第4話 助っ人

 翌朝、わたしは筋肉痛で少し痛む足で事務所にやってきた。

 昨日、不知火と一緒に仕事をしたおかげだろうか、あの人に会うことを、今はそこまで苦痛に感じなくなっていた。

 まあ、面倒に感じることに変わりはないが、少なくとも恐怖心は薄れている。

 人間ってのは、つくづく便利にできてるんだな、と感心しながら扉を押し開けて中に入る。

 

「……おはようございます」

「ああ、おはようさん」


 事務所にはすでに不知火が居て、向かって正面のデスクでコーヒーを啜っていた。

 今度は部屋の照明がちゃんとついていて、カーテンが締め切られ、人工的な明かりだけに照らされた室内からは、昨日とはまた少し違った印象が感じられた。


「カーテン開けちゃいますね」

「あぁ、ありがとう。すっかり忘れてたよ」


 不知火はまだ眠そうな声でそう言って、また一口、コーヒーを啜った。ズズッと音がするのが、朝の静寂の中に響いた。

 コーヒーを啜る音。

 確か、猫舌の父が、コーヒーが舌先に直接当たらないよう、よくそんな飲み方をしてたっけ。

 

「不知火さん、ひょっとして猫舌ですか?」

「そうだよ、よくわかったね」

「コーヒー啜る音、聞こえてますよ」

「ああ、そうか。これからは気をつけなくちゃな。それにしてもなるほど、『音』か。君は探偵向きだね」

「ありがとうございます。ところで、猫といえば、昨日のカプチーノちゃん、見つかったんですか?」


 わたしはようやく、今一番聴きたかった質問を口にした。


「んにゃ、まだだよ」

「そうですか」


 昨日手がかりがあると言っていただけに、期待はずれの返答に、内心で少しがっかりした。

 せっかくなら探偵様のかっこいい手際が見たかったのだが。まあ、それほど期待していたわけでもないのだけれど。

 部屋の全てのカーテンを開け終えると、朝日が差し込んできて、背中の方から不知火の「眩しっ」と言う声が聞こえてきた。

 朝は弱いのだろうか。

 そういえば、猫は朝方と夕方に活発になるらしい。

 不知火の自由人もとい、奇人ぶりはさながら猫のようだとも思ったけれど、活動時間まで一緒とはいかなかったか。


「カプチーノちゃんが見つからなかったってことは、今日も探しに行くんですよね」

「いいや、今日は行かない」

「え?」


 予想外の答えに、つい変な声が出てしまった。


「行かないってどういうことですか? まだ見つかってないんですよね?」

「そうだよ。でも大丈夫。もう助っ人に頼んでるからね」

「助っ人?」


 意外だ。この人に頼れる相手がいるなんて。


「うん、助っ人。『餅は餅屋』っていうからね」


 それだけ言って、不知火は音を立てないように注意しながら、マグカップに口をつけた。


「あちっ」


 ……火傷したらしい。


***


 それから、1時間ほどは経っただろうかというころ、事務所に1人の女性が訪ねて来た。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 わたしが女性をソファへ座るよう案内すると、すでに向かいのソファには、不知火が腰掛けていた。


「ようこそ、葛城さん。またお会いしましたね。それで、今日はなんのご用件で?」


 また?


「あの……実は言いにくいんですけど、今朝、うちのカプチーノが戻ってきまして」

「えっ? ……あ、失礼しました。続けてください」


 つい、驚いて反応してしまった。

 まさか不知火の言うように、本当に猫が自分から帰ってくるなんて。

 単なる偶然だろうか? いや、流石にそれは都合が良すぎる気もする。

 

「あ〜戻ってきたのか。それは良かった」

「その……それで依頼料は」

「ええ、取り決めどうり元の半額で」


 その不知火のセリフを聞いて合点がいった。

 彼が昨日手がかりと言った、助っ人とやらに頼るのを妙に渋ったのは、猫が勝手に帰ってしまうと料金が半額になるからか。

 ……ここの経営、あんまり芳しくないんだろうか。芳しくないんだろうな。電気、止められてたし。

 どちらにせよ、やっぱり不知火は、何かしらの手を打って、猫を飼い主の家に帰したのだろう。

 

「それじゃあ、またなにかあったら」

「ええ」


 わたしが考えを巡らせている間に、どうやらあの依頼主は帰って行ってしまったらしい。

 不知火も、そそくさと奥のデスクに戻って行った。

 

「不知火さん、一体どんな手口をつかったんですか?」

「手口って言い方されると、なんだか僕が悪事を働いたみたいじゃないか。僕は助っ人に頼っただけだよ」

「どんな人なんです? その助っ人って。わたしたち、街中探して見つけられなかったんですよ?」

「だから『餅は餅屋』だって」

「何ですかそれ。じゃあ猫は猫屋にでも聞くって言うんですか?」

「ちょっと惜しいな。この場合は、猫のことは猫に聞くんだよ」

「はぁ?」

「何もそんなすっとんきょうな声出さなくても。だから昨日、亜紀ちゃんを返したあと僕一人で近所の野良猫会議に出席して、カプチーノってサビ猫を見つけたら、家に帰るよう伝えてくれって頼んだんだよ」

「ええ? じゃあ助っ人って猫だったんですか?」

「そうだよ。猫ってのは意外と賢い生き物だし、ご近所のネットワークを縄張り争いのためにも大事にするからね。一言声をかけておくと、意外とちゃんと見つけてくれるもんなのさ。それに僕、こう見えても野良猫会議の常連だからね」

「信じられない……」


 一通りの説明を終えて、不知火は得意げにウィンクしてきた。

 意外だった。猫にそんな特性があったなんて。さすが、ペット探しと人探しで飯を食っているだけのことはある。

 だが、それにしても……


「野良猫会議の常連に、不知火さんの名前が入ってるのはどうかと思います」

「悪かったね」

 

 

 



 


 

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