第4話 番の討伐

 街から徒歩で三時間、転移魔法なら十分で行ける位置にあるパンプフの森。

 そこは気の抜けた名前をしているだけあって新米冒険者が経験を積む場所として利用されている。

 ゴブリンやホーン・ラビット、スライムなどの低脅威度な魔物が多く生息している他、栽培の難しさから採取を依頼されることの多い薬草なんかも多く自生しているのである。


「誰もいないですね」


「もしいたら自殺しに来てるだけだからな」


 俺が任された今回の依頼の難易度は上から二番目に位置するAクラスだ。

 普通の冒険者は受けるどころか、そこに近付くことすら禁止されるため、ここにもしも人間がいたらそいつはまともな奴では無い事が確定だ。

 ……ただ、違和感がある点ではクロンに同意だ。

 

「……宮廷魔術師だった時もこんな場所に来て魔物狩りしてたんですか?」


「いいや、ここは初心者向けだからな。もっと遠くて魔物も強い所でぶっ放してた」


 会話をしながら音を聞こうとするが、聞こえてくるのは風に揺られる草木の音だけ。


「普段は大人しそうなのにやる事やって――」


「静かに」


 クロンの唇に指を当てて黙らせ、微かに聞こえた物音に耳を澄ませる。

 森に生息する魔物が怯えて音を立てないのはよくある事だが、肝心の暴君が静かなのはおかしい。

 ……こちらに気付いていたようだ。


「クロン、認識阻害を掛けて隠れなさい」


「はう」


 俺の指に抑えられていたせいでヘンテコな声が出てしまった彼女は、魔法を使うと即座に離れて行き。

 それを合図とするように大きな影が飛び出す。


「ガァッ!」


 カラスの鳴き声がそのまま大きくなったような声と共に現れたのは、鷲の体と獅子の体を融合させた見た目の生物――グリフィンだ。

 背中に生えた巨大な翼をはためかせ、鷲っぽい前足を見せつけて威嚇を始める。


「俺に勝てると思うか?」


「ガアアアァァァッ!」


 慣れていない人間だったら気圧されたであろう威嚇。

 しかし、一ヶ月以上もお預けを喰らっていたのもあって俺は笑みを堪え切れず、グリフィンの方が後退り始める。

 自分の足に身体強化魔法を掛け、杖に魔力を充填しながら地面を蹴る。


「【ピアッシング・スピア】!」


 杖の先端に出現した魔法陣から先端が鋭く尖った五発の光槍が飛び出して行き、回避しようとしたグリフィンの後ろ脚と臀部を貫く。

 定期的に休暇を貰えていた頃の自分だったら今の一撃で頭をぶち抜けたのだが……想像以上に体は鈍っていたらしい。


「グガァッ! ガァァッ!」


「運が良かったなぁ! お前は俺の練習台だ!」


 悲鳴とも威嚇とも分からない雄叫びを上げるデカブツに、俺は興奮を隠せないまま叫び返す。

 刹那、背中を悪寒が駆け巡り、反射的にサイドへ回避すると。


「……なるほどな?」


 さっきまで俺のいた地面には、鋭利な爪を持つ三前趾足が突き刺さり、鋭い眼光がこちらを射抜く。


「一体だけって聞いてたんだけどな……最高じゃねえか」


 逃げ腰な振りをして油断させ、パートナーに後ろからトドメを刺すなんて戦い方は、一部の賢い魔物が良くやるやり方だ。

 ……そして俺はその策略にあっさりと引っ掛かるところだった。


「もっとしっかりしねえとダメだなぁ……」


 殺気マシマシな二体を前に、俺は気持ちを入れ替えて杖に魔力を充填する。

 前まで使っていた杖よりも劣っているだけあり、そこに入る魔力の量も少なければ、展開できる魔法の種類も少ない。

 こんな大物を目の前にして以前のようにやりたい放題な戦い方が出来ないのは非常に残念だ。


「ガァッ!」


 後ろ脚で力強く地を蹴って飛び上がったオスのグリフィンは、俺の直上まで来ると鷲のような鋭い趾を前に突き出して急降下する。

 それを合図にメスも遊撃を仕掛けるような動きを見せ始め、回避したところに追撃を加えるつもりなのだと察する。

 アレで良いかと諦めた俺は急降下するオスを直前まで引き付けて。


「【トランス・ポジション】」


「「ガグァッ?!」」


 二体揃って間抜けな悲鳴を上げた。

 そんな俺が立つ場所はついさっきまでメスがウロチョロしていた場所で、振り返れば番を殺してしまったオスのグリフィンが放心した様子を見せている。


「悪いな」


 言いながら杖に魔力を注入した俺は、ハッと我を取り戻したオスに向かって光の槍を発射する。

 回避しようと動いたグリフィンだったが飛翔速度の速いそれは眼球を貫き。

 脳にまで達したらしく、断末魔も上げずに糸の切れた操り人形が如く崩れ落ちた。


「ハラハラしましたよ……スッキリしました?」


 魔法を解きながらやって来たクロンの問いに俺は首を振る。


「いや、あまり。この杖だと出来ることが少なくて面白くない」


「しょうがない人ですね、全く」


 そんな事を言うクロンだが、その顔に浮かぶ笑顔は何やら嬉しそうだ。

 不完全燃焼な気持ちが和らいだ俺は売れるものを回収すべくグリフィンの解体を始めた。

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