第8話 成立
「おはようございます」
いつもの魔術師然とした服装に着替えたクロンが、昨夜の事は覚えていなさそうな雰囲気でやって来た。
寝癖なのかぴょんとアホ毛の跳ねた髪を手櫛で直しながら、彼女はデスクに着くと。
「今日も昨日と同じことするんですか?」
本当に覚えていないのか、普段通りの様子を見せる彼女に、俺は少し残念に思いながら答える。
「そうだな、クロンは昨日と同じことをしてもらう。俺は会員たちを集めて補助ついでに金稼ぎするつもりだ」
「分かりました」
無表情のまま頷いた彼女は仕事道具をカバンに詰め込み始め、その姿を横目に俺も支度する。
本当に昨夜のことを覚えていないのだろうか。勢い余って結婚とか言ってしまったのは恥ずかしかったが、それでもアレは本音だった。
……いや、待てよ。昨日のあの違和感の正体はこれか?
「準備できたか?」
「はい、いつでも」
昨夜、違和感のあったクロンの様子を思い出した俺は、スタスタと先に事務所を出て行こうとする彼女の手を徐に握ってみる。
ビクッと体を震わせた彼女はジト目をこちらに向けて来るが、手を握ったまま放そうとはしない。
「クロンの本音を聞かせてくれよ。イヤならイヤって言ってくれていいんだぞ?」
俺のセリフに、彼女は目を泳がし始める。
やっぱりそうだ。この子は忘れたふりをしているだけで、忘れるどころか意識しっぱなしだったのだ。
「な、なんの本音ですか?」
「昨日、本当は酔いも覚めてたんだろ? 途中から敬語が復活してたし、俺にはバレバレだぞ?」
そう、彼女は酔ってると敬語がすっぽり抜け落ちる。
しかし思い返せば、途中から敬語が復活していて、酔いもほとんど冷めていたのはほぼ確定だ。
「えっ、あっ……。い、良いですよ、結婚を……前提で……」
見る見るうちに顔を赤く染めながら、観念したように小さな声で肯定の言葉を呟き。
俺は思わずクロンの小柄な体を抱き締め、良い匂いを鼻いっぱいに吸い込む。
「むぅっ!?」
苦しそうな、でも嬉しそうな声を上げた彼女に、謝罪の意味も込めて背中を摩るとぎこちなく背を撫で返して来る。
恋人なんて出来た事は無いと以前話していたが、この様子だとその話は本当かもしれない。
というか、貴族出身な事を考えればそうなるのも無理は無いか。
「じゃ、続きは仕事終わってからするか」
「つ、続きって……?」
目を丸くしながら尋ね返して来るクロンに、俺はニヤリと笑って見せる。
「お楽しみだ。絶対に満足させてやる」
「……はい」
目を合わせる事も出来ないまま返事をした彼女と手を繋いだ俺は、真っ直ぐギルドへ向けて歩き出す。
明朝だからなのか、それともみんな会員になってしまったのかは分からないが、いつもなら冒険者が数人はいるはずの大通りには、ほとんど人の姿が無い。
精々店を開ける準備をする者たちと商人の馬車くらいで、たった一日だけの俺の行動でここまでの影響が出た事に驚きを隠せない。
と、クロンはそんな事を気にしている余裕が無いのか口を開こうとしない。
「大丈夫か?」
「誰のせいだと思ってるんですか」
ごもっともな反論と可愛らしいジト目が返って来て、ニヤニヤしそうになるのを堪える。
と、そんな事をしている間にギルドへ到着し、裏口から中へ入る。
「お、実ったか」
「知ってたか」
「あたりめえだろ。俺を誰だと思ってる」
そう言って笑った彼は、照れて俺の後ろに隠れるクロンを見てニヤニヤ笑う。
「俺の嫁を思い出すな。好きだって言うだけで照れて顔真っ赤にして……ああ、懐かしい」
「その……奥さんを亡くされたんですか?」
「あの頃の嫁はもうどこにもいない」
以前、昼食を奢ってもらったことはあるが……あの人が昔はクロンのように初心だったなんて思えないな。
と、クロンは何か勘違いをしているらしく、口元を抑えて悲しそうに眉を曲げる。
「そうだったんですね……」
「ああ……クロンちゃんも初心を忘れずにな」
そんな事を言う彼の後ろでは青筋を浮かべる嫁の姿があり、俺は泣きそうな顔のクロンを連れてすたこらさっさと逃げる。
後ろでバルヒェットの悲鳴が聞こえ、困惑気味のクロンに気にしないよう声を掛けながら、昨日から変わった様子の無い即席の受付へ向かわせる。
「今日もクロンをよろしく頼む」
準備をしていた受付嬢たちに声を掛けると、彼女たちはにっこりと笑って返事をする。
と、何か気に食わなかった様子のクロンが俺の頬を抓って。
「子ども扱いしないで下さい」
どうしよう、怒ってる顔も可愛い。
と、そんなやり取りを見て彼女たちも気付いたらしく、ふふふと笑って。
「クロンさんをお預かりします。私たちが守りますから任せて下さい」
「味方がいない……」
悔しそうに頬を膨らませる彼女の背を軽く押して受付に向かわせた俺は、まだ叱られているであろうバルヒェットの元へ戻る。
すると正座させられたバルヒェットの前で腕を組む大柄な女性が。
「分かったかい? ほら、分かったならもういっぺん言ってみな」
「はい……アルメダは初心で可愛い少女です……」
「よろしい」
何だかんだで仲は良いらしい。
と、そんな俺に気付いた彼女はこちらを振り返り。
「あらやだ、恥ずかしい所見せちゃったわね。コイツに何か用?」
「あ、ああ。ちょっと話をな」
「じゃ、私は仕事に戻るから。頑張ってね」
さっきは鬼のようだったのに、今は優しい母のような声色で接してくる姿を見て、俺は乾いた笑みしか浮かべられなかった。
理不尽に解雇された宮廷魔術師、ネズミ講を始める~国が崩壊するからやめてくれと言い出してももう遅い。それより儲け話あるんだけど聞いてかない?~ ぴよぴよ @piyopiyonyan
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