第2話 祖母の告白。

 目覚めると自分の部屋の布団で寝ていた。布団から出て部屋着に着替える。居間に行くと祖母が朝食を用意してくれた。鮭、白いごはん、味噌汁、お漬物、海苔。安心定番の朝ごはん。朝起きてすぐにしっかりと食事ができるのは、母譲りだと祖母から聞いたことがある。祖母がお茶を入れてくれた。このお茶の茶葉は祖母が運営する茶畑でとれた一番茶だ。


「咲。おまえに話しがある。」と祖母は切り出した。

「これまでおまえの力を隠すために結界を張ってきたが、私の力を上回る何者かの力によって、対応できなくなってしまった可能性もある。」


 結界とは幼き頃から祖母がよく口にしていた。物心ついた頃から私は色々な不思議な体験をしてきた。


 幼稚園に行く前に近所で遊んでいた友達が、ドロドロとした灰色の霧のようなものに包まれて気を失ったときは、私の手でそのドロドロを落してあげた。デパートで気味の悪い大人が子供の手を連れていたときは、その大人の人の手をパチンと叩き、手を離してあげた。


 夜、祖母の家で寝付く前は、色んな人たちが訪れてお休みをいってくる。ときどき夜中に目を覚ますと、とても多くの人たちが私の周りにいて驚いたこともある。さらに多くの人たちがだんだんと話しかけてくるようになったので、幼少期は常に寝不足だった。それを祖母に伝えると、では「結界を張ってあげよう」と言ってくれた。結界を張ると、話しかけられることが少なくなるという。そのおかげで私は安眠を取り戻し、日常生活で起こる不思議な体験も減っていった。


 結界はおまじないのようなものといっていたが、それが効かなくなったということなのか。何者かの力とは何のことなのか。祖母は私がお茶を飲み切ったタイミングで、離れの部屋へ案内した。襖を開けるとその奥には太い梯子があり、屋根裏へと続いていた。梯子を上がるとまた扉があった。祖母が右手の人差し指と中指を揃えて扉に触れ、何かを唱えると、扉が消え去り、広々とした部屋が現れた。


「この部屋は異能がある者しか入ることができないようになっている。・・・おまえは1500年続く神大家の血を受け継いだ人間だ。鈴森は隠し名で、正式な苗字は神大。神大家は、この国の成り立ちからある、人間が生み出す呪詛じゅそはらうためにある家だ。」


 そういうと、いくつかの古い巻物を棚から取り出し、家系図を広げて見せた。全ては把握できなかったが平安時代の前より神大の名があり、もっとも新しい場所に、母の名、神大雅じんだいみやびの名前と、神大咲(じんだいさき)と私の名があった。


 「雅が亡くなる前の遺言で、咲にはなるべく普通の子のように楽しく暮らしてもらいたいと。私の娘、雅には何も、私自身は普通のことはさせてやれなかったこともあってな。咲の存在を隠すことにした。もう少し・・・もう少し、普通でいさせてあげたかったけど、ここまでが限界だったようだ。」

「どういうこと? ママの遺言? 限界って何?」


 書物で残っている過去の記録。その書物さえも人が書いたものだ。その真実は定かではない。だが、祖母から聞いた話と、記録が残っているところから辿ると、私は1500年前から存在する『神大家』の血を受け継いでいるらしい。


 国の成り立ちと同時に、よく物語に出てくる、鬼やまやかし。

それは単なる物語ではなく、人間の負の感情が生み出しているとされた。嫉妬、妬み、恨み、悪意。それだけではなく、罪悪感や悔恨、陰口なども、呪いとなって人々の日常に悪影響を与えるという。


 災害も自然災害であれば防ぐことは難しい。

しかし、人の負の感情が引き起こした災害であれば『祓い』防ぐことができる。


 交通事故、殺人事件、放火、暴行、テロ。これらの事件も人の呪いによって、生霊が悪さをすることがあるんだと、祖母が言う。


 いずれも生きている人間が起こす事件だが、問題は、無意識下で呪った生霊が起こす呪いなのか、否かだ。


 人間の脳は意識できるのが2割と言われている。残りの8割は無意識。この8割の無意識内から、ほぼ呪いは起こっているという。もちろん中には意識をして起こしている呪いもあるそうだ。これがもっともやっかいな呪いだという。



 この『祓い』を担っているのは、国家機密の機関「天武不浄てんぶふじょう庁」が行っていて、その機関に属している家は現在、8つあり、その1つの家が「神大」なのだと。


 祖母から家系図、機密とされた機関の説明を受けた。一字一句の説明を逃さないと頭をフル稼働させて整理するが、脳みそはショート寸前だった。


 「じゃ、この間の男、彼は?」

 「彼は天武不浄庁に属する家の1つ『氷帝家』の次男。表に出す名は、氷河蒼人ひょうがあおと。咲より2つ年上みたいだね。」

 「この間の電車で起こったことな何なの? 失神して倒れた人もいた。」


 「それは僕から説明していいですが、卯月様。」

 いつの間にか、部屋に入っていた男、蒼人が祖母の下の名を呼んだ。目は・・・青くない。あのとき見た青い目は何だったのだろうか。


 「君は無意識だったみたいだけど、君の祓う能力が車内いったいを覆った。あの車内には、死にたいと思う複数の生霊がいた。それが多くの人々の弱い心につけこんで自殺願望を促していた。


 本来は結界を張ってから一般人には眠ってもらうか、避難させてから行うべきものだけど、君は熱にほだされ朦朧もうろうとした中で、一気に祓ったんだよ。その解除方法が急激だったから、一般人が君の気にやられて倒れたんだ。」


 祓うやり方など知らない。なのに、彼は私が無意識下でお祓いをしたという。え?じゃ、ちょっと待って。失神させたのって私? 悪霊じゃなく?

 

 「咲の力を封印していた私の術が何かのきっかけで外れたんだろう。」

 祖母が私を憐れむような目で見る。


 「とにかく卯月様。彼女は天武浄化庁の教育部門「神聖術学院」に連れていきます。早急に彼女には学んでもらうことが必要です。反対勢力の動きが活発になってきている以上、このままでは彼女自身が危険です。」

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