第3話 愚者の旅

 鳥の鳴き声が耳に入り、少し明るい視界に俺は目を覚ます。

 時間帯的に俺の部屋には陽射しが射し込む。

 重たい体を起こすと体の節々が痛んでいることが分かる。椅子の上で眠っていたのだ体が痛んでも仕方ないだろう。

 音を立てずベットの方を見る。妹が静かに寝ている。

 寝ていれば物凄く綺麗で可愛い顔してる、本人には絶対言わないけどな。

 窓を閉め忘れていたからか風でカーテンが揺らいで陽射しがサージュの顔に掛かる。

 最後かもしれない。警察のお世話になっても俺個人の責任の為大丈夫だろう。

 そんな捻くれた思考を挟みつつサージュの頬を手で優しく触れる。

「……またな、サージュ」

 起こさないように俺は部屋を出る。

 扉前で寝てすぐ出れるようにしたが意味無かったな。

 さて、そろそろ親父の事務室に向かうとしよう。

 そもそも俺は私物が少ない、強いて言えば本ぐらいだが本は全て読んで九割型覚えているから必要ない。

 そうなると武器ぐらいか、あとお金だな。

 お金あれば多少はやりくり出来るだろう。金が尽きたら野垂れ死ぬことにするか。

 特に目標も無い、働きたくも無い。

 つまりお金が尽きれば俺の人生もフィニッシュ。

 サージュには少々悪いがあいつはあいつで何とか出来るだろう。

 事務室に辿り着く、使用人はまだ起きている奴が少ない時間帯に俺は起きた。

 特定の時間に起きるぐらい出来るだろう。

 昨日言われたが俺は普通に扉を開けて入る。

「…いないか」

 親父は事務室に居なかった。

 しかし、机の上に袋と革製と思われるバック、俺が使っていたブレードが側に置いてあった。

 あまり俺と親父が見られるのはまずいのだろう。

 だから俺が一人で出れるように手配したって考えるのが妥当か。

 袋の中を見てみるとお金が多少多く入っていた。目安で言うと働かずに一ヶ月生活出来るぐらいだ。

 さて誰かが起きて見つかる前に出るとしよう。

 今は四時半、大体の人は起きてない。

 これからどこに行こうか。

 サージュはどうするのだろうか。

 襲撃者はどうなったのだろうか。

 疑問や多少心配事を考えつつ館に俺の靴音だけが響く、鳥の鳴き声は聞こえず、朝日はあるもほんの少しだけ暗い。

 俺はずっと愛用しているモッズコートの内側にバックを引っ掛け固定する。

 ホルダーにブレードを固定して館を出る準備は出来ただろう。

 館を歩き、外への扉を開けて庭に行く。

 かなり濃い人生を過ごしてきたが一人で外に出ることはあまり無かった。しかも長期間でだ。

 館の方を振り返り、物思い耽る。

 と、思ったけど振り返る思い出もなかったな。

 あるとしたら自己紹介でコミュ障発揮して名前言う時に噛んだりした黒歴史くらいだ。

 思い出したくもないものを思い出した。なんでこんなのしか思い出ないんだよ。思い出とも言えるか怪しいぞ?

 歩いて敷地を出る。

「はぁ…はぁ、お兄様お兄様お兄様!」

 これからどうしようか、まずは王都に行くのが良いか。

「置いていかないで、何でもしますから、お願いします!」

 小説のような化け物もいるわけでもないからな。

 そう思っていると背後から抱きつかれる。

「無視しないでください!お願いします……お願いします…私に悪い所あれば治しますから、嫌な人がいれば私が消しますから、捨てないで…」

 抱きつかれているから分かる。震えて、泣きながら訴えてくる。

 まぁ、予想していたけどもこんな早い?

 俺がいないことすぐに感知するやん、猟犬か何かですか?

 それと抱きつくのやめてもらって良い?

 良い香りがさ君から毎回するんよね?

 俺こんな性格だけども思春期真っ盛りな十七歳男子よ?

 普通、こんな十七歳男子がさ超絶美少女に背後から抱きつかれてみ?理性普通ならとぶぞ?

 それがコミュ障、陰キャ、思春期、友達ゼロ…普通なら理性飛ぶ。しかし、俺はなんとか踏みとどまるぞ。

 俺は勝つ!

 今俺には三つの選択肢がある。

 俺には用事があると言うように本当と嘘を入れての説得。

 妹は家にいて欲しいと言うようにお願いする。

 ちょっと散歩してると言うように完全なる嘘を付く。

 よしまずは一つ目の選択肢だ。

「我が妹よ、お兄ちゃん用事があって行かなきゃならん場所があるんよ」

「お兄様お兄様お兄様お兄様……」

 あ、駄目だ聞く耳持ってないわ。

 不安は残るが二つ目の選択肢をやってみるか。

「サージュ、頼むからお留守番してくれる?」

「……お兄様の匂いがする♡お兄様が近くにいる♡」

 駄目だこりゃ。

 と言うか不安が相まってヤンデレ一歩前じゃね?

 刺激は与えない方が良いが三番目の選択肢を選んでみるか。

「分かった分かったから、ちょっとだけ散歩するだけだから安心してくれ」

「もう離しません……ずっとお兄様の側に、どこまでもずっと」 

 諦めるか?

 もういっその事、素直に言うか?

「白状するから一旦俺の手の指を握るで我慢してくれ」

「……分かりました」

 渋々と言った感じに抱きつくのをやめ指を握る。

 と思いきや腕に抱きついてきた。

 だから抱きつくのやめて?

 もういいや、好きにしてくれ。

「今好きにしても良いって……」

 え?俺口にしてないよね?

「お兄様の心は私が一番理解しているので、どんなことを考えているのか、私に対してどんな感情をしているのか知ってるんですよ?私の胸を感じている事も、お兄様が私の匂いを嗅いでいることも……朝私の頬に触れてくれたことも♡」

 俺の義妹が愛が重い俺専用エスパーな件。

「お兄様のことなら何でも知ってます。身長も体重も、血液型も、血の味も、髪の質も、全て♡」

 愛が重すぎるんや。

 なんかもう驚かなくなってきたわ。

 俺の精神も強くなったもんだな。元からか。

 もう素直に話すか。

「分かった、サージュ。俺は館から離れて生活するから、サージュはお留守番してくれ」

「お兄様が寝た後、お父様を脅…..説得して着いて行くことの許可を頂きました♡」

 今、脅してって言おうとした?

 まじ?親父貴族…あ、俺も妹も貴族やん。

 貴族としても威厳も何もないしな、俺。

 と言うか着いて行くこと許可すんな親父、いやサージュに脅されたら俺も従うしかないか。

 あれ?家族のヒエラルキー、サージュが一番上だった?

 なんか悲しいな?

 多分俺一番下だな、これは分かるわ。

「ふふ、一緒に二人きりの旅をずっとずーっとしましょうね、お兄様♡」

 バッドエンド?もしかして。

 人生にバッドエンドって存在したんだな、俺初めて知ったわ。

「はぁ、ならさっさと移動するか。お前に何言っても仕方なさそうだしな、それじゃあ行くか我が妹よ」

「はい、お兄様♡」

 まぁ、物語の旅立ちとはかなり違う感じだが……。

「んじゃあ、行くか」

 ……綺麗に終わった雰囲気あるけど王都でどうするか。

 俺は一応貴族と言う判定なのか?それだったらかなり楽なのだが、いや逆に剥奪されてた方が人目を気にせず行動出来そうだけどな。

 まぁ、今は朝だ。動物は見えるが人気は全く無い。

 色々あったが、移動しよう。

 これから襲撃も何回かあるだろうが、まぁなんとかなるだろ。

 俺のぼっち未来視がそう言っている。

 ぼっち未来視ってなんだ?自分で言ってて分からん。

 そろそろ真面目に考えるか。

 現在、俺とサージュの二人で生活をどうにかするなら王都近くで色々書類の記載をしないとな。あと俺の扱いが実際のところどうなっているかの確認だな。

 何かの集団に襲われてるんだ。俺が世間ではどう言う扱いとして処理されたのか把握すべきだ。

 徒歩で大体、二日ほどだろうか?

 できれば足の確保がしたいところだ。機関車は近くの待ちにあったはず。とりあえずはそこに向かうとしよう。

 今日中には辿り着けるだろうし。焦る理由もないしのんびり行くか。

 サージュは腕から離れんし。正直歩きづらいが引き剥がしたらヤンデレになりそうだからやめておく。

 彼此、数十分は歩いていた。俺とサージュ共に体力には自信がある方だ。このまま歩き続ければ昼過ぎぐらいには王都に行けるかもな。

 食と職をどうするか考えつつ歩き、約二時間ほど。

 午前の昼前、俺たちは王都に行く移動手段の一つである機関車が来る駅がある。王都から少し離れている民間の人が多く暮らす村。

 ファレンス村に足を運んでいた。

 ファレンス村、王都から少し離れの村で王都や他の地方の交通の便としても多くの人に利用されている村だ。

 観光業でも何かしらの漁業や農業などは繁盛していなく移住人も少ないため街ではなく村としての判定になっているのが現状の村。

 数回俺も訪れたことはあるが気の良い人が多くいたはずだ。

 村に住んでいる人口が少ないからか互いが互いを認識し、村全体としても交流が多いようだ。

「ここがファレンス村なのですか?」

「そういえば、サージュは来たことなかったか」

 確か最後にここに訪れたのはサージュと会う直前、サージュは基本外に出ることもなく、何かしら貴族としての用事がある際、ここを通らず専用の乗り物と言う何ともまぁ特別感溢れる扱いを受けるからな。

 え?お前は出ないのかって?

 ……ワタシヒキコモリタイ。

 何やかんやでサボれてるから良し。

 つまりはサージュはここに一度も来たことないってこった。

 誰に言ってるんだろうな俺は、あぁイマジナリーフレンドのノース君だ。時空操れる能力持ってたけどいつの間にかいなくなってた。多分どっか別の時間軸にでも飛んだのだろう。じゃあ誰に言ってるんだろうか。

 自分に自分が言ってるで良いか。ゲシュタルト崩壊しそうだな。

 さてと汽車が来るまでに数時間の余裕があるし、情報集めでもしてみるか。

 と言っても俺は誰とも話したくないため盗み聞きをするのである。

 話せって言っても赤の他人に話切り出しても不審者って思われる可能性高いだろ。よく考えてみろ?いかにも怪しい格好している俺ぞ?追放されるのがオチだ。

「と言うわけでサージュ、あとは頼んだ」

「色々説明飛ばさないでくださいお兄様」

「サージュと…会話できている……だと!?」

「いくらお兄様でも怒りますよ!」

「日々の言動を改めてから申して下さい」

 いかんいかん、いつも会話できないから未確認生命体と誤認してしまっていたようだ。

 それに対してサージュは普通の対応を取る。思えば微ヤンデレからヤンデレになると言うだけであって通常形態なら話が通じるのか。ふむ、これは対ヤンデレ図鑑に登録せねばならない有力な情報だ。俺の死後にも受け継がれる技だと俺は信じる。

「まぁ簡単に言えば、俺コミュ障、妹聞き込み、OK?」

「分かりました」

「え?伝わったの?今の、結構伝わりにくい言い方だと思ったんですけど」

「伝わりますよ、お兄様と過ごしていたら自然と分かります」

 あらま、この子いいこと言ってくれるじゃない。

「お兄様の思考も言動はある程度予測できます♡」

 前言撤回、怖い。

 うん、怖い。

「まぁ、ふざけるのはここまでにして真面目に情報収集するか」

 俺の家以外にどこか襲撃を受けてないか、それとその集団について少しでも情報が欲しいところだからな。

 確かに楽はしたいが、それどころの話じゃない。

 一応王都に一人だけ宛てはあるが、その行く途中でも集めるべきだろう。

「ねぇ、あれってクロッカス家の」

「あ〜怠ける天才だっけ?」

 はいは〜い聞こえてますよ〜。

 陰口なら本人が見えるところじゃなくて家で言ってくれないかな。

 まぁ、幸いなことにサージュにはヘイトが行ってないみたいだ。

 俺だけならヘイト管理もしやすい、それに関しては有難い。

 そこで視線の先で何かしら揉め事が行われているのが見えた。

 丁度良い、近隣の状況も聞けそうだな。

「サージュ、これ羽織っとけ」

 バッグから身分を隠す用としての大きめなローブを取り出しサージュに渡す。

「え、はい…お兄様は?」

「俺はコートのフードで十分だ、視線の向こうの人達は俺の存在に気付いてないし、俺は公にあまり出てない。俺の声をよく覚えている奴もいないだろう。だから自由に誤魔化しが効く」

 こんなところで公に出なかったことが役に立つとは、人生って何が起きるかわかったもんじゃないな。

 俺は言い争っているように見える男性二人と周りに取り巻く数人の近くまで行く

「ちょいと良いかい?街の人」

「ん?何か用か?」

「遠くから何か話しているように見えてね、何かあったんじゃないかと思ったんだが違ったかな?」

 我ながら欺くのが上手いと思う。

 これならぱっと見、俺だとわかる奴はいないだろう。

 この調子で情報を得るとしよう。

「あぁ、付近で変な化け物がいるって問題になっててな」

「ふむ、それで街の人が不安そうにしているのか」

「お兄様、そんなところまで…」

 まぁ、なんとなく物静かにも思えたし。

 別に偶然じゃないからね!

「あぁ、すまんな旅人さん。こんな所まで足を運んで来てもらったのに案内もできなくて」

 やっぱり気の良い人だ。まぁなるべく関わりたくはない。

「いや平気だ。私達も気を付けるとしよう」

「お兄様、人助けも交渉の材料にしましょう」

 小声で俺に言うサージュ、まぁ確かにそれも良いが俺は働きたくないのだ。

「お兄様……」

 俺より優しいサージュは困ってる人を助けたい模様。

 しゃーない妹の頼みだ、仕方ない。

「して、街の人よ。その化け物とやらが目撃された場所はわかるかい?」

「ここから少し北の方にある森の中央付近にある花畑にいるらしい」

「ふむ、情報感謝するよ、さぁ目的地に向かうとしよう」

 サージュの方を叩き移動することを伝える。

 多少街の人から離れてからサージュが口を開く。

「お兄様、それでどうするんですか?」

「まぁ、解決するしかないだろうな」

「ふふ、そう言うと思ってました」

「んじゃ行くか」

「はいお兄様」

 街の人に悟られないように遠回りで街から北にある森とやらに足を運ぶ。

「お兄様、人目を避けて町を出て行こうとしていましたが何か理由が?」

「悟られるのを避けるためだ、何か言われて止められるよりは事後を報告した方が事を運びやすい」

「なるほど…」

 木々が見え始め森の中へ入るが森の中に道が作られており人が頻繁に出入りしていたのが分かった。その道の奥に化け物とやらが居るみたいだ。

 人気が無くなったのが分かってからコートのフードを脱ぐ。

 それに連れサージュもローブを脱ぐ。

「綺麗ですね」

「…そうだな」

 整備されていて中央に道、左右に木々があり昼だと言うのに少し暗く感じる。しかし、木々の葉の隙間から漏れる光が鳥の子鳴き声と相まって幻想的と言う表現が合うんじゃないかと思うほど綺麗だった。

 確かに目的が目的じゃなければ普通に見て良いほどに綺麗な光景だ。

「ここに居るのでしょうか?その化け物は」

「多分な、まぁその化け物とやらがいないことを願うしかないんだがな」

「しかし、化け物とはどう言う事でしょうか?」

「さぁな?俺にもよく分からない」

 となると可能性的に高い事象は…。

「お兄様の意見を聞かせて下さい」

 考え事をしていたらサージュにその考えを言うよう言われる。

「おいおい、俺がその化け物に対して見当がついてるみたいな言い方だな」

「お兄様は屋敷にいた頃から頭の回転が良くて知識が豊富なのを知ってます。それも研究者にでもなっていたらその才能を発揮していたのではないか、と思う程に」

 そんなお兄様が好きと付け足してサージュは言う。

 俺は内心で溜め息をしつつ思考を回して考えた可能性を口にする。

「……俺の考えている線は二つ、いや三つか」

「と言うと?」

「一つ目は魔力による動物の変異種、人間だけが魔力で変化する訳でもない。魔力という存在によって人間を含む動物に影響が出ている。最近でも熊の変異種が目撃されている。その原因はまだ解明されていないが可能性の一つにはなる。二つ目は誰かが人為的に引き起こした傷害事件、魔法は使い方によっては人を騙す方法も取れる。人間は恐怖の中では冷静な判断が出来なくなる。目に映している物体、事象が自然に出来たものなのかすら判断できない。例えば炎で狼を型作っていたら?風で草木の揺れる音を再現していたら?水で霧を再現していたら?全て一般人にはできない芸等ではあるが、あくまで一般ではだ。そして…」

 そこで俺は言い淀む。

「そして、どうされたのです?お兄様」

「……可能性も低く実証付ける証拠もない線、三つ目は古代の産物による被害。この俺らの時代ではまだ古代の遺産の全てを解明できている訳でもないだろ?可能性として考えるのならあってもおかしくはない……いや考えすぎか」

 人が聞けば鼻で笑うような考えだが…兎にも角にもその正体を確かめる必要がありそうだな。

「お兄様…」

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