尽くしてるのかがよく分からないので、疑いと恐怖に似た何かが背徳感のようにひしひしと感じる毎日である。
まあでも、一応感謝はしてる。
一人暮らしで家事の回らない部分とかをやってくれたりとか………。
帰ってきて誰かが迎えてくれるのは、嬉しい部分ではある。
ただ、一方的に尽くされてばかりで俺は彼女を何も知らないというのが……余計に背徳感への拍車を掛けている。
「先に昼飯食べてるのはずるくない、二人共?
私だけ仲間外れって酷いわね」
俺と直政が昼食を食べている最中、手に近くのコンビニの袋を持った理亜がそこに居た。
「誘っても、どうせ断るだろお前」
「何よその言い草、まぁ確かに断るのは多いけど今日は事務のあの子が別件で休みみたいなの。
だから私の昼食に付き合いなさい」
「来て早々に上からものをいうとはなぁ……」
そういって、直政と俺の向かいに椅子を持ってくると器用に膝の上にコンビニの弁当を乗せて食べ始めた。
一応、理亜はスカートを穿いてるはずなのだが膝上程度のそこそこ短めのものなので若干際どい気がする……。
「恥らいは無いのかよ、理亜?」
「生憎、あなた達に今更見られて困る程でもないの。
仕事柄、私がいつもショートパンツ穿いてるくらい分かってるでしょう?」
「いや、そんなの知る訳ないだろ。
というか、だとしても多少の恥じらいは持てよ」
「いちいち恥ずかしがって、キャピキャピしてる程馬鹿な頭はしてないの。
てか、今日の直政の奴って梟香ちゃんが作った奴?
相変わらず凄いなぁ、梟香ちゃんは」
「ああ、だから何だよ?」
「少し頂戴」
そう言って直政の弁当から鶏肉の和え物的な物を奪い去り口に入れた。
「ちょ、理亜………ソレ取るのかよ………」
「何よ、全く……。
私からも一つあげるからそれでチャラって事にして」
そう言って、理亜は己のコンビニ弁当を直政に差し出すが……直政は首を振った。
「別にいい、ソレはお前が食え」
「何よソレ、コンビニ弁当だって企業努力の結晶でしょうに………」
妹からの弁当のおかずを横取りされたショックで、割とガチ凹みを晒している彼の姿に流石の俺も軽く引いた……。
まぁ特別好みなモノを取られたとかなら分かるが、直政にとっては梟香が自分の為に作ってくれた物を取られたというのが、一番深い傷の要因な訳で………。
理亜もなんか色々と反応に困っていた。
「あーもう、直政はいつもコレだから……。
まぁすぐに直るでしょう。
直政から貰ったから玲からもいいよね?」
「……、はいはい。
お好きにどうぞ」
僅かに悩んだが、下手に拒むと面倒になるのは前例を先程見たので大人しく理亜に従う。
直政が兄貴分で引っ張り、理亜はこんなんだが俺達の中で一番の常識人でこのメンバーを纏めてくれてるのは事実である。
日頃の感謝もあるし、まぁこのくらいは問題無いだろう。
しかし、俺は一応弁当の方を差し出したのだが理亜は俺の横にある野菜スープが気になったらしくそちらを手に取った。
「何コレ、四之宮君の手作り?」
「いや、作ったのはエリスだよ。
というか、ここ数日の昼食は彼女が用意してるんだ」
「あー、なるほどね……そういうコト」
理亜はそう言うと、会社のコーヒー用の紙コップを一つ拝借して、ソレにスープを小分けした。
「………出来るわね、梟香ちゃんと同じ……。
いや、でもまさか………」
スープの入った紙コップを眺め、神妙な顔付きで一人で勝手に話を進める理亜。
ホント何がしたいんだよ、コイツ。
「仲良く昼食とは、懐かしいものだな」
俺達の昼食の様子に絡んできたのは、僅かに顎髭を生やした中スーツ姿の男。
片方が青い眼という、いわゆるオッドアイが特徴の人物。
というか、俺達の業界で彼はかなりの有名人である。
堺桐壱(さかいきりいち)、政府公認ギルド最強と謳われる百花繚乱、通称百花の団長である。
そして、その実力も最強に見合う程であり日本最強、世界の5本に入る程の実力を持つ凄腕の攻略者の一人である。
「堺さん、姐さんに何か用でも?」
「まぁ、そんなとこ。
久しぶりに鈴ちゃんの顔を見たくなったのもあるが、相変わらず無茶をしているようだな。
昔からそうだったが、まぁソレはいつものこと。
で、本題はまぁ一応はお前達にも関係ある話だ。
今度の仕事、ちょいと状況が一変して俺達百花も同行する事になったんだ。
先方の攻略部隊が例の迷宮で隠された通路があったとかでな……」
「隠された通路?」
「ああ、一応既に最深部も発見されて比較的安全なのは証明されてたってところだったのが二日前の状況。
しかし、昨日の事前調査で向かった調査部隊が隠された通路を見つけた後に、その消息を絶った。
行方不明者6名、遺体は現在も見つかっていない。
この事を受けて、例の迷宮の脅威度が元のE4から推定E6以上と改めた。
たがまぁ、困った事に向こうは向こうでどうにか中のモノリス等は回収したいようでな……。
お偉いさん方でも、それなりの額が動いてるから今更攻略の取り下げなんて難しいそうで、急遽俺達百花に依頼の話が舞い込んだ訳よ。
鈴ちゃんからも許可は貰った。
むしろ、事前に連絡をくれて助かったそうだ」
「今回の件の連絡が何も無かったと?」
「ああ、公認ギルドの中でも俺を含めた一握りしか知らされてない情報。
君達にはまぁ、その内俺達の立つ領域に踏み込むだろうと期待して、伝えた訳だが………。
どうする、この仕事から手を引くかい?
一応、脅威度6以上の仕事なんて俺達も早々手を付けない案件なんだ。
この業界で本気で生き残るつもりなら、やる価値は十分にあると思うよ?
それじゃ、俺は他に仕事があるんで失礼するよ。
お昼の邪魔をして悪かったね」
彼はそう言うと、ふらりと俺達の前から去っていった。
前にも何度か目にした事はあるが、あの人は掴みどころがなく、まともな気配を感じない。
実力故なのか、元々の気質なのか……。
この業界のトップクラスの人達は全員あれくらいの癖者なのかと思いそうになる。
本人曰く、自分はまだまともな方らしいが………。
「どうする、二人共?」
理亜の問いに、直政と俺は言葉に悩む。
しかし、答え既に俺の中では決まっていた。
「………、やるに決まってるよ。
理亜や直政だって、これを聞いて今更引けるか?」
「確かに、やるしかないよな」
「はぁ………、まぁ受けた仕事だからね。
私もやってやるわよ」
俺達の中で既に答えは決まっていた。
脅威度6以上、俺達にとって前代未聞の大仕事だ。
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