第10話 信じた橋は瓦解された手記
昔から私は異常だと周りから言われていました。生まれた頃は周りから愛されていました。何歳の頃だったでしょうか、私を見る人がいなくなってしまわれたのは。
1616年、私はフォティア国南部に位置する私の血筋であるロードクロサイト家の領地で生まれました。私は母親似のようで、金髪のこの髪はお母様からの遺伝のようです。昔から私は体力がなく病弱な体質だったようで、クロッカス家の領地に行くまでの人生の九割ほどは館で過ごしていました。お母様は私のことをよく見てくださいました。何かをするにしてもお母様はよく私についてくださいました。よく、本を読んでくださることも、よく遊び相手にもなってくれました。あの頃は今でも鮮明に思い出す事ができます。
そのころはまだ私自身が闇魔法に長けていることを知らなかった頃でした。私はいつも通り、館の自室で絵本を読んでいました。
「この絵本は読んだ、この絵本も読んだ、う〜ん…他にないかな?」
七歳の頃から文字の読み書きができました。それでも難しい文学や哲学、論文などは読めません。お兄様は読めていたようですが、私はそこまで頭が良いわけではありませんでした。
何本の絵本を読んでいた私は従者から頭が良く優しいお嬢様と思われていました。
私は自室に用意されていた絵本を全て読んでしまったことを理解した後、お母様に他に絵本がないか聴きに行くために自室から出ました。
「お母様〜」
お母様のことを呼びながら駆ける、と言っても運動もできず、体力がない私はそこまで早く移動できるわけでもないので競歩に近い形で移動していました。
目の前にメイドがいました。私はお母様の場所を知りたかったので聴きました。
「メイドさん!お母様はどこですか?」
「あら、サージュお嬢様、お嬢様でしたら自室に居られますよ」
笑顔で対応してくれるメイドさん、私はまだこの頃は純粋でした。周りがどんなことを考えているのかあまり気にしていませんでした。
「ありがとうございます!」
一礼して感謝を伝えた後、また私は競歩の速度でお母様のところまで行きました。
お母様がいると言っていたお母様の自室まで辿り着くと私は扉を開けました。
「お母様〜」
「どうしたの?サージュ、走ったら危ないわよ」
「あ、ごめんなさい」
ふふ、と微笑む母、母の声色は優しく、私のことを愛してくれていることを今でも覚えています。
「お母様、自室にあった絵本を全て読みました〜他に絵本は館にありますか?」
「あら、全て読んでしまったの?まだ一週間も経っていないのに…」
お母様は他に本がないか調べてくれました。もう少し難しい本も挑戦できるように置いてくださいました。私は本を読むことは好きでしたので、本を用意してもらっては沢山読んでいました。
九歳の頃、その時は突然でもなく必然として起きました。
「今日は確か、剣の稽古がありますね。魔法の適性検査も受けたいです〜」
自室で独り言を呟く私、側から見れば変に思えるでしょう。
魔法とは何か、魔力とは何かについては理解しているつもりでした。私は基本家にいることから本の他に魔法機器が好きでした。
それとこの年から私は剣の稽古をつけることにもなっていました。代々として剣の稽古はつけるものらしく、お母様も剣に扱いには長けているようです。
待っていると「時間です」とメイドが呼びに来たので私はワクワクした感じで庭に行きました。稽古をつけてくれる師匠に当たる人は執事長でした。彼は元々騎士団に所属していた上層部の人間だったらしく剣の扱いは御手のものようで、教えてもらうことになりました。
「まずはお嬢様、こちらの木刀から握ってみてください」
今年で七十を迎える彼は優しい声色で剣を渡してくれました。
私は渡された木刀を握りました。長さは身長にあった長さのようで、しかし病弱な私には持ち上げるので手一杯でした。
「お、重いです……」
「体力、力はこれからつけていけば良いのです。病弱とは言え、体を鍛えれば多少の体力は付きますよ」
ほっほっほと笑う彼、今思えばそう、家にいるとして読書だけでなく体を鍛えるのも一つの手だったのかもしれません。
いつまでも本を読んで、様々な知識を蓄えるのが好きだった私、それがどこで役に立つかも分からないと言うのに知識を蓄えました。
稽古をつける前に多少に体力、筋力は付けていた方が良かったと当時の私も思っていました。
「稽古、お願いします!」
「ほっほっほ、威勢が良いですなぁ、では軽めな運動から始めましょうか」
「は、はい!」
最初、私は執事長の言った訓練から始めました。と言っても剣を一、二回振って、腕を休めてもう一回と、本当に私に合わせた訓練を始めました。
少しづつ体力をつけるとしたらこれがよかったのでしょう。
私としても辛い訓練よりもこれぐらい優しめの訓練が丁度良かったです。
屋敷の皆は私が病弱なのを知っていたので、励ましなどを多く貰いました。
そのまま稽古は長く続きました。
夕方まで続いた後の私はヘトヘトでした。腕がかなり疲れていて体力がほぼないに等しい状態でした。
夕食を済ました後、私はすぐに寝てしまいました。多分、相当私は疲れていたのでしょう、すぐに寝てしまいました。
日が明けて翌日になった朝、私は案の定筋肉痛となっていました。
筋肉痛になると言うことはまだ私には成長できると言うこと、当時の私はそのことを理解していませんでした。
「うぅ……腕が痛いです」
「ほっほっほ、そう言うものですよ、なので今日は腕を使わない体力を付ける訓練をしましょう」
執事長は微笑んでくれました。腕が痛くとも、やれることはまだあると、そう言ってくれました。
私としても早く体力をつけたいとは思っていました。
筋肉痛になりつつも週に五回、稽古を付けてもらいました。
頑張った時は夕食を豪華にしてもらうこともありました。
そんな日々が続いて一年ほどでしたでしょうか?
「剣を扱うのが難しいです…」
十歳となった私は一年剣の稽古を続けても何もできないように感じてました。
病弱とは言え私は一年間頑張りました。その結果、剣を振るうことも体力も去年より多く付きました。年相応に近い程にはつきました。一年でこの成長にお母様も執事長も周りの人も驚いていました。身長も伸びて130代まで伸びました。
将来が有望だとも言われました。私はその時、いつか強くなれると思っていました。そして今日、剣の扱いに違和感を覚えるようになりました。
「剣を使えるようになりたいですのに」
「練習すれば何れ出来ますよ。お嬢様はまだ十歳、その年でそこまでの技量を身に付けれるのは才能以外の何者でもありません」
「そうよ、サージュ。お母さんも十歳の頃はそこまで使えなかったんだもの、サージュは優秀よ」
お母様と執事長はそう励ましてくれました。
私には才能がある、努力すれば辿り着けると。
「はい!頑張ります!」
しかし、数ヶ月経過したとしても思い通りには行きませんでした。
時間が経っての時でした。
「今日はいよいよ魔法適性検査の日です!」
自室で外に向けて気合いを入れるように呟来ました。
私は魔法が大好きでしたから、魔法が今日から学べると思うとどうしても高ぶってしまいます。
私は屋敷から出てお母様と執事長、護衛の方や数人の使用人と王都に向かいました。
専用車両の列車で王都に向かい、お城まで来ました。
私は他の方々と違い、特別な場所で検査を行うらしく、その場所にお母様や執事に連れて行ってもらいました。
私の魔法適性はなんでしょうか?
魔法が使えるようになったらやってみたい事が多くありますし、試してみたいです。
私はものすごくワクワクしていました。
人生でずっと待っていたことが今あるのですから。
純粋無垢、無邪気な私には何かを疑う心も、人の恐怖心も何も考えることはありませんでした。
今考えれば普通のことでしょう。
人は何か大きな力に恐れるものです。大きな平気に人は恐れます。常識を逸脱したものに人は恐れます。仲間と思っていても異端だと気づけば掌を翻す。
お兄様は人の思考は単純で且つ愚かで面白いと言っていました。今の私にはそれがわかります。
人の考えることは面白いです。それは他人に期待などしないことと同義になっていしまいますが、今の私にはお兄様がいます。
お兄様が私の心の支えです。
私は連れていってもらった場所で適性検査を受けました。
密かにとは言え、私は貴族。
多くの人に見られながら適性検査を受けることになりました。
魔力の質を調べることにより、大凡の魔法の得意不得意を診断すると言うもの。
私はどの属性の魔法適性がいいと言うのはありませんでした。
魔法適性検査用のMATエルゴンが用意される。
MATエルゴンとは属性別に魔力そのものを動力エネルギーに変換する。一般的な機械のコア、または変換されたエネルギーそのものを言います。
「ではサージュ様、こちらに触れてください」
言われた通りに、MATエルゴンに触れる。
「少し、体に言葉にしがたい何かを感じると思いますが、少しだけ我慢ください」
そう言われた途端、体から何かがなくなる感覚に苛まれる。
こ、これが魔力が抜ける感覚ですか……皆さんはこの感覚に慣れているのでしょうか?
一度も味わったことない感覚というのは印象深いもので今でも覚えています。
「う…で、でもこれも一つの経験です!」
「頼もしいですね、もう少しで解析が終わりますので、少々お待ちください」
「やっと私の魔法属性がわかるのですね!」
「サージュは昔から魔法を使いたかったものね」
「はい!お母様!」
手は離しており魔力が抜ける感覚はなく、それに心に何か変化があったわけではありませんでした。
今思えばそこから異常だと気づけたのでしょう。
「こ、これは……」
ここから、ここからでした。私の平穏とも言えた日常は糸が屑のようになってしまいました。
周りの人は期待に満ちていました。私も慢心しているわけではありませんでした。
ですが。
「前代未聞です…!ここまでの適性は過去に事例などありません!」
ざわつきが生まれた。
言葉だけを聞くのなら良かったのでしょう。
前代未聞、それが何を意味するのか、今なら嫌でも理解できます。
それは、人が恐れる強さを持つと言うこと。
私の適性は歴史でも指数本に入る適性。
聞いた時の私はものすごく喜びました。
人の醜さなど知らなかったのですから。
「サージュが….そんな」
お母様は恐怖と悲しみの表情をしていたと私は覚えています。
お母様?どうしてそんな表情をしているのですか?
お母様、どうして人って家族でも簡単に見捨てるのでしょうか?
この場はおかしな空気に包まれながらも解散という形になり私は帰ることになりました。
「お母様!本読んで魔法の勉強がしたいです!」
「えぇ…そうね……」
歯切れの悪い返答をするお母様、その時に違和感を覚えていましたが、疲れているんだろうと考えていました。
それからの生活はあまり覚えていません。
私は部屋で過ごすことを余儀なくされました。
どうしてだろうとも思いましたが、私は周りが決めたことは信じていました。疑問一つ持たずに。
本を読んで本を読んで本を読んで。
知識を溜めて、思考が早くなり、世界がどうなっているのか、人はどんな思考をするのか。
人がどんなに欲に弱いのか、人がどんなに人を裏切るのか、人がどんなに醜いのか、事例を身につけて、知識として蓄えて。
二年間、家…すらも歩かせてくれず自室で過ごしました。力や体力は衰えていく一方でした。
十二歳となった私は異常そのものとも言えます。
他の天才と比べると平均並み、一般的に見れば異常。
十二歳という歳で私は大学の論文を読めるようになりました。
正直、全ての内容を理解できているかと言われるとそうでもないのですが、大まかな内容は理解できるようになりました。
「この内容の理論が立証されるのなら……物質を保つ法則が…だからあの魔力循環を利用した……」
初めて論文内容を理解したときは喜びもありました。
ですが、それを自身の目で見ることも、何かをすることもできませんでした。
私には何もできませんでした。
数ヶ月の時点で私は疑問を抱いていました。
でも、それを口にしては全てを諦めてしまいそうで、全てに絶望してしまいそうになったから、認めたくなくて、思考を放棄するために、邪念を消すために。
「思えば……私は何のために頑張っていたのでしょうか?」
自問自答しても正解などない、答えなどなくとも推測と予測はできます。
何も信じられない私はその思考を信じるしかなく、答えに辿り着きました。
「私は…ただ家の為だけに……私は、私は……いや…嫌!」
認めたくない、信じたくない、こんな思考消したい、私は優秀で、私は幸せな…。
「し…あ…わせ……?」
口にすれば更によく分からなくなってしまった。
私の幸せって何ですか?
私の存在意義って何ですか?
私の生まれた理由って何ですか?
私が避けられている理由って恐ろしいからですか?
私が閉じ込められているのは歯向かわないようにする為ですか?
私が魔法を覚えないように此処にいさせるのですか?
嫌な思考が部屋に満ちる。
この時から壊れていきました。
使用人が来るとき悲鳴が聞こえる時もありました。
私が恐ろしかったのでしょう。
お兄様から聞いた話からすれば虚な瞳に脱力した姿勢に目線だけが動いていたそうです。
不健康な肌に痩せ細った体。
それが二年間で変わった私でした。
どうしてこうなってしまったのでしょう?
何が間違っていたのでしょうか?
私が変に知識を蓄えてしまったからでしょうか?
魔法適性を受けてしまったからでしょうか?
月日は流れはや二年、私の心は完全に壊れていました。
でも魔力はそのままでした。一度開いた魔力の大きさは縮まらないと気づくこともできましたが、そんな余裕ありませんでした。
「うぅ……誰か…」
私は泣きました。
私は泣きました。
私は泣いていました。
誰か教えてください。
誰かこの暗がりから救ってください。
誰か私を魔法から救ってください。
「……助けて…」
一人、夜、自室でただポツリと一言だけ呟きました。
ただ願う様に。
お願いです。神様、もし……もし、私を救ってくれる人がいるのならば、私はその人に一生を捧げたって良いです。
こんな生活になるくらいならば私は……。
そんなことを願っていつの間にか一日が過ぎていました。
その時でした。
ガチャリと朝、早朝に扉が開く音が聞こえました。
扉には細工がされいるみたいで私の対魔力検知のようで、私がドアノブに手をかけた時、使用人に知らされるみたいで、それで私はずっと部屋から出れませんでした。
私は気力がない状態のまま、顔を上げました。
「なるほど、お前さんか」
目の前にいたのは、どことなく私の同じ雰囲気を持っている少年でした。
背を見るに歳上なことを理解しつつ声を出そうとしましたが、困惑の方が優ったのか、言葉が出ませんでした。
「大丈夫だ、俺はお前さんの味方って言って良いからな」
その年上を思わしき少年は私に近寄って頭を撫でてくれました。
「ずっとこの場所にいたんだってな、けど今日でもう終わりだ。外に出られる、自由に魔法も使える、お前を束縛する何かはもう無い、従う執拗はもう無い」
私と似たような目をした少年なのに優しい声色で、声をかけてくれました。
撫でてくださった手から温もりが伝わりました。
「あぁ、自己紹介がまだだったな、俺はジェスター・クロッカス、お前の兄になる人間…て言ってもすぐには理解できないか」
少しの思考が冷静な判断を下す。
きっと彼はお母様…いや母の再婚相手の息子なのだろうと、年上だから私の兄になるのだろうと、理解しました。
「お兄様……?」
私はそう言葉をこぼしました。
「いきなり、様呼びかよ……まぁ、良いけどな?兄になら敬語いらんと思うんだが」
「お兄様、お兄様!」
口にすればするほど、救われるように感じました。
私は救われたんだと、私の願いが届いたんだと、そう感じれば感じるほど私は安堵と嬉しさが込み上げてきました。
私はお兄様に抱きつきました。
「うぅ…あぁぁぁ!」
「おっと…危ねぇぞ」
声をあげて私は泣きました。久しぶりの人の温もり、久しぶりに受けた人からの優しさ、私はその時からお兄様に対して好きという感情を向けていたのでしょう。
その好きは家族愛ではなく、異性的な感情。
私はもうお兄様に一方的な愛情を抱きました。
その時の私はそれを自覚する術はなく、後に気づくことになりました。
腕に入る限りの力でお兄様に抱きついて泣いて、泣く私の声をお兄様は黙って聞いてくれました。
初対面の人にこんなことしているのに迷惑と捉えず自然に、接してくれました。
十分くらい泣いた私は疲れてあまり体力は残っていませんでした。
「もう、大丈夫そうか?」
抱きつくことはしていなく、私はお兄様の前に座っていました。
でもお兄様は頭を撫でてくれました。
優しく私のことを心配してくださるお兄様、私は言葉を絞り出して返事をしました。
「は、はい…だい、じょうぶです」
言葉が詰まってしまいました。でも、お兄様は微笑んでくれて、その表情が出会ってきた人の誰よりも愛おしく感じました。
「そうか、立てそうか?」
撫でてくれた手が離れて何故か物足りないと思ってしまいました。
足に力を入れると立てるには立てました。しかし、走るほどの体力も、歩く体力すら残っていません。数年間閉じ込められていた弊害は私が思っていたより大きい様です。
「立てました…けど……」
正直、一分も立っていられないと思いました。
「……セクハラで訴えないでくれよ、って言っても頭撫でてる時点で遅いか」
そんな言葉を溢しつつもその様子に見兼ねたでしょうか、お兄様は背を向けて屈んでくれました。
「ほら、歩けないんだろ?」
私はお兄様の行為に甘えることにしました。
お兄様におんぶして貰う形で移動するということになり、お兄様の温かさがまた感じられて幸せと思うような感情がまた感じられました。
「早速で悪いんだが、一旦お前さんの両親…つっても母親だけだもんな、頭の良いお前なら既に察しが付いていると思うが、俺の親父と結婚が決まったらしくてな」
お兄様の口調は貴族らしくなく、でもクロッカス家と聞くと政治に関する本で目にしたことがあります。
小さくも立派な貴族であることを記憶している私はお兄様に対して違和感を覚えるも、その邪念は長く続かず、すぐに消えました。
「俺がお前さんの義理の兄になってしまってな、まぁ無愛想な俺とあんま関わらん方がいいしな、用がある時以外は普通に無視してくれて構わないぞ、俺は孤高の一匹狼と変わらないからな、人ってのは一人じゃ生きていけんが、独りなら生きていける」
口が達者な捻くれた言い分、でも私はそれが分かりました。
これがお兄様と出会った時、それ以前までの記憶。
ねぇ、お兄様。私はお兄様の隣に常にいますから、ずっとずっと…何があろうと、お兄様から拒絶されたら、私は生きていけません。
私を捨てないで、もう離れる思いをしたくないんです。使用人からも、世間からも、母からも、嫌われた私にはもうお兄様しかいません。私の全て、地位も、力も、財力も、身体も、お兄様のものです。お兄様の望むことなら何でもします。
お兄様の邪魔をする者は全て消します。お兄様の誘惑する者も消します。だって、お兄様さえいれば良いですから♡
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