第9話 情緒の恢恢帰還

 明るい光が目に差さり俺は眼を覚ます。

 相当疲れていたんだろうな、いつの間にか寝ていたみたいだ。

 朝は強い方だ。昔からの癖だからな。

 今日は今日で忙しいだろうし、身体を解すために外へ出るために、まずはベッドから出ようとする。

 そこで誰かが俺のベッドの中にいると感じるが…捲るか?いや待て…何かあるかもしれない、逆に考えるんだジェスター、ホラー的怪奇現象なのかもしれない。だが、ならば尚更確認するべきでは?

 そんなことを思いつつ捲ると。

 キャミソール一枚の下着姿のサージュが寝ていた。

 一瞬思考が停止したが、落ち着け俺、彼女いない歴=年齢ぼっち陰キャ童貞ヒキニート……肩書き酷くね?事実だけども。

 ってかなんで俺のベッドで寝てるんだよコイツは、本当に何やっちゃんてんの?

 俺以外の陰キャなら死んでいたかもしれないが、俺は耐性がまだある方だと自負している。ふっ、俺ってば同胞よりも強いのさ。決してヘタレというわけじゃ無いからね!

「ん…お兄様……大好き♡」

 ありのまま今起こったことを話すぜ陰キャ童貞諸君、俺は確かにベッドから起きようとした。そしたらサージュが童貞殺しの言葉を発して俺に抱きついてきたのだ。

 やめてやめて俺の理性ごりごり削れてるから、やすりで板削るぐらいには削れて心が丸くなってしまう。一瞬良いことなのではって思っちまったじゃないかクーイ。

 あ、クーイは俺のイマジナリーフレンドだった、時空を操れたあいつはどこに行ったんだろうか、いつの間にか消えていたんだよな。

 きっと違う世界線に行ったんだろう。そうに違いない。

 にしても、どうやって離れれば良いのか……力強いし柔らかいものが当たってるしホールドされているし良い匂いするし。

 しばらく長考していると次第に力が弱まっていくのがわかる。安心しきったような表情のまま寝ている。

 俺はこのチャンスを見逃さない!

 そっと腕をどかして、サージュを起こさずにベッドから出ることに成功する。

 危ねぇ、危うく俺のジェスターが大変なことになるところだったぜ、だが俺は生き残ったぞ!

 俺の戦いはこれからも続く!

 なんて適当なことを考えているとアクアマリンも寝ていることにも気づく。

 アクアマリンなら寝てないような生活してそうだったが、そこは人だったか。つまり基本的な生活基準以外は人ではないということになる。俺を弄るレベルは人を逸脱している。

 着替えてすらいなかった俺の格好は一応外に出れる格好なので、というかいつもの格好だな。

 二人を起こさずに部屋から出る。

 宿の入り口に時計があり、早朝の時間帯だった。

 早く寝過ぎてかなり早めに起きたのか。いや元からだわ。

 外は少しだけ暗く感じる。それでいて涼しく、風が心地良い。

 人は少なく、少しだけ寂しくも感じる。

 一度俺の魔力量を確認するために目を閉じて情報を少なくする。

 ……よし、満ちているな。

 魔力の回復は基本的に早い。

 枯渇していたとしても二日あれば回復する。

 だがまぁ戦闘が続くような戦場じゃそんな暇与えてくれる敵はいないんだがな。

 戦場行ったことないから知らんけど。

 しかし、枯れている。一割にも満たない魔力量では話しが違う。

 魔力、カルディアとは心に直結する。元々の精神力が強い人間ほど魔力量が多い。

 俺はまぁ、多分平均並なんじゃないか?

 魔法を使えば使うほどカルディア、精神が無くなっていき心は壊れやすくなる。

 心が壊れてしまうと魔力上限が低くなるんじゃないかと俺的には思っているが、実際のところはわからない。

 実証実験がしにくい内容から未だカルディアについては不明点が多いそう。

 さて、考えるのはここまでにして朝の運動するか。

 いつもやってるにはやってるが、それでも鈍っていると感じてるんだよな。

 



「ん…?お兄様?」

 私は感じていたお兄様の温もりが無くなったことで眼を覚ます。

 緩い服装なのはわかっていながらも寝起きだからか、あまり頭が回らない。

 でもお兄様がいないことに不安を感じる。

 部屋を見える範囲で見てみますがお兄様がいない。

「お兄様?いますか?」

 そう聞いても愛おしいお兄様の返事が聞こえない。

 いつからなんて私にも分からない、でもお兄様が私を救ってくれたあの日から私はお兄様に惹かれていった。

 お兄様は強い、お兄様は賢い、お兄様は優しい、お兄様はどこか死にたいと思っているように思えるところ。

 お兄様のことが好き、お兄様のことを愛してる、お兄様に振り向いてほしい、お兄様から離れたくない。

 お兄様の声が、お兄様の髪が、お兄様の瞳が、お兄様の肌が、お兄様の体温が、お兄様の血が、お兄様の唾液が、お兄様の表情が、お兄様の感情が、お兄様の全てが欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。

 っといけませんね、お兄様に幻滅されたくありませんからちゃんとしなければ。

 思考を一度消し去るために頭を左右に振る。

 毎日この調子ですから慣れてますけれど、一度落ち着かなければ。

 でも、お兄様は昨日から様子がおかしかったです。

 どうしてご飯を食べなかったのでしょうか?単純に食欲がないのでしょうか?おかしい、お兄様のことなら全て知っている筈なのに、お兄様のことを考えても分からないことがある……どうして?どうして?どうして?

 お兄様が私に隠し事…?

 そこまで考えて私は不安になりました。その間でも感じる自信の魔力は器に満ちていました。これはただ私の不安。

 怖くなって自身を抱きしめる。

 そんなはずありません、そんなことない、そんなことない、そんなことない。

 そんなこと…ない……ですよね?

 どうして言い切れないのでしょう、私の中でお兄様のことを信用できていない?嘘…そんなの嘘です。お兄様に信用されてない……?

 違う…違う違う違う違う違う!

 私は信用されてる!私のお兄様への愛は本物!

 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

 捨てないで、そばに居させて、隣にいたい、お兄様…。

「そう、だ……お兄様を探さないと」

 ベッドから降りて、不安と恐怖で覚束ない足取りで歩く。

 お兄様、お兄様どこですか?無防備に外出んな」

 はぁ、とため息をするお兄様。

 お兄様の近くにいる、お兄様と同じ空気を吸っている、お兄様の吐く息を私が吸っている。

 その事実があるだけで私は不安から解消される。

 今あるのはお兄様が愛おしいという感情だけ。

「お兄様♡」

 私は思考が整う前にお兄様に抱きついていた。

「っうぉ!?」

 お兄様が想定内とは予想外と言った驚きの表情を見せたまま私の抱きつきを受け止める。

 嗚呼、お兄様の匂いに包まれてる。

 お兄様の胸板に顔を擦り付ける。

 不安なんて微塵も感じない、心が満たされていく。

 今の私の表情はどうなっているのでしょうか?

 もう、どうでも良いことですね。

「お兄様、お兄様、私不安だったんですよ?朝起きたら一緒に寝ていたお兄様がいなくて昨日の夜も様子が変でしたし、もしかしたらお兄様に捨てられるのかもしれないって思って、私はお兄様を愛してます。私はお兄様のために命でもなんでも差し出します。ねぇえ、お兄様私と一生を誓ってください、お兄様が望むなら心だって体って全て捧げます。だから、だからいなくならないで下さい、私の元から消えようとしないで下さいね?」

 身長差から上を見上げるようにお兄様の顔を見る。

「……いつか返事するから今は保留にさせてくれ頼むから」

 期待はしていましたが、そういう返事がくると予想もしていました。

 私のお兄様ですからね。

 私はお兄様の隣にいられるならそれで満足です。

 私からお兄様のそばにずっといれば良いのですから。

「あぁ…とりあえず部屋に戻るぞ」

「?…はい、お兄様♡」

 部屋に戻るというのなら私もそれに従うだけです。

 私にとってお兄様が一番ですから。




 人には理解できない対処できない現象というものがある。例えば怪奇現象、確実にあるともいえず理解できるものでもない、しかしそういう現象は存在する。ただの言葉なのかもしれないが、それが多く目撃、証言、例が多くなると本当にあるのではないかとなる。

 ただ、実際にあったとしても対処なんてできるのかという話になる。よく悪霊には祈りや神の力を使って退治すると言う話を聞くが、それが本当かどうかすらも不明だ。

 つまり、人には理解できないものには対処も何もすることができないと言うことだ。迷信に惑わされそれがかも真実かのように縋り付く。

 しかし、俺もその縋りたい気持ちを理解することができた。対処はできないけどな。

「おにいさ〜ま〜♡」

 陰キャ童貞ヒキニート十七歳、現在腕に妹が抱きついてきてます。どうすれば良いのかわかりません。

 どう言う状況と聞きたい奴もいるだろう、俺も知りてぇよ。

 身体解す運動して戻ってきたらキャミソール一枚で外に出てるサージュいたんだぞ?

 しかも顔色悪ければ目に正気なかったもんな。

 それがどっこい俺を見た瞬間、顔色は良くなったが目が更にどす黒くなったんだよな。え、ヤンデレってみんなこんな感じなん?

 だったら対処むずいとか言う話になるわ。よくさタイプの女性の話とかあるけどさ、その話に俺ヤンデレ好きなんだよねとか言う奴おるやん?俺の状況見てこれ対処できるんか?

 今思ったんだけどさヤンデレにヤンデレ打つけたらどうなるんだ?打ち消しになる…のか?

 くっそどうでも良いけどサージュの匂いがいい香りする。

 うん、思ってからじゃ遅いけどキモイな俺。

「おにいさま?」

 可愛いんだけどな?

 いやね、俺の妹は普通にモテると思うんよ、お兄ちゃんお前の将来が心配だよ。

 こんな依存ヤンデレになるなんて出会った当初思わんやん。

 誰が予想できるねん。

 顔面偏差値クッソ高くて学校じゃカースト上位狙えそうなお前はどうして狂ってしまったのか、それを知るために我々は遺跡へと足を運ぶ。

 とりあえず、やるべきを事を考えるんだ彼女いない歴=年齢の俺。

 サージュを正気に戻す、身支度をさせる。

 この二つじゃね?そこまでやる事がなかったことに気づいた俺は宇宙を見てしまう。

 いかんいかん、悟りを開いてしまうところだった。ヒキニートが悟りを開いてしまったら真人間になってしまうからな。ひん曲がった人生を歩みたい俺は悟りを開いてはならぬ。

 部屋に戻った俺はとりあえずサージュを腕から放す事に専念することにした。

「とりあえず腕から離れてくれないかな?」

「既成事実を作るのですか?」

「うん、違うね」

 どう育ったらそんな思考回路に至るんだよ。

 それにどうしたらそんな言葉を平然と口に出来るんだよ。

「朝から私を求めてくれるなんて嬉しいです♡」

「だから違うっていうてるやろがい」

「それじゃ早速ベッドに」

「やめなさいっってい!?」

 サージュに俺は無理やりベッドに引き込まれそうになる。

 俺も必死に抵抗する、がこいつ…いつもより力つよ!?

「あの!?サージュさんやめてマジで!兄妹とやるのはマジで洒落にならん!ガチ逮捕案件になるからマジでやめて!」

 俺は必死に抵抗する。

 俺は必死に言葉を出す。

 しかし、サージュにはそんな言葉聞こえてないようだ。証拠に。

「お兄様〜♡恥ずかしがらないでください♡私も恥ずかしいですけどお兄様になら♡」

「聴いてねぇな!?お前!ちょ、マジで!何でこいつ、こんなに力強いんだよ!」

 いつもならこんな力出せないというのに、本場のバカ力ってか?おかしいだろ、それともヤンデレによる力のバフでも掛かってんのか?それならヤンデレって最強じゃね?

「ん……朝から楽しそうだね君たちは」

 俺らの声でアクアマリンが起きたようだ、一応予定時刻より二時間くらいは余裕があるためまだ時間的には余裕があるが、俺のジェスターが非常に危ない。余裕なんてなかったんや。

 これの何処を見て楽しそうだと判断したんでしょうね!?

 そこで見てるんだったら助けてくれませんかね!?

「サージュ!一旦待つんだ!まだお前には人語が理解できるはずだ!」

「サージュ君は人外になりかけてる人間なのかい?」

「お兄様との既成事実♡お兄様との子供♡お兄様との正式な繋がり♡」

「サージュ君はサージュ君で落ち着くんだ」

 クッソ、マジで膠着状態じゃねぇか!

「前々から思っていたんだが、ジェスター君はサージュ君がこうなった理由を理解しているのかい?」

「話してもいいが!この状況をどうにかしてくれ!マジで頼む!」

 簡単な身支度をしたアクアマリンは眼鏡を掛ける。

 少し離れていてもわかるのはアクアマリンの魔力量、サージュに匹敵するほどの魔力量、あいつもえげつないな。

「【運動逆転】」

「おっと」

 サージュが掴んでいた手がいきなり離れる。勢いはそのままだったのでサージュはベッドに倒れる。 

【運動逆転】無属性魔法の一つだったか、定めた中のエネルギーを逆転させる魔法、今回はサージュの手にかかるエネルギーを反転させることで無理矢理放したんんだろう。だが、それはかなり精密な動作が必要だ。手の指だけ、それも関節を巻き込まない力が入っている所のみを狙う。俺は魔法全般を扱えるがここまで精密な操作は不可能だ。さすがは天才だな。

「サージュ、お前は一回落ち着けって」

「私は落ち着いてます、だからやるのですよ♡」

「俺の頼み事を聞いてくれ」

「お兄様の頼み事……頼ってくださる♡はい、ならお兄様のお願いを聞きます♡」

「従順だね、君の妹」

「あぁ、俺も不安になるくらいにはな」

 俺のいう事なら何でも聞くサージュ、今みたいに俺のいう事を聞いてくれって言うとマジで何でも聞いてくれる。

 早いとこ、その性質を何とかしないとな。

「んでサージュは一旦着替えやら身支度を済ませて頭を冷やせ、俺はお前のことを見捨てることも離れるつもりもない、安心しろ」

「っ!......はい♡」

「……今聴きたいのなら部屋を出た方が良い、本人がいる場所ではあいつをさらに刺激するだけだしな」

「それもそうだね、私は服装を変える必要はないし、君と同じようにね」

 言われてやっと気づいたがアクアマリンの服装は昨日と変わらない、俺と同じ思考しているみたいだな。

 俺らが一度部屋を出て廊下に立つ。

 廊下の窓際に移動する、階段の横に少し出来ている空間に立つ。

 俺は壁に寄りかかり足を組む。

 アクアマリンは俺の隣で同じように壁に寄りかかる。

「さて、どこから話すべきか……まず聴きたいのは俺に依存してしまった理由だろ?」

「そうだね、私としてもそれが一番わからない所だね、言えるのなら経緯を知りたい」

 俺らの部屋より少し離れている場所だし人の気配は下の階からしか感じない。

 多分話しても誰にも聞こえないだろう。アクアマリン以外には。

「んじゃ話すとしようかね、俺の義理の妹……サージュ・ロードクロサイトがどうして心が壊れて俺に依存してしまったのか」

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