第3話 猫探し

 さっさと事務所を出て行ってしまった不知火を、呆気に取られたわたしは、ただ眺めていることしかできなかった。


「ってそれじゃダメじゃん。早く追いかけないと」


 急いでそばに置いてあった鞄を手に取り、扉を開けて外に飛び出る。


「あっ、もうあんなに遠くに」


 意外と言うべきか、案の定と言うべきか、不知火はこちらのことを待つとかいった考えは、少しもなかったようで、すでにその姿は随分小さくなっていた。

 少しくらい待ってて欲しい。そんなことを思いながら走って彼を追いかける。


「不知火さーん!」

「ん? ……ああ、亜紀ちゃん。いやいや、すっかり忘れてたよ」

「いや、今の今まで一緒にいたじゃないですか。そんなにすぐ忘れないでください」


 肩で息をしながら不知火に言い返す。本当は話すのも少ししんどかったが、何か言い返したくて仕方なかったのだ。

 でもまあ、当の不知火本人はそんなこと微塵も気にしていない様子で、スマホを操作してその画面をこちらに見せてきた。


「で、この猫ちゃんが今日のターゲットだよ」


 見ると、そこには一匹の愛らしい猫が写っていた。

 いわゆるサビ猫と呼ばれる毛色の猫で、その表情がなんとも可愛らしい。写真写りが良い、というやつなのだろう。わたしとは大違いだ。


「へぇーかわいい。名前はなんていうんです?」

「カプチーノだってさ。美味しそうだろ?」

「いや全然。猫に対して美味しそうって、何考えてたらその感想に至るんですか?」


 ……しまった。つい反射で答えてしまった。


「あっ、あのえっと。わたしコーヒーは飲めないんで……」

「いや、別にいいよ。このぐらいのこと気にしたりしないさ」


 不知火はつまらなそうにそう言って、スマホを右のポケットにしまった。


「それじゃ、この美味しくなさそうな猫ちゃんを探そうか」

「……やっぱり気にしてます?」

「いや全然」


 しばらく不知火はご機嫌ななめだった。


***


 それから、わたしと不知火はカプチーノちゃんを探しながら街を歩いていた。

 正確に言うなら、不知火が歩く3歩ほど後ろを、わたしが歩いていた。


「なぁ〜亜紀ちゃん。何でそんな離れてんの〜。こっちおいでよ〜」

「いえ、わたしはここから不知火さんの仕事ぶりを勉強させてもらいますから」


 嘘だ。今のところ、彼から学びたいことなんて何一つない。

 ただこの不審極まりない格好をしている男と、なるべく知り合いだと思われたくないだけだ。

 あと、さっきの件が少し気まずい、というのもある。あとで変な嫌がらせでもされなきゃいいんだけど。


「ところで不知火さん」

「なんだい?」

「探偵事務所って、ペット探しとかもするんですね」

「当たり前だろう? だってうちの資金繰りは、ペット探しと人探しの二柱で成り立ってるんだから」


 探してばっかじゃん。それじゃ探し物事務所じゃん。


「なんか何でも屋みたいですね。わたしもう少しそれっぽいの期待してたんですけど」

「それっぽいのって、映画や小説みたいなのかい? あんな物騒な事件なんて、そうそう転がってやしないよ」


 それから不知火は愉快そうに笑って 


「ま、仮に転がってても、そういうのを片付けるのは警察のおしごとだからね」


 と付け加えた。


「夢のない話ですね」

「夢がないから現実なのさ」


 やっぱり何とも、夢のない話である。

 それからしばらく会話がないまま、わたしたちは街中を歩き続けた。


***


「うーん、見つからないもんだねぇ」


 周辺をほとんど歩き尽くしたあたりで、不知火が困ったように言った。


「そりゃそうですよ。たった2人で街中探して猫一匹見つけるなんて。せめて何か手がかりとかないんですか?」


 まあ、そんなもの猫にあったら苦労しないだろうが、わたしもそろそろ歩き疲れてきた頃だったのでつい無茶を言ってしまった。

 怒らせてしまっただろうか、そう思っていると


「手がかりかぁ。ないことはないんだけどねぇ」

「え? あるんですか?」

「まぁ、一応。あると言えば、あるよ」

「だったら早く教えてくださいよ。わたしもう足が棒になってるんですよ」


 不知火はどうにも嫌そうな顔でうんうん唸ったあと、ため息をひとつついて


「はぁ、じゃあわかったよ」

「本当ですか」

「うん。だから亜紀ちゃん、今日のところはもう帰ってよ」

「えっ、でも」

「いいから。多分明日までには帰ってくるから」


 帰ってくる? 妙な言い方だと思ったものの、結局その日、わたしは押し切られる形で家に帰った。

 翌日、猫は本当に

 


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