探偵さんは、暴かない。—彼がミステリーと呼ばない話— 

座敷アラジン

第一章

第一節

第1話 助手、募集

 あらかじめ、先んじて断っておくと、今から紡がれる話は、ミステリーなんて呼ばれるような大層な物語では決してない。

 だから、ここには大した謎はないし、大それたトリックもない。当然、解決パートと呼ばれるようなものもありはしない。どころか、容疑者も犯人も、密室も断崖絶壁も登場しないかもしれない。

 ……でも、きっとそれでいい。

 真実は、誰にもその中身が見られることがないから、真実でいられる。究極的に正しくあれるのだ。

 だからそれは、誰かが不躾に中身を探ろうとしたり、あるいは決めつけるようなことをしてはいけないのだ。

 ただあるがまま、そのままにしておけばいい。

 無論、この主張も真実ではない。

 これは、これから話す思い出話について、あの探偵ならこんなふうに講釈を垂れるんじゃないか、というただの推量——いや、妄想だ。


***


 その日——正確な日付までは今すぐに思い出せないけれど、多分春先の、いつかの平日の昼下がり。

 わたし─—御清水おしみず亜紀あきは、何処とも言えぬどこかの町の、大通りから少し外れた辺りにある、とある建物の前に来ていた。

 いや、勿体ぶってもしょうがないのでさっさと白状してしまえば、いわゆる探偵事務所という場所に来ていたのだ。

 その探偵事務所の入り口の、骨董品みたいな扉の前で少し深呼吸をして、さっきからドクンドクンとうるさい鼓動を落ち着ける。

 チラリと扉の横に貼ってあるチラシに目をやった。


『助手、募集中』


 A4用紙に太ペンか何かで書かれただけの、実に安っぽいそのチラシは、建物全体の雰囲気を台無しにしつつ、春風に揺れていた。

 ここまで語ればもう皆さんはお察しのことと思うが、そう、わたしは今日この探偵事務所で、助手になろうとしているのだ。

 正直言って、これほど手を抜いたチラシを、店前に堂々と貼っているような事務所に、不信感を抱かずにはいられないが、わたし自身の憧れというやつがここを諦めさせてくれなかった。

 この扉の向こうに、ミステリーが、謎解きが詰まっているかもしれない。

 いや、現実がそんなに甘くないことは重々承知しているが、それでも長く続けていれば一度くらいは、何かそんな壮絶な体験があるかもしれない。そう思わずにはいられないのだ。


「——よし」


 自分自身を励まし、ようやっと目の前の扉を押し開ける。

 中に広がる景色に期待を膨らませていると、部屋の奥から鼻歌が聞こえてきた。


「じょしゅ〜♪ ぼしゅ〜♪ じょっしゅぼっしゅ〜♪」

「…………は?」


 頭の中に何らかの感情が浮かぶよりも早く、わたしの口からは声が溢れていた。

 空いた口が塞がらないというのは、この日の、わたしのためにあった言葉なのだろう。

 とにかくその時、わたしの目の前ではボサボサ頭の胡散臭い男が、愉快そうに鼻歌を歌い上げながら掃除機をかけていたのだ。

 いや、これは間違っている。正確に言うなら、やはり掃除機は

 というのも、掃除機なんてかけていたら、その騒音のおかげで、わたしはあんなふざけた鼻歌を聞かずに済んだはずなのだ。

 それなのに、わたしにそのくだらない鼻歌が、歌詞まではっきり聞き取れたということは——


「あっ、お客さんかい? ちょっと待ってておくれ、今お茶を出すからね。……ああこれかい?」


 そう言って男は掃除機をゆらして見せ、


「これは掃除ごっこだよ。いや〜実は電気代滞納してたら、電気止められちゃってね〜。電源入んないんだ」


 と言って、愉快そうに笑いながら奥の方へ引っ込んで行った。

 …………帰りたい。

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