第11話 独白

 事件から2日経っても、亜紀ちゃんは事務所に顔を出さなかった。

 これは、ひょっとすると二度と事務所には戻ってこないかもしれないな。

 もともと、特別人手が足りないってわけでもなかったし、彼女が戻ってこなくても、問題ないといえば問題ないのだが。

 それでも、せっかく事務所に来てくれたんだ。ここでの思い出が、あんな酷い光景で締めくくられてしまうのは、些か可哀想な気もする。僕だって、それぐらいのことは考えるのだ。

 ただ、結局のところ、これに関しては亜紀ちゃん自身の問題で、少なくとも、僕からどうこうできることなんて、何一つない。


「それより、今はこれを喜ぶべきなのかな」


 誰もいない事務所に、僕の独り言が染み込んでいった。なんのことはない、ほんと一月前まで、これが通常で、日常だった。

 いやはや、慣れってのは恐ろしいものだ。たったの二日で、この僕が感慨にふけったりするなんて。

 さて、孤独に浸るのはこのぐらいにして、僕の独り言の、その内容の方に話題を戻さないと。

 この時、僕は新聞を読んでいたんだ。

 日付は今日だったか昨日だったか、この頃めっきり読まなくなっちゃったものだから、どっちかの新聞かいまいち確認してなかったんだけど、それは割とどうでもいいことだ。

 重要なのは中身の方で、件の殺人事件の犯人が捕まったという記事が、他の記事を掻き分けて、そこそこの大きさで紙面を飾っていた。

 正直、そこにあったでかい見出しも、記事の内容もさして興味はなかった。というより、当事者だから既知の事実だったというだけの話だが、とにかく僕がその記事のの中から探したのは犯人の名前だ。

 記事を斜め読みして見つけた目的の四文字。

 ——草壁正雄。

 犯行に及んだ動機は、痴情のもつれだとか何だとか。

 そこまで読んで、僕はその新聞を折りたたんだ。そこから先に、僕の求める情報は書かれていなかったからだ。いや、書かれなかったことは、むしろ喜ぶべきことなのかも知れない。

 白崎茜を殺したのが、草壁正雄で、狂気は刃物で、理由は痴情のもつれ。

 本当、どこにでも転がってそうな事件で、実にありふれた内容だ。多分、僕が関係者じゃなかったら、見向きもしないほどありふれた話だ。

 だが、関係者だからこそ、その歪さに気付いてしまう。いや、気になってしまうと言った方がいいか。

 まず、草壁の動機が歪だった。

 彼が白崎と不義の行いを働いていたのは事実だ。だが、こう言っちゃ何だけど、二人の関係は良好だった。

 草壁美緒に不倫がバレたからというのは、理由としてまかり通るだろうか。

 しかし、バレたら不倫相手を即刻殺すのか?

 なぜ殺す? 殺したところで、不倫の事実はどこにも消えちゃくれない。

 

 そして何より——なぜ、あんな場所で殺したのか。

 より正確にいうなら、

 人通りのほとんどない裏路地の奥。場所としてはそこまで不自然じゃないように思える。

 だが、なぜ草壁は白崎があそこにいることを知っていた?

 知っているはずがない。彼女は僕らの尾行に勘づいて、あんな入り組んだ道に入って行ったんだから。あれは偶然の産物だった。誰にも予想できるものじゃない。

 しかし、知らなければあんな場所に草壁がいる理由を説明できないだろう。それも刃物まで持って。

 じゃあ何故、草壁は知っていた。どうやって知った。

 いや、違う。草壁は知っていた。少なくとも、草壁美緒は、僕らが白崎の調査をすることを知っていた。その過程で、相変わらず僕らが尾行をすることも、容易に想像ついたんじゃないだろうか。

 なら、草壁美緒は、美緒は夫に不倫相手を殺させるよう仕向けたのか。

 大変奇妙な妄想だが、でもこっちの方が、少なくとも動機に関しては、ずっと納得がいく。

 だとしたら、美緒は多分知っていたんじゃない。仕組んでたんだ。

 僕らが白崎を尾行する、いや、浮気調査に乗り出すずっと前から、美緒は漏れなく全部、調べていたんだとしたら。

 最初から、白崎を殺す気だったとしたら。

 

「……くだらない」


 ここから先は、できればあんまり、聞いてほしくないんだけど。それでも、伏せておくわけにはいかないから、やっぱり、語るしかないんだけど。

 まあ、とにかく聞いてくれ。そして、誰にも言わないでくれ。これは、ただの妄想だから。


 

 

 

 

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