第5話

 1階と2階で分かれて探すことになった萌花と柚子は、階段下の部屋に入った。

「うわ…え、そんな風に見えなかったけど…なんか、うん」

「わぁ…ぼく、家主推しって言ったの取り消す」

 入ったらまず祭壇があった。2段の、横に細長い机があり、赤い艷やかな布をしいてある。その布には金色の糸で刺繍されていて綺麗だ。だけどそこに置いているのは、人らしき骸骨や謎の箱や本で不気味なものになっている。両端には使いかけで半分なくなっている蝋燭がある。その机の後ろの壁には、何を描いているのか分からないおどろおどろしい雰囲気の壁布がかかってある。萌花と柚子は、まるで地獄や死者みたいだと思った。人の姿すらしていなくただ色を塗ったように見えるが、なぜだかそう見える。

 左側にはベッド、右側にはデスクという他の部屋と同じ生活感溢れる物があって異様だ。

 圭司を探すために開けたのだが、このおかしい現象が分かるかもしれない、と思って2人は手を繋いでゆっくり中に入った。

 あの本には何が書かれているのか。悪魔の本なのか。それとも生贄を捧げる神様の本なのか。ゆっくり、1歩、1歩、と進めていく。時折鳴る床の音が、自分たちが出しているはずなのに、他の人が出しているようで怖い。先程まで暑かったはずなのに今はとても寒く、手足が冷える感覚がある。

 本には題名も作者名もない。萌花が空いている左手で表紙を開いた。出てきたのは数字と写真だけだった。

 1735.とあり、服が乱れた1人の男性が貼られている。走っていたのだろうか、しんどそうな顔をしている。次のページには1736.とあり、家族連れが楽しげにこの家の前で遊んでいるところの写真。そういうのが続いていた。

「へ、変質者かな?」

「人にしてはおかしすぎるので幽霊かと思われ…」

 だよねえ、と萌花は心の中で呟いた。

 そもそも1700年代にこんなに綺麗に撮れるカメラがあるのか。現像されたこの写真も最近の素材に見える。

「ここって曰く付きだったのね…」

「皆に伝えないとだ」

 と、柚子がスマホを持った時、上で走る音が聞こえた。それは階段を降り扉を開け、音は遠くなった。突然の事に声は出なかったものの、心臓が激しく動いたので胸が痛い。怖さと痛さでしばらく動けなかった。

 しばらく経って、なにも考えがまとまらないまま、伝えないと、という気持ちだけで柚子はスマホを動かした。グループを開くと悟司がグループ通話をしていた。中にドミニクが入っている。

「もえもえ、これ…」

「さ、さっきのはドミニクだったのかな。ほら彼、鍛えてるじゃない。それで走りが早いから…」

 じゃないと困る。2人はそう願って他に何がないか左右に別れて調べた。なぜこんな事が起きるのか。

 ベッドを引っ剥がすが何も出ない。萌花は下を覗こうと膝をついたがやめた。見たらいけない気がする。この下からひんやりとした空気が出てるのを感じる。心臓だけじゃなく血液さえもドクドク音がしている。見るのをやめて近くに置いてある小さなタンスの中を見た。一番上の引き出しの中には使い込まれた聖書があった。その下の段とさらにその下の段には何もない。他にはなにもなかったので祭壇の箱を見に行った。


 柚子はデスクの上の物を見ていた。地図があるので開いたらこの辺りの地図だった。置いてあったとおりに戻し、CDを見た。どれもクラシックで、何個か中身も確認するがただのCDが入っているだけだった。デスクの引き出しを開くと一番下の大きい引き出し以外は空っぽだった。大きな引き出しには汚れがついた布が入っている。他にも何か置いていたのだろう、跡がついている。が、あまりにも臭いのですぐに閉めた。他の部屋は物も多く、生活感が溢れているのに家主の部屋は、見せかけの生活感だった。CDはあるのに聞く機械がどこにも置かれていない。もう見る所はないので祭壇の箱を見に行った。


「あ、柚子」

「もえもえ。こっちのデスクはCDと臭くて汚れた布だけだった。うう、鼻ありゃいたい…」

「こっちは聖書だけ。他の引き出しには何もなかった。あの家主、本当にここで生活してるのかな?」

「してないんじゃない?CDも地図もつるつるしてたし、綺麗だった」

「そうなの?こっちの聖書は凄く使い込まれていたけど…」

 しばらくの沈黙の後、2人は体を震わせた。

 その時、扉近くで物音がした。呆気なく死ぬのか、と思って扉の方を見たらドミニクが立っていた。

「ドミニク…な、なんかここヤバっぽそう…この本、多分年数かな。それと写真があって…柚子の腕の事もあるし…」

「…ここ出よう思うねん。さっきな悟司君が圭司君を小屋で見つけてんけど、窓も扉もなかったのに突然現れて出れんくなってんよ。宗介にはメールしたからここ出よ!」

 2人は分かったと言って、部屋を出た。箱の中身が少し気になるが仕方ない。今すぐ出ないと、遅くなってしまう。

 ドミニクが玄関で、圭司君悟司君、と叫んだ。

「途中でええから来て!」

 と言った瞬間、上で物凄い音が聞こえた。

「あ、あれ、開かない!鍵はかかってないのに!」

 萌花が扉を押したり引いたりするが動くことがなかった。

「え!?うせやん!」

 悪い事というのはなぜこうも続くのか。

「ぼく他から出られないか見てくるから、ドミニン上行って!」

「うん、頼むわ!」

 柚子は、もえもえ頼むね、と言って走って行った。


 ドミニクは上に行くと、扉が開いたままの部屋から見ていった。どこにも居ない。開いていない部屋を見ても居なかった。トイレかと思い覗くと、1つ鍵がかかっていた。ドミニクはノックをして2人の名前を呼ぶと、2人は出てきた。

「実はさっき、圭司の所から物凄い音が聞こえて…」

「俺んとこでは、部屋でその音が聞こえて驚いて周りを見渡したけど何もなくて…特に何かされたわけじゃないんだけど…」

「そうか、怪我ないんやな?」

「うん」

「家主の部屋に祭壇があってな、怪しいし皆と合流したからもう行こう思うねん。なぜか扉が開かんねんけどな…」

「え、そうなの?じゃあ僕、窓を確かめてから行くよ。さき行ってて」

「やったら俺もするわ」

「だな、俺も確かめるよ」

 それぞれまず自分の部屋の窓を確かめた。ドミニクと悟司の部屋は鍵すら動かず、椅子をぶつけてもヒビも入らなかった。

 けれど圭司の部屋では躓く事もなくするりと鍵が開いた。窓もそのまま開く。

「悟司!ドミニクさん!開いた!」

 と言いながら圭司は何か使える物がないかと探した。物語には布団を結んでロープにする、というのがあるがそれが出来そうな作りには見えない。

 待っていると先に悟司が鞄ごと持って来た。来てからゴソゴソと何か使える物がないかと探すが特にないらしく、肩を落とした。

 ドミニクが、これの長さ足りるか、と言って走って入って来た。

「宗介が何かあった時のためにって言ってた中にロープがあったん思い出してん」

 手際良く結んで下へ伸ばした。長さはちょうど良かった。クイクイと確かめて、ドミニクは、よし、と呟いた。

「俺さきに降りて外から開けれないか確かめてくる!」

「せやな、俺やと体重の問題で危なそうやしな…悟司、一応窓近くのロープ支えといて」

「うん」

 圭司はロープを手に持ち窓に立った。丁寧にゆっくりと確かめるように降りていく。壁はザラザラとして意外と滑りにくかった。

 きっと5分も経っていなければ、半分も降りていないだろう。けれど感覚は、そんなふうに感じる。

 そのまま降りていくと、足にヒヤリと誰かに触られたような気がした。下を見ると、地面ではなくたくさんの人がロープを登っていた。本で見た人たちと同じに見える。

 嫌だ!と思って上に行こうとするが、近くまで来ていたので間に合わず、たくさんの人が足を掴んだ。

「あ、来るなああああ!」

 下の人たちに言ったのか、それとも上の部員たちに言ったのか圭司本人にも分からない。分からないままそう叫んだ。

 異変に気づいた悟司が下を覗くと地獄に飲まれる圭司が居た。悟司は恐怖から涙目になり、必死でロープを上げようとしたが持ち上がらなかった。悟司が引っ張れば引っ張るほど圭司に捕まっている人たちの重さが強くなる。圭司の皮膚に手が食い込んでいるのが分かる。

 ドミニクが上から物を落として剥がそうと試みるが、首がひしゃげても手が折れても捕まっていた。

 たった数分の間に圭司は下の人たちのに埋もれていった。重さに耐えかねたのか、手が離れ落ちていった。地面にぶつかるわけでもなく、そのまま下に飲み込まれて消えていった。

 残された2人は恐怖と吐き気に全身が覆われていた。吐きそうになりながら涙を流す。

 UFOを見に来たのになぜこんな事に巻き込まれたのか。昨日まで変わりない日常を送っていたのに、今月は残りの宿題をしながらバカな話しをしてUFOを観察する予定だった。その経験をご飯を食べながら家族と話す。そう思っていた。当たり前にそうなると思っていた。それが突然、何の意味も分からず終わった。

 泣きながらドミニクは悟司を下へ引っ張った。

 階段を降りると誰もいなくなっていた。たしか柚子が他から出られないか探すと言っていたので、どこかの部屋にいるのだろう。萌花もきっと諦めて探したのかもしれない。まずダイニングへ行った。

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