名字が精一杯/名前を呼ぶ

 三年生は卒業までほぼ休みだ。しかも卒業から春休みに入るので一月から三月三十一まで……まぁ大学入学とか就職への準備期間でもあるのでいうほど暇ではないのだが、時間はある。


『やっほー、明日デートしない?』


 交換したばかりのメッセージアプリに通知が届く。その、僕に向けられたとは到底思えない文面に、少し肩を強張らせた。


『しよう』


 何も考えず返信する。


『じゃ、朝十時に「くれは」で』


 くれはというのはショッピングモールだった。中にだいたいの専門店あるし、話題は尽きないだろう。


『オッケー』


 短く返して、思考停止する。


 ……服、どうする? おしゃれな服ないぞ。


 手にしているスマホに指を走らせて検索をかける。モデルが全部イケメンなので役に立たなかった。


 ……まぁ、クソダサくなければいいだろ。



△▽△▽



 三十分前に時計の下につくと、もう目鞠はそこで待っていた。白いダッフルコートに、もこもこの黒い手袋をしている。


「おはよう、目鞠」

「おはよ、結城くん」


 嬉しそうに微笑む目鞠。寒さのせいか鼻の先が若干赤い。


「待たせちゃった? ごめん」

「ううん。勝手に早く来ちゃっただけだから気にしないで」


 真っ直ぐ僕を見る目鞠の目が輝いていて、凄く綺麗だった。


「新鮮だね、私服」

「制服だったしねーどう?」

「可愛いよ。似合うね、白」

「えへへ」


 女性経験が少なすぎて、無難なことしか言えない。こういうときどういう接し方するのが正解なんだろうか。


「ね、結城くん」


 楽しげに目鞠は顔を覗き込む。

 ……本当に彼女は僕が彼氏でいいんだろうか?


「ケンイチ」


 名前を呼ばれて、どきりとする。女の子に名前を、しかも呼び捨てにされた経験はほとんどない。


 特に、親しみを込めた言い方は。


「って呼んでいい?」


 ごくり、と唾を呑み込む。


「す、好きに呼んだらいいんじゃない、かな」

「ありがと、ケンイチ」


 頬をかきながら目をそらす。こんなに笑顔が眩しい子だったんだ。


「ケンイチも呼んでくれない? 名前」

「……えと」

「も、も、か……って呼んで」


 口を開く。喉が締まって、唇が震える。

 名前、名前を呼ぶだけ。

 名前……恥ずかしいな。桃火。

 桃火、だよね。モモカ、モモカ……ももか。


「……ももひょっ」


 目鞠はきょとんとした後、ぷっと吹き出した。そして僕の肩を叩く。


「もぉー可愛いなぁ」

「か、かわっ!?」


 ただキモいだけだろこれじゃ! 恥ずかしさで女の子名前噛むなんてさぁ!


「そのうち、しっかり呼んでくれるといいな」


 彼女は僕の手を握るとショッピングモールまで引っ張る。僕はその力に逆らわずに向かった。


 ショッピングモールで、僕と彼女はいろんなものを見た。


 まずはペットショップだった。


「ケンイチは犬派、猫派?」

「うーん、強いていうなら犬」

「えー残念。私猫派」


 次に服屋。


「ねぇねぇ、どんな服着てほしい?」

「ど、どれも似合うと思うけど」

「ちょっとエッチなのでも、着てあげるよ」

「べべ別に、そういうの好きなわけじゃ」

「じゃあ、嫌い?」

「……好きです」

「……すけべ」


 その次は雑貨屋。


「わぁー! このぬいぐるみ可愛い!」

「あぁ、うんそうだね」

「うわ、棒読みぃー。どういうのが好きなの」

「見てるだけでだいたい楽しい。見てる分には楽しいんだけど使わないからなぁ」

「えぇ、本当?」


 フロアを歩きながら、隣に並ぶ目鞠を見る。

 ……楽しんでる、だろうか。なんか僕といてつまんなくない? 


 そんなことが頭をよぎる。女の子気持ちが全然わからない。目鞠は僕のどんなところに惹かれたんだろ。やっぱ模擬戦しかないよなぁ……


「ねねっ」


 肩をつつかれて、びくりと跳ねてしまう。肩をつついた指がある店を示す。

 下着コーナーだった。


「いつかの為に、どんなのがいいか聞いても、いい?」

「ブフォッ!?」


 僕は吹き出して、目鞠を見る。目鞠は濡れた瞳で僕を見つめていた。

 下着コーナーと目鞠に、視線を泳がせまくる。


「な、何でもいいよ」

「ちぇっ」


 目鞠が頬を膨らませる。


「……どんなのでも、きっと凄く可愛いよ」


 僕がそう呟くと、目鞠は俯いて肩を殴ってきた。

 

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