第2話 探偵
「——はぁ」
来て早々ではあるが、わたしの胸の内は一刻も早く帰りたい、という思いでいっぱいだった。
正直、あの男が奥に引っ込んでいる隙に、さっさと帰ってしまおうかとも思うのだが、流石にそれはわたしの良心が許してくれなかった。
事務所内は決して広々とはしていないが、手狭とまではいかないぐらいで、妙に品のいい家具の上に、本やら書類やらが積み上げられていた。
静まり返った部屋には日の光が滑り込んできていて、不思議と居心地は悪くない。
室内の様子を何気なく観察していると、男が戻ってきたようで
「いや〜冷蔵庫の中身ダメになっちゃってるなぁこれ。あ、そこ座っていいよ。はいお茶」
と声をかけられた。
どうやら電気が止まっているというのは、悪い冗談の類ではなかったらしい。
言われた通りソファに腰掛け、出されたお茶のグラスに恐る恐る口をつける。うん、常温だ。とりあえず飲めることは飲めそう。
わたしが、やっと自分自身が落ち着きを取り戻してきた、ということを自覚していると、向かいに座った男がまた話し始めた。
「さて、気を取り直して。初めましてお嬢さん。僕がこの
「は、はぁ」
……コナン君かよ。
男——不知火は——いや、彼に至ってはこれが本名なのかすら怪しい気もするが、とにかく目の前のボサボサの髪に、オーバーサイズのヨレヨレなシャツを着た胡散臭い、ある意味イカした風貌の男は、確かに自分のことを探偵だと、そう言ったのだ。
それが意味するところはつまり、わたしは今、この男の助手になろうとしているという、認め難い事実が、しかし確かに事実であるというところなのだ。
やっぱり帰ったほうがいいだろうか。いや、それは流石に失礼か? なら適当に理由をつけて、いやもうここまできたらいっそのこと——。
「……で、お嬢さん。今日は何のご用件かな? 飼い猫探し? 飼い犬探し? それとも飼いコウモリさがしかな?」
「違います! それに飼いコウモリなんて聞いたことないです」
「それは良かった。空を飛ぶタイプの生き物は、探すのに骨が折れるからね。精神的にも物理的にも」
……この人、コウモリ探しで骨折したことあるのだろうか。いや、今そこは関係ない。
「いや、だからペット探しじゃなくて。あの、わたし、表の『助手、募集中』って貼り紙を見てきたんですけど」
「あ〜助手希望の子か! あんな適当なチラシでも効果あるんだなぁ」
適当な自覚はあったのか。というより、そういうことは、せめてわたしの聞こえないところで言って欲しい。
「で、お嬢さん。名前は?」
「御清水亜紀です」
「歳は?」
「19です」
「よし、採用」
え? そんなにすぐに採用していいのだろうか。……年齢? 歳で判断された?
「あの、一応採用基準を教えてもらっても……」
「ん? ああ、特にないよ。別に最初からどんな人が来ても採用する予定だったし。それに、こんなところで助手をしたがる物好きなんて2人もいないだろうしね」
だから、そういうことはわたしのいないところで言って欲しい。
「じゃあよろしく頼むよ、亜紀ちゃん。僕のことは響でいいから」
いや、『いいから』じゃない。こっちが良くないんだが。
「よろしくお願いします。……不知火さん」
「おや、つれないねぇ。まあいいか。それじゃ、早く行くよ」
「行くってどこに」
「仕事だよ。今日はこれから猫探しだ」
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