第3話

 柚子は選んだ寝室の美しさに見惚れていた。ゴス一筋なのが揺らぎそうになった。これがアンティークというのだろうか。人生の集大成なのか、何代にも引き継がれて熟成されたのか。人生の芸術を見ている様だった。どの家具も形や柄が細かく繊細だ。

 よく使う物を木でできたデスクに置く。着替えは鞄の中で整理をしてパジャマをベッドの上に置いた。

 彼は探索をしてもいいといっていたが、触っていいのかも分からない物ばかりだから勇気が出ない。下手に触って壊してしまったら申し訳ない。

 ふっくらとしているベッドに腰掛けてみた。ふわあ、として気持ちいい。布団の触り心地もさらりとしていて、これで寝たらいつまでも布団の中に閉じこもってしまいそうだと思った。

 楽しんでいると、ノックが聞こえた。出ると萌花だった。

「もえもえどしたん?」

「探検しない?あいつらったらすぐ探索に行ったから」

「いいね!1人じゃ何がなんだか分からなくてできなかったんだー」

 よかった、と萌花は言う。2階は全て寝室なので下に向かう。階段を降りたら外から誰かが走る音が聞こえた。2人は、男性陣かな?と思っていたが、すぐに違うと分かった。扉は開いていたので、走った勢いのまま扉を開け入ってくる。

「あ、よかった、ごめん、さ、財布を忘れて…」

 家主が息を切らして言った。

「ああ!どうぞどうぞ」

 2人は1階か2階に行くのか分からないので端っこに避けた。彼はそのまま1階の自分の部屋に走っていった。

「およ?もえもえ、ここ」

 柚子が示した先は玄関から入ってすぐの扉だった。ノブをひねって押して見ると簡単に開いた。扉を見てみるとまったく鍵はついていない。中はひんやりとしていた。手前側に乾麺や缶詰がずらりと並んでいて、奥は要らない物なのか、色々な物が置いてある。扇風機の羽がなかったりしているので、非常食とゴミが置いてあるのだろう。

 2人は、ただの物置だったね、と言ってクスクス笑った。

 後ろでまた走る音が聞こえた。家主がこちらを見て、顔の横で財布をふりふりとしてまた走っていった。それがまた面白くて笑った。

 扉から顔を出して外を見ると、柵の向こうで車が停まっていて、女性が家主を叱っている様に見えた。

「家主も可愛いとこあんだねー意外な側面だよ」

「だね。ぼく、家主推しかもしんない」

「うえ、柚子ちゃん…推しの幅広いと言うかチョロいと言うか…」

「どゆ意味ですかーもえもえー!」

 ガオーと言って柚子は先に歩く萌花の後ろを追いかけた。


 物置部屋の斜め向かいはダイニングだった。内装がアンティークものが多く、それは台所もそうだった。

「いつかこんなとこに住んでみたいねー」

「ねー。あ、見てもえもえ。これ彼女かな?」

 柚子がかがんで見た所には写真が何個かあった。白黒写真もあって祖父母も飾ってあるのだろう。その中に現在と同じ見た目の家主と女性が遊園地で笑っている写真があった。その隣にはこの部屋で誕生日パーティーしている写真もある。二人共とても幸せそうに笑っている。

「ぽいね。さっきの女性と似てるー!」

「かわいいっすなあ」

 テーブルの上には花が飾られていた。近づいて嗅いでみると何も香らなかったので本物ではないのだろう。

 さらに奥に行き台所まで行くと、萌花は心の中で驚いた。店をやっていないのだとしたら、相当な料理好きでしか集めない調味料や調理器具がたくさんあった。専用の物も多い。この台所だって、ドラマでしか見ないような形をしている。食器置きではなく、この上で直接調理が出来る仕組みになっている。ここで手作りパスタなど作ったら楽しそうだ。記念に皆で作るのも良いかもしれない。

「あ、ここだったんですね。台所。お二人も探索ですか?」

「あ、ソース。探索じゃなかったのん?もうとっくに行ってると思ってたよう」

「少し荷ほどきに手こずりました。この後、冷蔵庫を確認してから買い出しに行こうかと思っていまして。あ、お二方は何か必要な物はありますか?」

 んーと柚子は考える。

「特にないかなー」

「調味料も揃ってるし、私からもないよ!」

「わかりました」

 そう言ってから宗介は冷蔵庫を開けた。

 家主の言っていた通り、少ししか入ってなかった。晩御飯に6人分、ギリギリ出来るかくらいしかない。

「あら。さっそく行ってきます」

「ソース頼んだ!共同財布足りなかったら言ってねん」

「ありゃ。足りるかな?」

「そんな高くないでしょう…多分…」

 うーん、と三人とも唸った。行ったことがない店に行くので不安ではあるが、高くても仕方ない。その為にお金は余分に持ってきている。

 お米は確かめるとたくさんあったのでその心配はない分きっと大丈夫だろう。

 確認を終えると宗介はすぐに買い出しに行った。

「次行こっか」

 ですな、と2人も部屋を出た。

 隣の部屋はリビングなので飛ばして更に隣の部屋に行くと、子供部屋だった。男の子にも女の子にも使える便利な部屋で、他の部屋より散らかっている。それでも1つ1つ見ていくと、ここもまた高そうなお洒落な物でいっぱいに置いてある。おもちゃもそう見える。ここで育ったら感受性や心も豊かになりそうだ。

 つきあたりだと思っていたら扉があるので開いてみたら、トイレだった。手前側は子供用で、奥側の2つは大人用となっていて、トイレとは思えないほどいい香りがする。

 出て隣の部屋に行こうとしたら柚子が、ひゃっと叫んだ。

「なにこれ!え、もえもえ、どうなってるか見える!?」

 萌花が何事だと柚子の言う通り見てみると、柚子の右腕に赤い手の跡がついていた。

「え、手の跡がついてる!!あれ、ここにも」

 萌花が自分の手と比較すると、自分の手より小さかった。肌が赤く腫れているのでもなく、なにか色がついている。

「これ、私より小さい…子供…?」

「え、やだ、なんで?ドッキリ?」

 二人して周りを見渡すが何も誰も居ない。

「と、とりあえず落とそう、柚子…」

 落とすなら風呂場の方が楽なくらい腕の上までついているので隣の扉を開けた。

 脱衣所で靴下を脱ぎ、奥に入る。浴槽が足を広げられるくらいあり、中も2人で余裕で入れるくらいあった。

 柚子は袖をまくり萌花がシャワーを流していく。夏なので水が気持ちいい。ついたばかりなのか特に苦労する事なく、するすると落ちていく。

「他にもないか見せてね」

「うん…」

 萌花はシャワーをとめ、見れる範囲を丁寧に見ていくが何もない。萌花はほっと胸をなでおろす。その姿を見て柚子は袖をおろした。

 脱衣所に出、靴下をはいていると萌花のポケットからスマホが鳴った。手にとって見るとドミニクと書いていた。

「ドミニクどーしたー?今?風呂場。圭司くん来てないよ?…あ、宗介くんなら前に買い出しに行ったよ。…え、いない?わかった今から行くよ」

 電話を切り柚子の方を向いた。柚子はタオルで拭いている。

「圭司くんいなくなったって。ダイニングにドミニクと悟司くんが居るから探索やめて行こっか」

「うん」

 エアコンのない部屋ばかり行っていたから暑い。2人は手で汗を拭いながら移動した。




              ---

 圭司は歯磨きセットを机に出し、すぐに悟司の部屋に行った。荷解きと言っていたがあの外の謎の物置が気になって仕方がない。ワクワクが口から出そうだ。

 扉をノックすると悟司はすぐに出てきた。

「あの庭にある変なやつ見に行こうぜ!」

 圭司はニコニコして言った。悟司は少し考えて、まあすぐ戻るなら、と言って出た。2人は一番奥の部屋へ行き、またノックをした。すぐにドミニクが出た。

「あの庭の変なやつ見に行こうぜ!」

 とニコニコして言った。

「お!ええやん!あれ謎やからな!宗介どうする?俺行ってくるけど」

「うーん、僕は冷蔵庫を確認して買い出し行ってくるので…すみません」

「わかった、買い出し頼んだわ。帰ってきたらゆっくり休んで、皆の分のご飯は俺が作るから」

 じゃ、と言ってドミニクは部屋を出た。


 扉もないので中まで土が入っていたり雑草が間から生えている。

 けれど踏む感触はしっかりとしていた。多少ギシっと音はするが崩れない。そのまま3人は入っていった。外から見た通り、中は本当に狭い。荷物置きに使うにしても変な場所にあるので、本当に何のためにあるのか分からない。

 棚も木で出来ており、ところどころ釘が出ている。棚には食器や本、たぬきの置物など色々な物が置かれている。

 こんなにボロいと、臭いや埃を覚悟をしていたが何もなかった。少し古くなった木の香りくらいしかしない。三人はそれぞれ置いてある物を触っていった。

 扉も窓もなくなっているというのに中の物は全く劣化していない。ドミニクは手のひらサイズの花瓶の様な物を持ち上げて中や底を見たが、少しのヒビも入っておらず不思議に思っていた。手にも埃や砂がつかない。同じ事を悟司も思っていた。家主があまり入らないと言っていた割には汚れていない。

「たしか、ここ、家主さんはあまり入らないと言っていたんだよね」

「うん。にしてはキレイよな。古そうなんもあるのにヒビも入ってへんし…てか棚の上に埃もないし」

「え、そっちも?あ、ドミニクさん、この高級そうな布…昔の物に見えるけど…」

「めっちゃキレイやん。なんでや?虫にも食われてへんし…てか買ったばっかに見えんねんけど」

「だよね…風とかで乱れてもないし…」

「UFOやったらええねんけど…別のモンやったら危ないな。宗介が戻ったら話そか」

「だね…」

 情報を得るため二人はスマホを準備し写真を撮っていった。


 圭司は奥の棚にある本に何故か惹かれた。他にも雑誌や新聞なども置かれていたが、その暗い赤い色の表紙のシリーズものの本にのみ意識が向いていた。興味、好奇心ではないなにか、頭は勝手に集中して周りの音も聞こえない。突然一緒に来ていた悟司やドミニクの音がなくなったという事に疑問にも思わない程に集中していた。体も勝手にその本へ歩いていく。特に操られているという感覚もなく、かといって好奇心はないので自分から見たいというわけでもない。

 左から右へ詰めて置いているのだろう。英語のタイトルで読めないが、頭文字がDEATHと繋がっている。表紙が赤色でさらに布が使用されているせいか見た目が高級そうに見える。どこにも作者の名前がない。記念として自費出版をしたのだろうか。

 中を開くと戦争を題材にしたものだった。そういうものには疎い圭司は創作なのか本物なのか分からなかった。世界の地名どころか日本の地名も地元くらいしか分からない。名前を聞く限り中東のように感じる。創作かもしれないがあまりにも現実的な、作者が今そこで見た事を書いているかのような書き方だった。

 上半分に挿絵もあった。色もない線だけで書かれているのに写真のようだった。骨と皮の死体を、同じく骨と皮だけの子供二人が運んでいっている姿。全員が下着しか身に着けていない。続きを読むと、どうやら怪我人の治療や寝床にするために死体や子供や女性から服を剥ぎ取られていたとの事らしい。戦争で食料も水も途絶え、雨水や尿を飲み死にかけの人や死体を焼いて食べる。それでも全員が満たされるわけではなく、餓死するものも多い。それを読んでいるからか、絵のはずの死体が恨みをこめてこちらを見ているように感じた。目があっている気がする。圭司はここにきてやっと恐怖を感じた。

 それでもやめることなく次々と読んでいった。

 軍人らしき人がお腹から下がなくなっているやせ細った子供に手をのばす挿絵や、死体の絵が多かった。たまにこちらを向いているのもある。その時と言ったら、なぜこんな事をするのか、とこちらを見ているようで。ただでさえ文章にも目があっている感覚がするというのに、絵までもこちらを向かれていたらきつい。ページが進むにつれ圭司は読むのをやめたくなった、が、体が勝手に動くのか、それとも好奇心からなのか手がとまらない。息が冷たくなっていく感覚がして、手足が冷えてきた。最後、誰がこの戦争を起こしたか、その話題に行きかけた時、誰かに肩に手を置かれた。

 そのおかげで現実に意識が戻った。本を開いた時に意識をしていなくて気が付かなかったが、人の話し声などがなくなったような気がする。それは描写がリアルだったから想像力をかきたれられたのか、そうとするにはあまりにもリアルすぎた。

 後ろを向くと悟司が心配そうに見ている。

「ど、どうしたの?圭司、なにかあったの?」

「い、いや、ほ、本が、変な内容で少し…」

「え、じゃあずっとここにいたの?」

「え?うん」

「ここに入ってしばらくしてからいなくなったから探してたんだけど…」

 やっぱここって危険なとこなのかな…と悟司は呟く。

「俺、ずっとここにいたけど…」

「ええ…?なんかここ、気味悪いから皆の所に行こうよ。ドミニクさんも探してるし」

「そうだな」

 圭司は読んでいた本を直し家へ向かった。

 その時、何かに手を触られた気がした。

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