第6話 生きたい、抗い
意識が目覚めようとする間際の感覚。
夢と現実の狭間のなんとも言い難い程に心地よい感覚を覚える中で、何かが俺の頬に触れた。
ほんのりと温かい人肌のような感覚。
助けが来たのか?
もしくは俺は何かの力に目覚めたのかもしれない。
先程の声の主である女性が目の前に現れて俺に手を伸ばし触れているのか?
俺の物語がこれから始まる的な?
そんな淡い期待を胸に意識が覚醒し、ゆっくりと目を開けていく。
徐々に視界が鮮明になり、正体が明らかになる。
血を思わせるような真紅の目。
全身が黒い鎧なようなモノに覆われたなんとも言い難い異型のナニカ………。
強いて似てるなら虎に見える。
しかし頭が3つもあるではないか、まるで神話に出てくるケルベロス。
舌なめずりのような音を立てて、俺の顔をゆっくりと舐めてきたではないか。
うーん、猛獣でも、元のネコ科っぽい愛嬌がある。
しかし俺の身長の3倍以上はある巨大な猛獣故に、愛嬌よりも恐怖が勝る状況である。
「…………」
「ーーーーー!!!!」
奴と視線が重なり、鼓膜が破れそうな程の雄叫びを挙げられ血の気が一気に引いた瞬間である。
「ギャァァァ!!!」
刹那、俺が背中を預けていた台座に奴の攻撃が命中。
一応、鉱物の塊であるソレがスナック菓子のように砕ける様はまさに次に待ち受けるであろう自らの姿を表しているかのようだった。
「やべー!死ぬ、こんなの受けたら絶対死ぬ!!」
奴以外の姿は無く、俺とソレとの一体一なのが非常に幸い?
いや、猛獣に一人で襲われて助けが無いというのもかなり危険な状況。
遭難して飢え死ぬより早く、アレに喰われ殺される末路がすぐにやってきただけである。
というか、ここはE2のダンジョン。
変遷系の下から二番目の強さの敵が現れるダンジョンである。
敵の種類は定まらないが、敵の強さはそこまででもないという指標のはずなんだが……。
目の前の敵から察するに、敵の強さがそこまででもないのか………
ふざけるな。
これは明らかにここに居ていい存在じゃない。
明らかにここに居るべきではない存在だ。
十段階の脅威度で表される数字の内、目の前に居るのは明らかに脅威度5以上のソレである。
単独撃破は現状不可能、最前線で戦える前線組が数人掛かりで犠牲一人で済んで倒せたら上出来なくらい。
つまり、俺が生きていられる確率はゼロだ。
「ーーーーー!!!!」
「俺ここで死ぬのかよぉぉぉ!!」
とにかく一目散に奴から逃げる事を考えた。
手荷物はそこまでないから、身軽ではある。
代わりに、水や食料はないという事。
しかし、目の前の敵に食われるよりは生き延びる可能性はほんの僅かに存在する。
しかし、逃げたところであの巨体から逃げ切れるとは思えないのが事実。
今生きているのが不思議なくらい。
敵がもっと強い奴なら、口や目からビームとか出すらしい。
「やるしか………ないのか……?」
覚悟を決め、振り返り攻撃の構えに映る。
自身の右腕に存在する、黒いソレが淡い光を放ち右手に小さな水の塊が現れる。
手のひらサイズの水をぶつけたくらいで勝てるとは思えない。
多少の水圧やら、温度を変えるとかしないとアレに有効打を与えられそうにないだろう。
それでも、あの巨体に効くかは微妙である
頭の中で、刀のような刃をイメージする。
刀のような切れ味に至るまで、この手のひらの存在する水の塊を変化させなければならない。
全力で放てるのは、恐らくそう多くない。
俺の持つ低品質なモノリスの力では、全力で1、2発程度出せれば良い方だろう。
迫る巨体に対して、恐怖の感情が勝る。
だが、遅かれ早かれ喰われる命だ………。
一矢報いる程度の抵抗はさせてもらう。
全力2発に余力を残すくらいなら、ここで全部使い切る。
それで奴を倒せる確率が僅かに上がるのなら、尚の事だ………。
「っ………来いよ……化け物!!」
迫る巨体に向け、水の刃と化したソレが迫りくる奴の顔に向かっていく。
ケルベロスのような3つの頭の内の正面。
一瞬の硬直の手応えを感じた刹那………
俺の身体は気付けば宙に浮いていた。
「っ?!」
何が起こったのか分からない。
攻撃の瞬間の手元が見えなかったが、今の自身の状況を察するに力負けしたのだ。
スローモーションの映像を見ているかのように、薄暗い天井の光景がゆっくりと流れていく最中で、全身を打ち付けるような衝撃が身体に奔った……。
「…………っ!」
僅かに遅れ身体に激しい痛みが襲う。
言葉にならない程のソレに耐えきれず、嗚咽混じりの血反吐を吐きながら、辺りをのたうち回る。
身体は当然立てる訳もない、それどころか攻撃をした右腕の肘から先が無くなっていたいたのだ………。
床に溢れる血反吐は、右腕から漏れる自身の血液と混ざり合う。
「ーーーーー!!!!」
当然、奴は無傷である。
破壊と殺戮という本能による衝動に任せ、俺の命を刈り取ろうとしている。
たかが、普通の人間。
たかが、猿が知能を少し得た程度の貧弱な身体が数倍の巨体を持ち合わせた上に加えて、鋼鉄と大差ない外皮に覆われた化け物に勝てるのだろうか?
調子に乗って抗った末路がコレだ。
大人しく喰われるのが先か?
僅かにでも抗って生き残る可能性に賭けるべきか?
その答えがコレである。
人間がアレに勝てる訳がない。
化け物に勝る訳などない…………。
「…………」
激しい痛みにより混濁していく意識の中で、俺はそれでも敵の姿から目を逸らす事が出来なかった。
まだ死ねない……、死にたくない………。
生への執着を辞める訳にはいかない。
死神が突き付ける宣告を受け入れる訳にはいかない。
「俺は………まだ……」
『ワタシヲタスケテ…………』
声が聞こえた。
足掻き続ける生の狭間で、あの時聞こえた声が再び聞こえたのだ……。
『ワタシヲタスケテ………』
助けろだと?
今にも死にそうなこの俺に?
助けを求める相手がおかしい………
『ネガイヲハタスタメニ…………』
声の主の願い?
しかしソレの姿は依然として存在しない。
幻覚か幻聴か、俺を惑わす何者なのか……。
何者でもいい、俺の声が聞こえるなら……。
そこに誰かが居るのなら……。
俺に戦う力をくれ………
「ああ、助けてやるよ……。
俺が……俺が絶対にお前を助けてやる、だから………」
『私と共に…………』
「俺は戦う、目の前の敵を倒す為に!!
お前も俺も生き残る為に!!
俺に力を、戦う力を寄越しやがれぇぇ!!!」
伸ばしたその手に先はない………。
だが、俺の言葉に呼応したのか何かの光が見えた。
気付けば、辺りは白い光に包まれていた。
血濡れた身体は相変わらずだが、倒れ伏していたそこに己の血反吐は存在しない。
俺はとうとう死んだのか、そう思いかけた瞬間その存在を俺は知覚した。
白い輝きを放つ、何かの影……。
俺の目の前に誰かが居た………。
「ようやく会えましたね、私のご主人様」
光と共に現れた存在。
華奢な身体付きの銀髪の少女が、死にかけた俺に優しく手を差し伸べてくる。
「君は一体?」
「………、私はエリス。
エリス・インヴィディア。
あなたに仕える、王の選定者の一人です」
「王の選定者?」
「この迷宮に蝕まれた世界を変える為に。
碑石に導かれし全ての王を倒す為に」
言葉の意図は読めない。
ただ、目の前の存在は俺達とは違うナニカである。
この身体が今にも朽ちておかしくない。
残された時間で、その選択を選ぶ猶予は無かった。
「……、何だろうと構わない。
俺はこのまま死ぬ訳にはいかないんだ………。
だからお前の力を貸してくれ………」
俺の言葉を同意と受け取ったのか、謎の少女エリスは死にかけの俺を見て僅かに微笑むと右の頬に手を触れ、真紅の瞳が俺の顔を見定めるかのように、少女は俺に語りかけてきた。
「共に進みましょう、レイ。
私とあなたの王道が果たされるまで」
声の刹那に、動悸が激しくなった。
何かの力が全身を焼き切らんとばかりに流れてくる。
力の流れに抗えず、死にかけの身体は為す術もない。
その力が持つ本能のままに、俺を構成する物質が塗り替わっていき、全身を焼き尽くせんと奔り続ける。
その身が、ナニカに塗り替えられるように。
俺の苦しみは、叫び声に変わる間もなく。
目の前の世界は少女と共に闇に染まった。
ーーーーーーーー
ダンジョン内の怪物について
遺跡内には異形の怪物が生息している。
様々な種類が存在しており、遺跡の脅威度に応じて凶暴だったり強くなる。
彼等はカテゴリーマテリアルという名称から、攻略者達の間では単に怪物やモンスターと称したり、頭文字からなぞらえてカムという俗称でよく呼ばれている。
彼等は地球上に存在する様々な生物を模したような見た目をしており、生物と無機物と両方の特性を持っているとかで、今尚謎の多い存在。
彼等のほとんどが人類に対して非常に好戦的であり、知性がどの程度存在しているかは謎の模様。
コアと呼ばれる、モノリスに近い物質が体内に存在しそれ等を破壊する事で彼等を倒せる。
しかし、非常に堅い外皮や装甲で覆われている為倒す事は非常に困難を極める。
彼等の亡骸から得られる外皮や装甲は非常に硬く軽い為、装甲として非常に有効なので強い個体程に彼等の調査も兼ねてかなり高額で死体が取引されている。
怪物の各系統には弱点が存在しており、モノリスから放たれる特殊な波長の異能力が有効とされている。
主に以下の系統に対してはこれ等の系統が有利だとして攻略に推奨されている。
動物系 無耐性
植物系 炎、斬撃
鳥類系 水、射撃
魚類系 雷、刺突
昆虫系 炎、打撃
機械系 全耐性
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