第4話 夕食前にふと思い出した

 その後一同介しての話し合いを終えると、特にすることもない為そのまま解散となった俺達は、適当に買い物を済ませ我が家へと帰宅していた。

 エリスは帰りに買った食材を冷蔵庫へと仕舞うと、夕食作りを始める。

 いつになく上機嫌の彼女は、お手製のエプロンを身につけて楽しげに今晩の夕食を作り始めていた。


 「…………」


 楽しそうに料理をしている彼女の背中に視線が向かうも、視線に気付いたのか彼女はすぐに振り向き俺に小悪魔的な完璧な笑顔を振り向ける。

 何を考えてるのか、正直未だに分からない。


 彼女からすぐに視線を反らし、俺はリビングのソファーに座り込むと天井に視線を向けて今日の事を振り返る。


 朝早くから理亜に叫ばれた挙げ句。

 事務所に出向けば、姐さんからの門前払い。

 そして、一同介しての話し合いかと思えば正直ただ適当に駄弁っただけである。


 いや、一応仕事の話もしたはずだ。

 それに、エリスの簡単な紹介も兼ねてた訳だし。


 「なぁ、エリス?」


 「何でしょうか、ご主人様?」


 「今日、そんなに楽しかったか?」


 「ご主人様のご友人達と会えましたので、私としても大変ご有意義な一日を送れたと思います」


 エリスはそう答え、料理の支度を手際良く進めていく。

 一定間隔で流れる包丁で食材を切る音。

 甲斐甲斐しく俺に世話を焼き、気分は新妻のつもりなのだろうが………。


 「お怪我の具合はどうですか?

 今のご主人様の御身体なら、とうに治ってもおかしくないと思いますが?」


 「………」

  

 彼女の言う通り、俺の怪我等既に治っている。

 というか、あの日既に治っていたというのが正しい表現だ。

 本来ならば生死を彷徨うはずの大怪我を、今の身体なら一日も経たずに完治する。


 いや、その気になれば一瞬だろう。


 王の候補者として、エリスに選ばれた今の俺なら……


 「知ってて敢えて言わなかったのか?

 理亜や加島兄妹に対してお前が気を遣ったと?」


 「ご主人様にとってはその方が非常に好都合なのでしょう?

 私としても、今のご主人様との暮らしを外の輩に害されるのは迷惑ですので」

 

 「それは、お前の本心から言ってるのか?」


 「ええ、私は心からそう思っていますよ。

 このエリスの身も心は、王の候補者たる四之宮玲様の為に全てを尽くす所存です。

 ご主人様が望むのでしたら、友人としても番としても従者としても、家族としての形だとしても何だって構いません。

 あなたが王たる道のりの為なら私エリスは何だっていたしますよ?」


 「じゃあお前は、一体何者なんだよ?

 あの迷宮は何の為に存在する?」


 包丁の音が途切れる。

 僅かに間を開けて、彼女が口を開くと


 「さぁ、何でしょうね?

 王の選定者として、私は私の役目を果たす所存です。

 あなたが王となれば、すぐに分かることですよ?」

  

 そう言うと、彼女は切った野菜達を熱したフライパンの上に入れていく……。

 炒められていく野菜の音が聞こえる中で、俺との会話が何の差し障りのないかのようにエリスの後ろ姿は何処か楽しげな様子である。


 彼女の様子を追いながら、俺は夕食が出来るまでの間彼女と出会ったあの日の事を思い出していた。


 エリスと出会ったのは、5日前。

 G2の攻略案件を引き受けていた最中の出来事である。

 

 俺は当時、ダンジョン内のトラップに引っ掛かりダンジョンの奥底へと真っ逆さまへ落ちてしまった。

 自前の能力のお陰で命拾いしたが、当然仲間とはぐれた挙げ句に、たった一人で未開の迷宮の最深部に来てしまったという悪運が重なった訳である。


 この場合、家の屋根に隕石が落ちる。

 あるいは、お菓子の金の羽が当たる確率と同等で生還出来れば良い方だと思った方がいい。

 

 つまり、ほぼ確実に死ぬ。

 助かれば奇跡もいいところで、テレビや雑誌等のメディア方面からの取材も絶えず、ネット記事で結構バズるところまで行けるだろう。


 そのくらい、ダンジョンから単独で生きて帰る行為が難しいのである。


 理由は大きく分けて2つある。

 ・ダンジョンの複雑かつ広大な建築構造。

 ・ダンジョン内に巣食う怪物達

 

 一つ目は言うまでもなく、今いるダンジョンがめちゃくちゃ広い建造物である事。

 比較的狭い通路でも、学校の廊下より少し広い。

 常に床や壁面はどういう原理か分からないがネオン光のような蛍光で暗くて前が見えないなん事はほとんどないくらいに明るくなっている。

 大体全ての通路が壁に当たるまで見えてるが、まぁ突き当たる壁までの距離がかなりある。

 階段や下りの通路があると、少しテンションが上がるくらいには、真っ直ぐな通路がほとんどであるからだ。


 さて、それではこの広い空間の中で俺一人が人類の未開の場所まで来てしまった場合どうなるだろう?

 迷子、いや遭難者1名に名前が載る。


 つまり、迷えばその時点で遅かれ早かれ死ぬのだ。

 どれくらい下層に落ちたかは分からないが、下手をすると数千メートルくらい?

 スカイダイビングと大差ないだろうが、幸いにも異能力紛いのモノリスの力で助かる可能性は僅かにある。

 お陰で助かったのだが、助かったとして待ち受けているのがこの現実である。

 終わりの見えない道のり、食料もせいぜい3日から長くて一週間程度………。

 その間に上まで行けるなら苦労はしないのである。


 2つ目の問題は、ダンジョンに巣食う怪物の存在。

 CategoryMaterial(カテゴリーマテリアル)、頭文字からCMやカムと言われたりする奴等である。

 こいつ等の存在がこのダンジョン達の攻略難易度上げていると言っても過言ではない。

 

 カムの強さはダンジョンの難易度に大きく関わる。

 難易度が高い程、カムの性質はより厄介に、より大きく、より凶暴に、そして最近は知性すら持ち合わせるらしいという報告まである。

 

 一番弱いモノでさえ、小さな戦車のようなモノと言えばいいか。

 強靭な装甲を持ち、ファンタジーやゲームの世界でお馴染みな魔法や魔術のような力を面白いくらい放ってくる。

 普通の人間ではまず勝てない、というかこの日本でカムによる甚大な被害を見兼ねた政府が拳銃の携帯を合法的に認めた話すら懐かしいとさえ感じる。

 たが、拳銃があったところで奴等に生半可な拳銃の弾など効く訳がなく手榴弾の一つでも奴等の体内で爆発させて倒せれば運が良い方。

 

 これがカムの一番弱い個体での性能である。

 正直やってられない、人類の絶滅も待ったなしのやべー奴等である。

  

 この2つの要因を乗り越えて、たった一人で生還しろというのが今の俺に与えられた試練という話。


 正直無理ゲー、やってられないよこんなもん。

 護身用の拳銃は自決用のモノだと思いたくなる程に、この中で単独で生き残るのは無理な話なのだ。


 しかし、こんなやべー奴等に襲われても尚、おめおめ奴等に絶滅させられる程人類は弱くもない。

 というかゴキブリと大差ない程にしぶとい種族であるので、当然対策を見出したのだ。

 

 それが、モノリス。

 人類の見つけた奴等への唯一の対抗策であり人類がわざわざ危険を侵してまで手に入れようとしているモノである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る