第3話 起業
会社の設立にはそう多くの時間は要さなかった。
もしもバルヒェットがいなければ、俺とクロンはとんでもない額の負債を抱えているため、融資はもちろん届け出も無視されたに違いない。
それにしてもここ二週間は休む暇もなく働いた事もあって疲労が溜まりに溜まっている。
宮廷魔術師として働いていた頃に比べるれば未来に希望があるだけマシなものであるが、ぶっ倒れる前に休んだ方が良いかもしれない。
「クロン、ちょっと気分転換しないか?」
「どこ行きますか? センパイの行きたいところならどこでも行きますよ?」
クロンに辛い思いをさせたくない思いから休日を取らせていたおかげか、彼女の青い眼はキラキラと輝いている気がする。
「そうだなぁ……魔物でも狩るか」
「逆に疲れませんか?」
そうは言いつつもノリノリな様子で壁に立て掛けてあった二本の杖を手に取った彼女は、片方を俺に手渡す。
ギルドから祝いとして送られて来たそれは以前まで使っていた代物に比べれば性能は高いと言えないが、そこらの魔物を蹴散らすには十分だ。
「よし、行くか」
「はい!」
ルンルンな彼女を連れ、事務所兼住宅の建物を出る。
朝日が街並みを明るく照らし出し、屋内でずっと仕事をしていた俺には眩しくて仕方がない。
「コケ生えるところでしたね?」
目元を手で覆っているのを見て、そんな事を行って来る彼女のおかげで自然と笑ってしまう。
「全くだよ。クロンがいなかったらミイラになってた」
「か、感謝する事ですね」
俺の反撃は効いたようで、クロンは艶の蘇った頬を赤く染めて目を逸らした。
抱き締めたくなる可愛らしさから来るニヤケを何とか我慢しながら冒険者で賑わう大通りに出る。
これから依頼を受けに行く者、これから依頼達成のために街を出る者、そしてそんな冒険者たちに飯を売りたい者。
「あんなやり方で稼げるかねえ……」
こんなに必死に働いている人たちでも一年で百万から二百万ウイスしか稼げないのに、それ以上の事が本当に出来るのだろうか。
「今更不安になるような事言わないで下さいよ。何のためにこの二週間頑張ったんですか」
「……負債払って国を出るため?」
「そうです。もっとまともな国で家を買って、趣味を謳歌する人生を送るんですよ。最低でも三億、出来るなら五億ウイス稼がないといけないんですからね?」
「お、おう?」
想像以上に野望を抱いていた彼女に俺は笑ってしまう。
そんな会話をしている間に目的のギルドが見え始め、入口にはガラの悪い男たちでごった返している。
そんな彼らを横目に身なりの良い冒険者たちはギルド横の裏路地に入って行く。
それに続いて俺たちも入れば、上級冒険者のみ利用できる裏口があり、そこではガタイの良いドアマンが腕を組んで立っている。
「よし、入れ。あんたらも……よし、良いぞ」
冒険者の身分を示すアイテムである冒険者カードを提示した者から入って行き、俺もカードを取り出そうと懐に手を突っ込んでいると。
「ああ、アムストロじゃねえか。マスターが呼んでたぜ?」
「分かった、ありがとう」
カードを出すよりも先にあっさりと通され、クロンが呆気にとられた顔をしながら後をついて来る。
「他の人はカード出さないとダメなのに。良いんですか?」
「国じゃないからな。顔だけでも通れることだってある」
あのドアマンは見せないと絶対に通してくれない人間だと思っていたが、とうとう顔を覚えてくれたらしい。
そんな事を考えながら中を進んで行くと、ボロい木の椅子の背もたれを抱き締めるようにしてバルヒェットが座っていた。
「よお、待ってたぜ」
「今日来るって分かってたのか?」
「そろそろ一段落付く頃だろうと思ってたからな。まあ、来なかったら俺から行ったさ」
そう言いながら立ち上がった彼は椅子を元の位置に戻し、数枚の書類を差し出して来る。
内容に目を向ければ丁度憂さ晴らしになりそうな魔物の名前があり、思わずニヤケしまいながら。
「良い物持って来たな」
「……何でそんなに楽しそうなんだよ」
「ホントですよ」
バルヒェットは呆れたように、クロンは少し怯えたようにそんな事を行って来るが、強そうな魔物の名前があったら興奮するに決まっているだろう。
そこそこ高い報酬額と発見された場所を確認した俺は頷いて見せて。
「よし、行って来る。日頃の鬱憤をぶちまけてやるさ」
「油断すんなよ? 俺でも勝てるか分からん相手だからな」
「任せろ」
バルヒェットと拳を交わした俺はクロンを連れて意気揚々と建物を出る。
「私、一緒に居て大丈夫ですか?」
「ああ、そうだな……認識阻害でも掛けて観戦してても良いし、何なら無理してついて来なくてもいい」
「一人で生かせたら死体になって帰って来そうなので一緒に行きます」
「そうか。まあ、俺が死んだらとっとと転移魔法で逃げて良いからな。その時はバルヒェットにはよろしく伝えておいてくれ」
「……死んだらよろしくも何もないです」
怒ったような、呆れたような、そんな呟きがむなしく散って行った。
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