第7話 酔っ払い

 ギルドの終業時間を迎えた。

 序盤はほとんどが冒険者、中盤からは冒険者では無い人々が増え始め、夜になると冒険者とそれ以外の人々が半々程度の割合でやって来た。

 入会者は約二百人、そのうちの半数程度は勧誘を受けてやって来た者だったため、金額にして千五百万ウイスほど稼ぐ事が出来た。

 

「後は放っておけば金が入って来るが……入会者の補助もした方が良いか」


「あの人たちにも儲けてもらわないと退会されちゃうもんね」


 この商法の弱点は儲けられないと見た人たちが退会してしまう事だ。

 それに会員費用と品物の売り上げだけだと、負債の返済にはかなりの時間が必要となる。

 そのような事を考えた時、事務所のレンタルや資料の作成など、会員の補助でもっと稼いだ方が良いだろう。

 そんな会話をしながら金をギルドの金庫へ移し替えていると、向こうでも仕事を終えたらしいバルヒェットが、肩を解しながらやって来た。


「どうだ、いくら稼いだよ?」


「千五百万くらいだ。税金が恐いところだな」


 言いながら書類を手渡すと、彼はペラペラと紙をめくりながら。


「そこは任せろ。税金対策ってもんがある」


 そう言って笑った彼は書類も金庫へ突っ込んで扉を閉じ、鍵を掛けると締め作業に戻って行った。

 俺たちに残っているやる事は事務所に戻って記録簿の作成くらいだし、とっとと戻ってやることをやってしまおう。

 と、クロンが俺の袖をちょいちょいと引いて来る。


「仕事終わったら飲みに行きませんか?」


「あんまり飲み過ぎるなよ?」


 この子は酒が入ると普段の生意気っぷりが嘘のように寝る。嘘だろと言いたくなるほどあっさりと、寝息を立てやがるのだ。

 前科がいくつもある彼女に疑いの眼差しを向けていると、察したのか不機嫌そうな顔をして。


「私は学ぶ女です。同じミスをすると思いますか?」


 クロンは可愛らしい顔でキリッと言い切った。

 ――しかし、一時間後。


「やっぱダメじゃねえか」


 居酒屋を出た俺の背中ではクロンはすぴーと寝息を立て、揺すってみても全く起きる気配が無い。

 それはそれで可愛らしいのだが、寒空の下眠りこけるあほを背負って家に帰ると言うのは寂しいものである。


「くっそ……」


 隣の席の酔っぱらい共が絡んで来なければ、クロンが酒の注文をしないように監視出来たのに……。

 まあ、酔い始めた時の呂律が回らない彼女は可愛らしかったし、良しとしようか。


「あー、さみい」


 酒で温まっていたはずの体が、秋の夜風で冷まされていく。

 しかし背中の方はクロンのおかげで温かく、そして柔らかな感触が伝わって来る。

 体のラインが分かるような服を着ないから忘れがちだが、この子は意外と胸が大きい。

 

「せんぱーい……」


「な、なんだ?」


 背中の感覚に集中していたせいで、少しドキッとしながら返事をする。

 だが今のはただの寝言だったらしく、「ふへっ」と変な声が返って来るだけ。


「全く……」


 と、そんな事をしている間に建物が見えて来て、不思議と残念に感じながら中へ入る。

 二階の居住スペースへ移動した俺は、眠りこける彼女をベッドへ横にさせ、布団を掛けてやりながら。


「おやすみ」


 返事は来ないと知りながらもそう囁いた俺は、一階の事務所で少しだけ読書でもしようと階段を下る。

 魔動ランプに魔力を注いで明かりを灯した俺は、本棚に仕舞っていた一冊の本を取り出す。

 それはこの商法を導き出すのに役立った『狡猾な詐欺師たち』。

 たまたま立ち寄った本屋で出会い、興味を惹かれたのは記憶に新しい。


「……本か」


 もっと会員が増えたら金の稼ぎ方を本にして売るのもアリかもしれない。

 そんな事を考えながらバルヒェットから譲り受けたソファに腰掛ける。

 元々はギルドの商談部屋で使われていた三十万ウイスほどのソファで、古くなったから捨てようとしていたらしい。

 と、階段を降りて来る足音が聞こえ、そちらに目を向ければパジャマ姿のクロンが体を伸ばしながら事務所に入って来た。


「まーたそうやって一人で仕事してるー」


 まだ酒が残っているらしく、敬語の抜けたクロンがニヤニヤした顔でやって来る。

 

「読んでて面白いからな。一緒に読むか?」


 言いながら読もうとしていた本を開くと、彼女は嬉々とした様子で隣に座る。

 酒の臭いは微かに残っているが、それよりも普段の女の子らしい香りの方が強く感じ取れ、自然と鼓動が早くなる。

 と、彼女はバランスを崩したのかこちらへもたれ掛かり、片腕に抱き着かれるような形となる。

 どうやらブラを外して来たらしく、さっきよりも胸の柔らかさが腕に伝わり、緊張からゴクッと唾を飲む。


「せんぱーい、顔赤いですよー?」


 いつもの揶揄い口調に、俺は意を決して口を開く。


「……好きなんだから仕方ないだろ」


「そうですよねー、好きなんだから……え?」


 チラと見ればクロンは耳まで真っ赤に染めて硬直していて、脈アリと見た俺は攻勢を掛ける事にした。


「思えばずっと俺のことを支えてくれたのって、宮廷魔術師だとクロンだけだよな。好きにならない方がおかしいか」


「へ? え?」


 自己完結してしまった俺に、クロンは理解が追い付いていない様子で変な声を出す。

 しかし、俺の腕にぎゅっとしがみついたまま離れようとしないのは、やはり好意を持ってくれているからだろう。

 そう察してしまった途端、もっと言いたい気持ちが高まり、喉まで出かかっていた言葉を吐き出した。


「結婚を前提に付き合わないか? というか、金が溜まったら結婚しよう」


「……へふ」


「クロン?!」


 変な声を出したと思った瞬間、急にクロンは倒れ込みそうになり、慌てて体を支える。


「何でだよ」


 折角勇気を振り絞って告白したというのに、こいつは気絶しやがった。

 想像以上の初心な彼女に呆れを通り越して笑ってしまった俺は、その体を抱っこして二階へ運び入れ。

 いつもならまだ読書する時間だが、明日に向けて早く寝る事にした。

 ――微かな違和感をおぼえながら。

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