恋がわからない/恋をしてる

 僕が目鞠の彼氏になってから二週間が経った。スマホのメッセージアプリでやり取りを続けているし、基本的に無料通話を繋ぎっぱなしだ。


『ねえ今度うち来ない』

「行って、いいの?」

『来てほしいな。ひとり暮らしだから二人っきりだよ』


 甘い声で言われる。凄い魅力的な提案だった。


「キミはその……いいの」

『何が?』

「好きかどうかもわからない男だよね、僕」


 僕は恋をしたことは多分ない。大抵の女の子は可愛いと感じられるし、距離感が近いから一番近いから日鞠のこと特別可愛いと感じているだけだ。


 正直行って彼女の積極的な態度に僕が惹かれているのは単純な心理効果だと思う。


 明確に彼女のことを愛しているかと言われたら、答えづらい。


『私はちゃーんと、ケンイチのこと好きだよ』


 真っ直ぐ言われてドキリとする。


「ど、どこが」

『うーんとね、からかいやすいところとかすぐ照れるとことかー可愛いし、それに……真面目にいろいろ考えてくれてるところとか好きだよ』

「なんだそれ……」


 頭をかく。


『ケンイチは、好き? わたしのこと』

「……わからない。僕は日鞠が関わってくれてるから惹かれてるんであって日鞠だからっていう感じはしないんだ。だから、その日鞠をちゃんと好きになれてるかっていうと微妙」

『じゃあ、嫌い?』


 僕は首を振る。


「絶対ない。それは絶対」

『えへ。えへへ』

「なんで嬉しそうなんだよ」

『嫌いは絶対ないんでしょ? 嬉しいじゃん』

「恋人としてはどうなんだよ」

『それは……だって、付き合わせているのは私だし』


 でも、彼女の言葉を信じるなら最期の二ヶ月弱だ。

 病気なのか、それとも他に理由があるのかわからないけど、人生最期に付き合うのが僕でいいんだろうか。


 僕が力になれるなら、そう思って、安請け合いしたけど日鞠の大事な時間だ。


 だから、迷う。このままでいいのか。


「いい男ができたらちゃんと鞍替えしなね」

『……替えないよ』

「どうして」

『ケンイチが一番だから』


 怒気を孕んだ声で、日鞠は言った。



△▽△▽



「適性百、素晴らしいな」


 結果を求められてきた。


「成績一位。優秀な生徒を持てて先生も鼻が高い」


 結果を褒められてきた。


「模擬戦一位でしょ、凄いね!」


 結果が全てだ。


 なのに、一年目二度目の模擬戦。そこで結果を崩された。


 負けた。今までの戦法がことごとく通じなかった。こいつは一回目で猫を被っていたんだ。微妙な成績と適性のなさで、警戒すらしていなかった男に、サラリと負けた。


 呆然とする私に、彼は手を差し伸べながら放った言葉が忘れられない。


「あそこで近接に切り替えられたのはナイス判断だった。おかげで面白かったよ」


 ふざけるな。人類を守るための、パイロットになるための大事な高校生活。その模擬戦で出る言葉が「面白かったよ」で済ませられるか……そう思った。


 けど彼は適性ゼロで可能性がゼロだからゲーム感覚だったのかもしれない。模擬戦で良い成績を修めればパイロットでなくてもロボット操縦士としては優遇される。


 それでも世界を守る戦いには遠すぎる。


 だから彼は吹っ切れていた。その強さは、読みの良さは、誰よりも鋭くて、輝いて見えた。


 三年最後の模擬戦は僅差で私が負けた。ほぼ相打ちで、私が一瞬被弾が早かったから、負けた。


 彼は笑顔で、手を差し出してこう言ってくれた。


「最高に面白かった」


 終わりたくない。


「——として、君には」


 まだ、終わりたくない。


「——世界を守る為の」


 私は思い出がほしい。


 結果なんて気にしないでいてくれる彼との思い出。



△▽△▽



「あの日鞠」

「ももか〜」

「……桃火……さん」

「なぁに」

「これはその、なんで?」


 僕は日鞠の家で日鞠に押し倒されていた。ぎゅっと手を握りしめられて、ニコニコした日鞠が僕に覆いかぶさるようにいる。


 横になっているソファからも鼻先に触れる髪の毛からもやたらいい匂いがする。


「私の気持ち。はっきりしておこうと思って」

「何が」

「ケンイチが好き」


 抱きしめられる。凄く温かくて柔らかかくて、幸せだった。


「好きだよケンイチ」

「……僕もだよ、桃火さん」


 言葉を濁しても、彼女は花のように頬を赤くして笑って、幸せそうだった。


「嬉しい、ケンイチ」


 顔が間近に迫る。


「ちゅ、しよ」


 可愛く言ってみせる目鞠に、僕はゆっくり顔を近づけた。


 唇を、重ねる。


 凄く柔らかかくて、甘い感じがして、思考が無意味になる。頬にかかる息が少しくすぐったい。


 唇が離れる。


「えへっ、凄くドキドキしてる」

「……お互いにね」


 抱き合ってるせいか互いの鼓動が感覚でわかる。顔が熱くなってるのも、わかる。


「なんか、えっちだね」

「理性を保ってる僕を褒めてほしい」


 唇が塞がれる。そして離れた。体を起こした彼女は服を一枚脱ぐ。


「……え?」

「理性なんてとんじゃえ」


 小悪魔みたいに艶やかな表情を浮かべながら、彼女が蠱惑的に自分の体を強調する。


 ——飛んだ。

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