第3話 視る力

「君が雅の娘なのか。」

 天武浄化庁の会議室に連れてこられた私は、目の前にいる白髪の老人から母の名を聞く。彼は8つの家を管理する役割を果たす、久遠家の人間だった。母は幼い頃から体が弱く、微弱な力しか授からなかったという。ただ夢から分析する、予知夢の持ち主だった。


 それぞれの家は得意とする呪術を持ち合わせる。ここへ連れてきた氷帝家の蒼人は、氷や水の力を用いて祓う。


 「卯月の結界力は見事だったか、はたして君はどんな能力があるのか。15になるまで一般人としての教育しか受けていないとは。卯月は死ぬ前に大罪を犯したな。」

 「祖母は罰せられるんですか? 母の遺言を守っただけです。母のために、私のために。」


 ここに連れられてくるまで私は祖母からこれまでの歴史や家系、呪詛、呪術について教えてもらった。だが疑問だらけだった。そもそもなんだというのだ。ただ生まれが祓う家系だったといって、普通に生きる権利を国家が奪っていいものなのか。


 「何もわかってないな。話しにならない。早急に教育するように。」

 その男の命とともに、私は神聖術学院の学びの間に連れていかれた。ほぼ拉致監禁だ。


 起床は夜明けとともに、午前中は座学、午後は実技、座学、実技の繰り返し。就寝は0時。そんな日々が繰り返された。祖母の家から通いたい、せめて週に一度でも帰らせてくれと懇願しても、答えはNO。「祖母を罰せられたくなければ、指示に従え」と命令される。


 電話もメールも拒否された。


 座学では各家系の成り立ちや術式、この世にある呪詛について学ぶ。実技では私の能力の発現方法が主だった。


 家系によって、炎や、風、雷、土などの力を借りるのだが、神大家は己自身から祓う能力を生み出すらしい。母は弱いながらも予知夢、祖母は結界などの防御が十八番だった。


 意識的に発現させるためには、丹田に集まった熱を外に放出するようなイメージなのだというのだが、これが上手くいかない。赤子が自然に言葉を話し、歩けるようになるように、各家系の人間は生まれたときから学んでいるため、自然と身につくようだ。


 だが、私はすでに15。意識的な方法をとる必要がある。


 そこで現時点で私が能力を使うため、とった手段が「祓いの陣」を頭の中で想像し、空にイメージして陣を描く方法だ。監禁状態で教える師は、水音家の人間だった。長髪で長身の細見。瞳の色は薄いグレー。色白で華奢。とても綺麗な男の人だが、性別を聞かなければ男性とは思えない美しい人だった。


 蒼人もそうだったが、長身で細身、色白で綺麗系。祓う人の家系の独特な血筋なのだろうか。


 「陣の四隅に神大家の家紋を描き、その中央に悪霊を閉じ込めるようなイメージを作ってください。」

 と、美しい人、水音氏は言う。声も透明感がある。神大家の家紋とは知らなかったが、家紋にはなじみがある。祖母が「必ず肌身離さず持つように」と、私に持たせたお守りの袋には家紋が刺繍されていた。家紋は目をつむってでも描ける。


 しかしイメージしたところで、リアル感が薄い。こんな映画の世界みたいなことで、本当に「祓う」ことができるのか。そもそも、呪詛はそんなにも日本中にはびこっているのか。


 一カ月が過ぎた頃、私は夢を見た。


 祖母の家だ。蔵の横にある物心ある頃からあったほこらが破壊された。不気味な異音が鳴り響く。祖母がいた。へどろのような闇が祖母を閉じ込めようとしている。「逃げて!」と私は叫んだが声が届かない。祖母が脚を掴まれて引きずられる。結界を! ああ!と思った瞬間、祖母の首が刎ねられた。「いやーーーー」と声にならない叫び声をあげ、私はベッドから飛び起きた。汗だくだった。


 生々しい。あれは夢なの?


 私は急ぎで着替えて天武浄化庁の外に出ようとしたが、警備員に捕まる。

「離して、すぐに帰らなきゃいけない。どいて、離して。」

 暴れる私をふたりの男が押さえつけた。私の周囲にも数十人が囲む。


 「何をしてる。」白髪のじじぃ久遠の低い声が響く。

 「帰らせて。祖母が危ない。祠が壊れた。」


 一瞬沈黙が流れたがすぐに「彼女を独房に連れてけ」と久遠が言った。独房? こいつ、何も話しが通じない。私は渾身の力を振り絞って、押さえつけていた男ふたりを跳ね除けた。ブンっと2人の男が吹き飛ぶ。その様子に周囲を取り囲んでいた数十人の男たちが私に近づく。


 周囲を見る。目が見開く。彼は左足の親指、彼は右目、彼は耳、彼は右手指、あいつは鎖骨、あいつは、あいつは。私は体の一部が透明になる部分を瞬時に見つけ、言い放った。


「拘束。離れろ!」


 全員が見えなくなった。私は駆け出す。祖母の元へ、祖母の元へ。早く、早く、お願い!!!


 私の体が宙に浮遊し、全身が圧縮。私の体が光の粒子に変わった。そして内側から縮んだ体が、爆ぜるように今度は外へと解放される。気が付けば、私は祖母の家の庭に立っていた。


 「おばあちゃん、おばあちゃん。」

 呼びかけると祖母が目を丸くして縁側のある窓から出てくる。

 「咲、どうやって、ここまで。」

 「ほこら、祠は大丈夫?」

 祖母の無事を確認してから蔵の横にある祠を見に行く。祠には顔が欠け落ちた小さな銅像があった。無事だった。


 一体どうしたの、と祖母が私の方に歩みよったとき、へどろのような闇が空の上から覆いかぶさった。へどろが頭上に落ちてこなかったのは、結界が防いでいたためだった。


「古の神々に誓いし者の名において、結界を成せ。」と祖母が叫ぶが、ぶわっと空気が震えただけで結界は再生できず、崩壊寸前だった。


 どうすればいい。どうすれば。このままだとあの夢のまま、祖母の首が・・・。死んじゃうの。私も死ぬの?


ーーー視ろ。正しく視ろ。


 頭の中で声がする。何を正しく視るの? 恐怖で慌てふためく私に誰かの声が何度もこだまする。


ーーー視る。全力で視ろ。キミの目は相手の弱点が視える。


 涙がたまる目を拭きながら目を見開き、へどろのような闇を見た。気持ちが悪い。普段は見えない祖母が作ったドームのような形の結界にへどろがこびりつき、結界はヒビが入っていた。


 恐怖に思考が支配されて、震えがとまらない。けど、見開く。視る。視る。視ろ! 自分を奮い立たせた。へどろの中に黄緑色の目と赤黒い目が見えた。左、赤黒い目の中が透明だ。・・・見つけた。


「拘束。消えろ!」


 この世の者とは思えない、不快な異音とともにへどろは消滅した。消滅後、結界はパラパラと崩れ、光を浴びたクリスタルの輝きのように光ながら、雪のように舞い散った。


「やっぱりそうか。君は、視る力があるんだね。おまけにお母さんの予知夢も」


 祖母の家の門戸から氷帝蒼人が現れた。

彼の瞳は、初めて会った時のように青い光を放っていた。



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