そっと抱きしめて

 1分ほどしただろうか、抱きしめた者が手を振りほどく、彼女は顔を見上げる。


「広希」


 抱きしめたのは広希だった。


「どうして?え?」


 スッ




 彼女の会話が終わらぬうちに彼は小型マイクを取り上げる。


 そして小型マイクを通してここにいるみんなに訴える。


(あいつ、あんな大胆に触れて大丈夫かよ)


(あいつ、死んじゃうんじゃねえの?)




 周りからは奇病の感染を心配する声。




 そしてその心配を予測していたかのようにこたえる。


「感染なんてしませんよ、だってそれは悪質なデマですから……」




 マイクを通してはじめは淡々と答える。




「そういう輩がいるってことです、私達とハスキーたちが協力し合う事を喜ばぬ奴がいるという事です」




「あいつ、さっき魔獣を50体倒したっていう」




「あああの戦士か、魔獣を倒した」




 ボロボロの体の中笑顔を作り、周囲に視線を送り続け、そして少しずつ感情に訴えていく。




「彼らの病気が感染するというのは完全なデマです、だって私彼女を抱きしめたけど何ともないでしょう…惑わされないでください、私達が協力し合う事を妨害しようとする輩に」




 周りは何もしゃべらない。演説を食い入るように見ている。


「私からもお願いします、皆が素晴らしい未来を歩んでいくために」


 彼が頭を下げる。




 周りからは盛大な拍手が送られる。




 演説を終える広希、すると


「ただいま!!」


 景の声。


 コクッ


 隣には明日香、同調するようにうなずく。




「お帰り、有力な情報は得たか?」


 有力な情報を得るために2人を別行動にさせていた広希、何か情報を得たか聞いてみる。


「まあね、それは後で話すよ」


 2人の話にもう一人は言ってくる。




「素晴らしい演説でしたね……」


 イレーナが彼の演説に思わずそう答える。しかしどこかご機嫌斜めな表情。




「イレーナ!!って何かあったの?」


 思わずそう叫ぶ、そして不機嫌そうな理由を伺っていると




「最初から聞いていたんだよ、お前がミシェウを抱きしめる所も……」


 気まずそうな表情でイレーナと一緒に帰ってきた海輝が説明する。




「え?ああ……」


 それに驚く広希




「広君ってああいう子が好みだったんですね……」


 イレーナがどこかあきれたような声とジト目で彼を見つめる。




「ち、ちがうハッタリだよ、この時代じゃ、伝染病かそうじゃなくて遺伝からの病気か証明しても、納得してもらえないんだ、だからああするしかなかったんだ」


 弁解する広希、完全に取り乱したようなそぶりで。




「はいはい、そういう事にしておきますよー」


 どこか納得していないような表情のイレーナ。




「ここじゃ何だから、部屋で話そうよ」


 景の呼びかけ、それに反応し、広希達は部屋に戻る。






 部屋の中




 部屋の中には4人のほかに明日香とミシェウがいた。


 そして食事の時間になる、その食事に海輝が驚く


「何だこりゃあ!!」




 彼の叫び声にミシェウが答える。


「羊の頭ですよ、最終日にはこれを食べるしきたりになっているんです


 仲間たちに頼んで持ってきてもらいました」




(いや、それは知っているけど)


 そう、出されたのは数匹分の羊の頭のスープ、大きなお皿にドーンと煮込んだ羊の頭、目をつぶって鼻も丸わかりになっている。




 見た目はグロテスクだったが、確かに味はおいしかった




 食事が終わると景と明日香が見つけてきた資料を見せる。




 この国を流れるレオルド川の異常な化学物質の多さに、それもその化学物質が体に有毒な物質であると知りながら誰にも事実を知らせていなかったことに




「しかも、その上流の国ユトランド公国から大金を得る代わりにこの事実を隠ぺいさせていたとは」




 唖然とするみんな。




「ひどい、こんなことのせいで、私達、あんな目に」


 手で口をふさぎ、目から涙か出るのを懸命に抑えるミシェウ。


「解決は少し難しいぞ……」




 困った表情を見せながら広希はつぶやく。


「え?どうして?」


 ミシェウ、それを聞いてショックを隠せない表情を見せながら聞き返す。


「公害という奴だ、俺達の世界でも存在していた、だが、この川の上流は別の国になる。ユトランド公国だったな……彼らを説得しなければいけない」




 景が彼のフォローをしようと口をはさむ。


「内政介入になっちゃうんだよ……私たち師団が出来るのは魔獣を倒したり、悪いことをしようとしている国家や政治家を摘発したりすることなんだけど、経済活動を阻止することは国家の活動を不当に阻止しようとすることになるからって、「神聖騎士同盟」(ディバイン・クラスタ)からやめるように釘を刺されているんだよね」




「じゃあ、どうにもならないんですか?」


 こらえていたはずのミシェウの目から涙がこぼれてくる。




「そういう事じゃない、ちょうど俺達もユトランド公国に行くことになっている、ここでも公害が起こっている以上、ユトランドでも起こっているはずだ、情報閉鎖をしていたのはお前らとユトランドの公害の被害者たちが力を合わせるのを阻止しようとしたんだろうな」




 イレーナも話に入る。


「ですので向こうの被害者たちと手を組みこれを解決しようとしています、安心してください」


 ニコッ


 イレーナか笑顔を見せる。




「わかりました、じゃあよろしくお願いしますね」


 それを見て安心したミシェウが心を安心させる。




「そろそろ私たち、帰るから、後の治安は、任せて」


 明日香も話に割って入る。


「じゃあ、ありがとうございました、またどこかで合えるといいですね」


 ミシェウの別れの言葉。


 2人が部屋から立ち去る準備をする。




「そうだな、また会えるといいな……」


 広希の別れの言葉。


「ではさようなら」


 イレーナを別れのあいさつをする、どこかさみしそうな表情で。




 明日香が部屋のドアを空ける。




「じゃあ、さようなら」


 どこか赤い顔をするミシェウ。


 ミシェウの最後の言葉。


「さようなら」


 明日香の別れの言葉。




 ガシャ


 2人が部屋から立ち去り、ドアが閉まる。






「じゃあ、明日には出発だ、寝るか……」


 広希がそう呼びかけると部屋の照明が消えた。

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