第9話 再調査
「なあ、どうしても行くのかい?」
「依頼を引き受けたのは不知火さんですよね? 何でそんなに行きたがらないんですか」
翌日、わたしは白崎の調査に行きたがらない不知火を何とか説得していた。
いや、今の時点ではまだ説得に成功したとは言えない状況なので、現在進行形で説得中だと言った方がいいかもしれない。
「いや、行きたがらないっていうか、ねえ」
「ねえって言われても」
不知火の煮え切らない態度が、わたしの中ではどうしても理解できなかった。
いや、理解できないと言えば、彼の行動は大抵理解できないのだが、それでも仕事のことであれば、不知火はそれなりに真面目に取り組んでいた。
そこは、わたしから見て唯一、不知火響という男の尊敬に値する点だった。
それなのに、この仕事に対してだけは、不知火の態度は非常に消極的なものだった。
仕事をするとも、しないとも言い切らない今の彼の態度は、なんだか悪戯をしたことを親に隠している子供みたいだ。
隠している?
隠していると言えば、不知火はこの仕事について、明確にわたしに隠していることがあったはずだ。
「もしかして、この間からわたしに隠れて調べていることと関係あるんですか?」
「なんで急にそんなこと言い出すんだよ」
「いや、なんとなくですけど」
不知火はいつもの飄々とした口調を崩さなかったが、それでも内心の動揺を隠し切れなかったのだろう。
一瞬、チラリと自分のデスクの上にある数枚の書類に目をやった。
そして、それを見逃してあげるほど、わたしはぬるい女じゃない。
「ところで不知火さん、今日何曜日でしたっけ?」
「今日は確か……」
「とうっ!!」
「あっ、ちょっこら!」
不知火がカレンダーに視線をやった一瞬の隙をついて、わたしは彼のデスクに置かれていた書類に飛びかかった。
不知火め、先日わたしのことを感情が顔に出やすいタイプなどと言っていたが、自分も大概じゃないか。
不知火が書類を取り返そうとこちらに手を伸ばしてきたのをひらりとかわして、わたしはその中身に目を通した。
「ふへへ、やっぱりこの書類、何か関係あるんですね……って何ですかこれ! ただのスーパーのチラシじゃないですか!」
「別に僕はそれが重要な書類だなんて、一言も言ってないからね。それよりそのチラシを見て思い出した。今日は火曜日だ」
「そっ、そんなことはどうでもいいです!」
やられた。
不知火が得意げな表情で、今日の曜日を教えてくるのが腹立たしい。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
不知火と目を合わせているのが耐えられなくなって、自分の不機嫌さを隠そうともせず乱暴にソファに座る。
そんなわたしの姿を見て、不知火は今までで1番大きなため息をついて観念したようにこう言った。
「わかったよ。これ以上事務所をひっくり返されちゃたまらない。白崎茜の調査に行こう」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも。そのかわり、なるべく手早くすませよう」
「はい!」
***
善は急げということで、わたしは不知火を引き連れて早速、白崎茜の調査、もとい尾行を行っていた。
ここ最近、尾行しかしていることがなくて我ながら品のない探偵だと思わなくもないが、しかし現実は非情、探偵の仕事など基本は泥臭いものなのである。
最も、わたしは探偵ではなく助手なのだが。
「いました。白崎さんです」
「ああ、ほんとだ。今は買い物中かな」
わたしたちは繁華街で白崎の姿を見つけ、こっそりとあとをつけていた。
これから彼女の勤め先を調べて、そこから聞き取り調査を行う予定だ。
わたしたちは白崎に気取られないよう細心の注意を払って、繁華街から一人出ていく白崎を、25メートルほど後ろから追っていた。
白崎はどことなくだが周囲の様子を気にしているようで、キョロキョロと周りを見たり、後ろを振り返ったり、歩く速度を緩めてみたり、早めてみたりといったことを繰り返していた。
「白崎さんって、住所はこの辺でしたよね?」
「ああ、確かそうだよ」
「じゃあなんであんなに周りを気にするんでしょう。勝手知ったる自分の街でしょうに」
「さあね。僕らの尾行に気づいたんじゃないかい」
「そんなに簡単に気づかれるものですかね。一応、わたしたちってプロですよ?」
「プロなのは僕だけで、亜紀ちゃんはど素人だろう」
「それはそうですけど」
言葉を交わしている間に、白崎の方は本当にわたしたちの尾行に勘付いたのか、人通りのほとんどない裏路地の方へと吸い込まれていった。
「このままじゃ見失っちゃう。早く追いかけますよ」
「待つんだ亜紀ちゃん。今焦って追いかけちゃ」
不知火の静止を呼びかける声が背中から聞こえたが、知らないふりをして白崎を追いかける。
この先の裏路地は入り組んでいるし、人通りもほとんどない。急いで追いかけないと簡単に見失ってしまうだろう。
それに何より、先刻、不知火から言われた『ど素人』という言葉が、ちょっと気に食わない。
そりゃわたしが素人なのは否定しないけれど、何も枕に『ど』をつけることはないだろう。
わたしだって、尾行の一つぐらい。
そう思いながら、すでに半分ぐらい見失いかけてしまっている白崎の背中を追いかけて、入り組んだ路地をいくつか抜ける。
だが、そこに白崎の姿はなかった。
いや、正しくは、白崎の姿はあったのだ。
だが、そこに居なかった。
そこでは、先ほどまで白崎茜だったものが、腹部から赤い血を流して、うつ伏せになって倒れていた。
とどのつまり、白崎茜は殺されたのだ。
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