第16話 口実など要らない
時刻は午後五時。
俺は名も知らない少女を抱えたまま歩いていた。その少女は髪もボサボサで服もボロボロだった。
スラム街で長年過ごしていたからだろう、その環境にも慣れてしまったんだな。取り敢えず名前も知らないままなのは何かと不便なので名前を聞く事にした。
「そういや、お前さん名前はあるか?」
「私は…苗字は分からないけど、名前はフィノ」
「フィノか、多分覚えたぞ」
そう言っても表情を変えないフィノ、感情の揺れが乏しいのだろうか?だが、さっきの反応から喜怒哀楽はあるだろう。取り敢えず飯と服をどうにかしないとな。繁華街に居ても大丈夫な格好させていた方が周りから見ても気にされることはないはずだ。それにしても、軽い。
軽すぎる、フィノの見た目から見ても十を超えてちょいくらいの歳なはずだ。なら食べ盛りな時期でもある。だがその軽さは異常だ。慣れてしまっているのかどうかは分からないが、この状況が続いていたのなら餓死していただろうな。もしかすると俺を狙ったのも最後の抵抗だったのかもしれない。あの後にすぐに諦めていたのも、いづれ死ぬことを理解していたからかもしれない。
やっぱり此処は昔から変わらない。俺が知っている頃の此処と変わらない。だが、俺も此処の人と同類の人間だ。アクアマリン、ゼラニウムは人を殺したことがあるのだろうか?いや、ゼラニウムはあるのだろう。アクアマリンとサージュはきっと無い。アクアマリンは肝が異常に座っている、多分殺すことも容易いのだろう。だが、サージュはどうだろうか、冷静にはなったが人を殺す程の覚悟があるのだろうか?
いや、あいつヤンデレ暴走したら人を殺しそうだから否定しにくいな。
まぁ、いざとなれば俺が殺せば良いか。
「怖い顔してる…」
「ん?あぁ、すまん無意識だったわ」
どうやら表情が強張っていたようだ。ポーカーフェイスを極めた方がいいのだろうか?
なんか隠し事する人物ってポーカーフェイスできるイメージあるよな。
それか表情を自由に変える的な。
そういえばフィノのことを聞いていなかったな。
「答えられる範囲で良いんだが、フィノに家族はいたか?」
「…姉がいた、けど」
俯いて今にも泣きそうな表情になる。やっぱ喜怒哀楽はある。感情がある状態で此処の生活をするのは無理だ。この子は此処での生活は向いていない。
「ちょっと前に軍人の人に連れて行かれた」
軍人に?どういうことだ?
殺人や窃盗があるのなら連行されるのも頷ける。だが、この姉妹はきっと無理だ。その手の犯罪をしていたのなら誰かに恨みを抱かれ殺されるか拉致される。それをされないということはスラム街の住民のヘイトを買ってないということ。ならこの姉妹が犯罪をしている可能性は低い。なら軍人に連れて行かれる理由はなんだ?
「軍用のものを作るための人手って誰かが言ってたのを聞いた」
そういうことか、フォティア国が近々戦争を仕掛けようとしていたのは予想していたが、強硬手段に出やがったか。戦争になると移籍調査どころじゃ無くなる。なら止める必要がありそうだ。ニートで引きこもりな俺も個人じゃなく他人の為に仕方なく仕事するしかなさそうだな。
ふ、言ってて俺が社会不適合者って分かるな。
「んで、フィノ。お前さんを一人で置いていくのも気が引けるんでな、連れていきたいところだが引き返してもらっても良いぞ」
「私は良いよ、どうせ戻っても死ぬだけだから」
「流石、スラム街の住民は理解が早い」
自身がどう言う立場なのかを理解しているって言うとちょいと語弊があるが、自身の未来を見据えている。その上で最善の判断を出すのが上手い。
それから歩いて目的地に近い場所の城下町に出る。
一度フィノを遅すがボロボロの服のまま出ると俺に降りかかる視線がヤバくなるのは目に見えるので俺のコートを羽織らせる。
「これ…良いの?」
いきなり羽織らされて困惑しているのか、そう聞いてくる。
「どうせ安物だからな、俺は服にお金のかけるやつの精神が分からん。お金をかけて良い服を買ったとしても本人に合うかなんて分からない。要はパズルだ。本人に合うピースという名の服を選べば人は良い感じになるはずだ。だから俺は安物で済ませる」
「…捻くれてるね」
「それが俺だからな」
それからフィノはその近くの所に座ってもらって俺が軽く食べれそうなものを探す事にした。
それで目に入ったのが焼き鳥屋だった。
「焼き鳥か、確かに串でなら食べやすい、飲み物は…ジュース売ってるしそれで良いか」
焼き鳥に会うかで言えば合わないが、子供向けとして用意してるんだろう。
取り敢えずその焼き鳥屋で味は…塩がおすすめだし塩時で三本買うか、足りないのなら後で買えば良いしな。
それでジュースも一本買ってフィノの所に戻る。
フィノは座ったままじっとしていた俺の存在に気づいたのかこちらの方を向く。
俺はフィノの隣に座って焼き鳥を渡す。
「ほい、腹減ってるだろ?」
「…良いの?」
「助けたからにはそれなりの責任が俺にはあるからな」
「…うん」
フィノは静かに焼き鳥を食べ始めた。
一本二本とすぐに食べる。
やっぱ少ないよな、服買った後にどっかカフェかファミレス寄るか。
そう呑気に考えていたら三本目を食べ終わった時、フィノの頬に涙が流れていた。
「私…生きてる……でも、お姉ちゃんに会いたいよ」
泣きながら言葉をこぼすフィノ、俺は人を慰める方法は知らない、知っているのと言えば俺が実際にされたことぐらいである。
俺はフィノの頭を撫でた。
「っ!...ぅ…」
俺に抱きついて静かに嗚咽をこぼすフィノ、
俺は驚いたには驚いたが、そのまま頭を撫で続けた。
大体五分ぐらいだろうか?
フィノは泣き止んで落ち着きを取り戻す。
「落ち着いたか?」
「うん…」
「んじゃ、そろそろ行くか」
「ま、待って!」
俺がまた抱えようとするとフィノが静止する。
俺が疑問に思っていると。
「じ、自分で歩くから」
と少し顔を赤て言う。まぁ、普通に考えて恥ずかしいか。
「分かった、だがキツくなったら言えよ」
「うん、分かった」
それから二人で歩いていた、度々視線を向けられるが予想していたより少ないので気にしない事にした。
それから恒常地域に位置する場所の近くで一つの服屋を見つけた、場所と時間的に人がいないのか、店の窓からは人が見えなかった。
「フィノ、一旦お前の服買うぞ」
「え?大丈夫なの?」
「あぁ、俺が幼女を連れているとかでお縄につかないかって?大丈夫だ、多分な」
「ううん、そうじゃなくてお金とか」
「まぁ、一応大丈夫だ。お前は気にしなくてもいいぞ」
「…分かった」
二人で店に入って行く。閑散とした店内でドアベルが静寂の中で響く。
店主と思われる人物が店の奥の方から出てくる。
見ると二重後半に見える女性だった。
「いらっしゃい…ってお客さん、その子」
「ちょいと事情があってな、あんま詮索しないで欲しい」
俺を見るなり怪訝そうな表情になる。まぁ、真っ黒な服装をしてる男がボロボロの少女ときたらそりゃ怪しむよな。
実際怪しい格好だから否定できないが。さて、どう誤魔化すか。
「…この人は怪しい人だけど悪い人じゃない。私が此処までいるのが証拠になるでしょ?」
「え?う〜ん…?」
「簡単に言うと、俺が少女….フィノに危害を加えていないことは本人が証明だ。それに拉致する側なら呑気に店に来ないだろ」
「確かにそうね…私が通報すればあんた達は捕まるだろうし、なら多少は安心して良いのよね」
「おう、安心していいぞ、なんせ俺は世界一に取り扱いやすく危害ゼロで有名な男だからな」
「そ、そう」
お茶を濁したつもりだったが、そうでもなかったみたいだ。ふむ、万人受けだと思っていたが違ったようだ。
「取り敢えず、フィノに合いそうな服装を探してくれるか?」
「そうね…その前にこの子、汚れが酷いし、少し奥の方で汚れを拭いても良い?」
「それは本人に聞いてくれ、俺は許可する」
そう言ってフィノの方に視線を向けると、服を色々と見ていた。だが欲しいと言った感じじゃない、初めてのものを見た感じだな。
「服に興味津々って感じかな?じゃあ、向こうで体綺麗にして綺麗な服着よっか」
店主が言うとフィノは頷いてそのまま店の奥の方に行った。
俺はと言うと暇になったので、店内を色々見ることしかやることがない。
周りを見て気になったものを見たりして時間を潰す。
十数分と待っていると、奥の方から店主とフィノが出てくる。
小さくフリルのある今らしく可愛らしい服を着ていた。
普通に可愛い見た目をしている。綺麗になった髪や肌、フィノは側から見ても美少女だった。
「お客さん、この子宝石のように可愛らしい子よ!事情は聞かないけど…可愛らしい少女ね」
「…うぅ…恥ずかしいよ」
顔を赤くして萎縮するフィノ、店主はその姿に申し訳なさそうな苦笑いをする。
俺もそれを見て苦笑いするが、こういう時褒めるのが定石と聞くので取り敢えず褒めるのが良いのかもしれない。
「まぁ、可愛らしいな。学校のクラスメイトにいればカースト上位で告白されやすい可愛さだ」
「ぇ…うん、ありがとう」
店主も最初に見た表情と違い微笑ましい光景を見るような眼差しで見ている。別にそんな柄でもないんだけどな。
「とりま、会計すっかね、いくらだ?」
「あぁ、良いよお代は、久しぶりに可愛らしい子を見つけられたし、深い事情があるお客さんでも服に気を配ってくれるのなら悪い人じゃないって思ったからね」
そんなことを言う店主、払わないのなら願ったり叶ったりだが、それで経営保っていられているのだろうか?閑散としている店内を見るとお客が来ていると思いにくいが、詳しいわけじゃない為断定できない。
「それじゃこっちが申し訳ないな…なら一つ言っておくか。もしこれから問題が起こった時、俺の名前を言え」
「お客さんの名前?」
「あぁ…そういえば言ってなかったな、フィノにもだが。俺の名前はジェスター・クロッカスだ」
悪名高い名前でもある。底知れない天才とかの噂もあるが、悪い奴だとかの噂の方が広く出回っている。前、それを知ったサージュがその噂を信じている人を片っ端から消そうとしていたから止めたことがある。
「ジェスター…ってクロッカス家の天才!?」
これまでにないぐらいの大声、少し離れているとはいえ数歩の距離で叫ばないでくれ。ビビるから。
「えっと…こ、これまでのご無礼をお許しください!」
その反応を見て今までない対応だったから呆気に取られてしまった。フィノはそれを見て不思議に思っていた。
俺はその対応に対して笑いが込み上げてきた。
「俺にそんな対応してくるとはな、これは予想外だわ。さっきまでの対応で良い、俺は貴族のようにプライドや威厳がある訳じゃない、ただ天才として生まれた一人の人間だからな」
「そ、そう?なら、さっきまでと同じ対応にするけど、本当に良いの?」
「俺が良いっつってんだから良いんだよ」
そこまで気にすることなのか分からないが、貴族ってそう言う対応されるのが普通なん?嫌だわぁ〜。
俺だったら部屋から一歩も出ないね。あ、それは元からだわ。
「なら、俺らは行く場所がまだあるし、そろそろ行くか」
フィノにそう言うと恥ずかしそうにも俺の隣にくる。
ついでに袖を握ってきた。可愛いなお前。
「うん、行く」
俺は店主が預かってくれていたコートを手に取り羽織ってから店を出ることにした。
「また来てね」
店主の言葉を背にドアベルが鳴って外に出る。
外に出ると直ぐに気づいた。
何やら騒がしい。
何事だと思いつつ走り去っていく一人の男性に聞いてみる。
「なぁ、お前さん何が起きてるんだ?」
「工場地区の方で暴れている奴がいるんだ!あんたも早く逃げた方が良い!」
暴れている奴?なぜ暴れているのか気になるな。
だが、好都合と言うべきか、暴れている奴のおかげで工場内に入ることが出来てもおかしくない。
きっと工場側はその対応に追われているだろう。なら警備が手薄になっている箇所は複数できる。増援を呼ばれる前に俺らも侵入しても良さそうだ。
「ちょいとすまんフィノ」
時間もないことからフィノを抱える。
それと同時に戦闘できる分だけの体力を保ちつつ走る。
「わっ!?」
フィノは俺の速さに驚愕しているのか少し不安そうな顔になっている。
「時間があまりなくてな、急がせてもらう、それとちゃんと捕まってろよ」
「…うん、分かった」
あまり一般人にバレるのもあれだ、少量の魔力を使って自身の跳躍力を支える。建物の上に乗っては建物と建物を移動する。
逃げる住民は心理上前方か後方を見る。なら上を見ることは滅多のにない。それなら上から行くのが良い。
「…私以外にもこうやってお姫様抱っこってするの?」
ちょっと怒り目というか、なんか視線が鋭いように感じる目で見つめてくる。そうと同時に掴む力が強まる。
俺は返答に困りつつ言う。
「あぁ…警察に通報はしないでくれよ?俺みたいな不審者に近い見た目してる男が美少女に通報されてみろ、すぐお縄なのは決まっている、請求だったら支払う」
俺なりの回答をする。抱えた相手は…うん、そこそこいたわ。
「そうじゃないのに…」
ボソっとフィノが言っていたが、風の音で聞こえなかった。
なんてことなく普通に聞こえているが聞いてもキリがなさそうだったから何も言わなかっただけ。
工場の真ん前までくる。弍番セラウド工場に付く。ここに来るまでに暴れている奴は壱番にいるみたいだ。
弍番工場は全体で三階建ての建物、二階は主に資料室となっている。そこの窓から侵入が好ましいか。いやそれじゃ音を立てるし、今回はカチコミじゃないしな、侵入なら…空いている窓か何かないだろうか?
「どうするの?」
「どうすっかねぇ…」
弍番工場前の建物裏で隠れながら探す。
そうすると慌てている清掃員のような人が目線の先に居た。
「…気絶させるか」
「鍵取りたいもんね」
フィノも清掃員を倒す理由を瞬時に理解している。この子も理解が早い。
フィノを一度降ろしそこにいるように言う、素直に従うフィノを確認する。
「よし、建物の入り口付近まできたな」
もう少しで距離は五メートルほどになる、この距離なら縮地でいける。
清掃員がドアノブに手をかける時に。
「縮地」
「…?っが!?」
「悪いな、んじゃ鍵を拝借っと」
手に持っていた鍵を手にする。キーのホルダーじゃないところを見るとマスターキーか?
マスターキーなら有難い、これで中に入れる。だが、一階から入る訳じゃない。
後ろに回って二階側にベランダのような場所がある。部屋と部屋の移動用にあるのだろうが、利用させてもらおう。移動の為またフィノを抱える。
少量のため跳躍ならあと何十回かは出来そうだ。自慢ではないが俺の魔力量は多い。俺が世界一扱いやすい人間だからだろう。
マスターキーを使い二階から侵入する。
どうやら人はいない、なんなら警報音もしない。だが通路側、と言っても聞こえにくいところからするに一階に行くための階段付近。俺らがいるところは端の部屋。人が来ることはないだろう。一度フィノを降ろす。
「これからどうするの?私も行きたい」
「まずは弍番工場の資料室か管理室に行く、従業員なら魔法がなくとも倒せる。フィノを守りながらでも片付けれるはずだ」
「なら一緒に行く、国が何を隠しているのか知りたい」
「おう」
そう意気込んで部屋を出ようとすると大きく建物が揺れる。大きな振動のため、棚が大きく揺れる。フィノの方に倒れてくる。
「ぁ…」
「フィノ!」
フィノを胸元で抱きしめてその勢いのまま避ける。
「あっぶねぇ…」
間一髪で助けることができた。だがその棚が入り口を塞ぐ、入ってきた道は他の部屋にも繋がっている。そこから行けるだろう。
「フィノ、大丈夫か?」
まずはフィノが無事か確認だ。
「う、うん…大丈夫」
「そうか、なら良かった」
そう言ってフィノから離れるとフィノは名残惜しそうな表情になる。
気のせいと思いつつ周りを見る。
散らかっているが安全な場所…とは言えないが他の部屋よりはマシだな。
「今の揺れの確認も兼ねて一人で行ってくる、フィノは此処で待機しててくれ」
「うん…でも大丈夫?」
「あぁ、俺は天才の一人さ、それに守りたいものを守れれば良い」
保身は重要だからな、フィノも自分が助かるか不安なんだろう。
「フィノ、お前のことは守る安心しろ」
「え、うん…でも、そうじゃ」
フィノが何か言っているが俺はいち早く扉から出て行動を始める。
現在の時刻、午後六時十分。
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