第16話 コーディネート

 三十分の長きにわたる熾烈な戦闘を終え、わたしは何とか不知火の了承を得るに至った。


「本当に、……長い、戦いだった」

「いや、亜紀ちゃんの戦いは、まだこれからだと思うけど。打ち切り漫画の煽り文句とかじゃなく、本当に大変なのは、君の母さんの方なんじゃないかい?」

「はっ、そうだった」


 そうだ。ここはまだ、わたしにとっては通過点に過ぎない。

 目の前の、一時の勝利の余韻に浸っている余裕など、わたしには与えられていないのだ。


「僕がいうことじゃないかもしれないけど、今日の亜紀ちゃんは、ずっとあらぬ方向へ突っ走ってる気がするよ」

「何言ってるんですか。わたしはいつも、勝利に向かって一直線ですよ」

「それがあらぬ方向だと言ってるんだ。ひょっとして緊張してるのかい?」

「そんなわけないじゃないですか。ふざけたことを言ってる暇なんてないですよ。ほら、早く行きますよ」

「突然だね。行くって何処に、何しに?」

「これから不知火さんを、わたし好みの男にするんです」

「ちょっと何を言ってるのかわからないな」

「わからないはずがありません」

「わかるはずもない、の間違いだろう」


 わたしはわざとらしくため息をついてから、不知火の疑問に答えてあげた。


「いいですか不知火さん。今のあなたみたいな、ふざけた格好の男を恋人にしたい女の子が、この地球上の何処にいるっていうんですか」

「亜紀ちゃんが言い出したんだろう。僕に彼氏役をやれって」

「それとこれとは話が別です。今から不知火さんには、もう少しまともな格好をしてもらいます」

「僕、そんなに変な格好してるかな」

「変ですよ。その鳥の巣みたいなボサボサ頭も、センスのないヨレヨレなTシャツも、どこに売ってるのかさっぱりわからないアクセサリーまで含めて、全部変です」

「嘘だろ? このTシャツに関しては、結構気に入ってたのに……」

「それは……ちょっと言い過ぎたかもしれませんけど。でも、少なくともそんな格好でわたしの彼氏を名乗ることは許されません」

「別に名乗りたくて名乗ってるわけじゃないよ。許されることなら、今すぐに辞退したいくらいだ」

「許されないですね。さあ、行きますよ」


 わたしは、何だか少し元気をなくしてしまった不知火の手を引いて、事務所を出た。


***


「亜紀ちゃん、これならどうだい。今度こそ高得点を」

「60点」

「しょっぱい点数だね」


 あれから、わたしたちは近所のショッピングモールで不知火の服を買い漁っていた。

 本当は母と顔を合わせる時のため、一着あれば十分なのだが、この際なのである程度の数を買って、不知火には普段からもう少しマシな格好をしてもらおう。

 ——なんてことを、考えなければよかったと、今は後悔している。

 というのも、服を買っているうちにいつしか、わたしより不知火の方に熱が入ってしまって、わたしが彼のコーデに高得点を出すまで帰らない、と変な駄々を捏ね出したのだ。

 おかげで今わたしは、不知火のワンマンファッションショーを見せられている。


「60点かあ。今度のは結構マシ服を選んだんだけど」

「そうですね。でもマシなだけで、センスはないです」

「手厳しいね」


 不知火はそう言って、トボトボと試着室の方に戻っていく。

 よし、もう面倒くさいし、次に不知火が持ってきた服に90点くらいつけて、それで今日は終わりにしよう。

 不知火に関しては、髪の毛も整えてもらわないといけないし、この店にあまり長居するわけにもいかなかった。

 それにしても、彼のセンスは独特だった。

 さっきから、小学生男子が着てそうなデザインをの服を、満面の笑みでどこからか持ってきていた。

 かと思えば、探偵事務所の中のインテリアは、思いの外ちゃんと品のいいものを揃えていて、ここについてはわたしもそこそこ気に入っている。

 それに、以前の浮気調査の時の着飾っていた不知火は、どこの紳士か疑いたくなるほどさまになっていた。

 センスがあるのかないのか、趣味がいいのか悪いのか、いまいち掴みどころのない感じがする。


「亜紀ちゃん、今度は僕も結構自信あるよ。これなんかどうだい」

「うーん。まあ、今日一日付き合ってくれましたし、それも加味して85点ということにしましょう。では、明日はそれを着てきてくださいね」

「おっ、初の80点台じゃないか。僕のコーディネートが採用されるなんて、頑張った甲斐があったよ」


 不知火は、今度は少し上機嫌になって試着室に戻っていく。

 ちなみに、さっきの85点は割と正直な採点結果だった。最初は何を持ってきても高得点を出して、さっさと帰ろうと思っていたのだが、意外といいセンスしてるじゃないか。

 その後、わたしたちは不知火が選んだ85点の服と、それともう何着か買って店を出た。


「いや、亜紀ちゃんの彼氏は大変だね。まさか服を採点されるなんて」

「でも不知火さん、結構ノリノリだったじゃないですか。それに、わたしは彼氏の服のセンスに点数つけたりしません。不知火さんだから厳しくチェックしたんです」

「亜紀ちゃん、僕に対しての信頼がなさ過ぎやしないかい」

「適正な評価です」

「そんなあ」

「それに、どう考えてもわたしの彼氏より、不知火さんの彼女の方が大変だと思います」

「どういう意味だい?」

「そのまんまの意味ですよ。不知火さん、センスは変だし、仕事も変だし、おまけに人としても変じゃないですか」

「そこまで言わなくても。それに、少なくとも仕事は変じゃない。大体、亜紀ちゃんにそれを言う筋合いはないじゃないか。僕の助手やってるんだから」

「それはまあ、そうですけど。あっ、それよりその髪型、明日までに何とか整えておいてくださいよ。さもないと、全部むしってやりますから」

「わかってる。わかってるから、むしるのだけは勘弁してくれ」



 

 

 

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