第18話 「過去は過去。私たちは今を歩み、未来へ一歩踏み出す。」

 クルさんは三人の謎の被食者と激しい戦闘を始めた。辺りには金属が打ち合う音が鳴り響く。それを背に、ステラとナコちゃんは巨獣の親子のもとへ走っていた。



 「…!ステラさん、あれ!」



 ナコちゃんの指さす方向を見ると、三人の被食者が二人と並走していた。



 「少し先を越されそうね…ナコ、ノラネコを出しなさい!少しでいい、足止めを頼むわ!」


 「はい!…ノラネコちゃん、お願い!」



 ナコちゃんはノラネコを投げた。瞬く間に変形したノラネコは凄まじいスピードで連中の懐に襲い掛かった。



 「なっ、なんだこいつ!」


 (よし、今のうちに、早くあいつらの元へ…!今あいつに闘わせるわけにはいかない…これ以上動いたら傷が悪化するかも…)



 ステラは巨獣目掛けて走り出した。しかしあと一歩というところで、連中の一人である黒ずくめの男が背後から斬りかかってきた。ステラは間一髪降星で刃を受け止めた。



 「行かせるか!」


 「それはこっちのセリフよ!あんたたちこそ、行かせるわけにはいかないわ!…あんたたち!ここは私が何とかするから、早く逃げなさい!」



 ステラは巨獣に向かって逃げるよう促したが、巨獣は頑なにそこを動こうとしなかった。そもそも本来ならとっくに戦うなり逃げるなりしていてもおかしくない。傷が痛むのか、そうは思えないが…


 「ちっ、しょうがないわね!じゃあ、下がってなさい!こんな奴、私の降星にかかれば塵に等しいわ!」



 ステラはじっとして動かない巨獣の親子を背に銃を構えた。黒ずくめの男もそれに合わせて刀を構える。数秒の沈黙の後、先に動いたのは黒ずくめの男だった。男は常人とは思えない速度でステラの首元に刃をふるった。ステラは身をよじり何とか攻撃をかわしたが、頬にわずかながら傷がついた。



 (こいつ…本当に被食者!?速すぎて避けきれない…)



 ステラは後ろに下がり、出来るだけ距離を取りながら降星を撃ち続けた。しかし男のスピードはあまりに速く、ことごとく弾丸をかわされてしまう。



 「…遅い…お前の攻撃はとにかく遅い。…もういい、鬱陶しい、どけ。」


 「誰がどくか!避けられてしまうのなら、避ける場所も潰すまで!」



 男が斬りかかる体勢に入ったのを見て、ステラは即座に銃の横にあるオーバードライブトリガーを引いた。



 「一撃で仕留める…!」


 「…降星コウセイ限界超過オーバーリミット夢幻天影ムゲンテンエイ!」



 男が足を動かした瞬間、ステラは引き金を思いきり引いた。前方広範囲に広がった弾丸の幕は一瞬にして男の目の前を埋め尽くした。…念のため言っておくが、皇珠が言っていたように、夢幻天影は本来斜め上に向けて撃つものである。正面に撃ってしまえば、その反動により後ろに吹き飛ばされてしまうとともに、広範囲の攻撃であるが故仲間を巻き込んでしまう可能性もあるのだ。しかしその分強力であることも確かだ。これはさすがに仕留めたと、ステラは確信していた。しかし…



 「…なんで…どうやって…!?」



 砂煙が晴れた時、そこにあったのはすべての弾丸を弾き飛ばし、無傷で立っている男の姿だった。



 「今のはなかなか面白かった。本当に邪魔な奴だ…俺も本気を出すとしよう…」



 再び斬りかかってこようとする男に、ステラは降星を構えた。しかし、引き金を引く隙も無く、男は今まで以上のスピードで一気に距離を詰めてきた。



 「!?…まずい!」



 もはやこれまでかと思われたが、安心してほしい。神は彼女に味方したようだ。なぜなら…



 「私が来た!」



 突然天から雷の如き一撃が男へ降りかかってきた。その一撃は間一髪で男をステラの首元から吹き飛ばした。



 「…来たのは俺だ、ナミカ。…待たせて悪かった、ステラ。怪我はないか。」


 「うっ、うん…っていうか、あんたたち遅すぎよ!危うく死ぬところだったじゃない!まっ、まぁ?一応お礼は言っておかなくもないけど…」



 ステラはいつも通り素直になれない。ツンデレかよ。…ツンデレか。そんな二人の背後で、黒ずくめの男は困惑した表情を浮かべていた。



 「…なんなんだ…急に、何が…?」


 「さてと、状況確認は後だ。ナミカ、この場は任せていいか?もっとやばそうな状況にある奴を見つけた。」


 「わかった。任せて。」


 「よし、急がないと…」



 エレグラが走り出そうとした瞬間、後ろから小さな手が伸びた。エレグラが振り返ると、そこにはナコちゃんがエレグラの裾を軽く引っ張っていた。



 「あの、私も行きます。クルさんのところですよね。ちょうど邪魔者はノラネコちゃんが片付け終わったので。」


 「ナコ…分かった。付いてこい。」



 そうしてエレグラとナコちゃんはクルさんの元へ走り出した。



 「クル!」


 「エレグラ!?それにナコも。ってことは、そっちは何とかなったんだな。」


 「ああ。間一髪だったが、俺が参入して一応戦況はこちらに傾いたといえるだろう。今はナミカに引き継いでもらっているから問題ない。」


 「そうか、ならよかった。それはそうとして、暇してるならこっちを手伝ってくれないか。」


 「ああ。そのために来た。」



 エレグラとナコちゃんはクルさんの目線の先を見た。そこには三人の被食者が銃を構えて立っている。状況から見て恐らくクルさんはかなり押されているのだろう。



 「何人雑魚が増えようと雑魚は雑魚さ。とっとと死にな。」


 「それはどうかな。この二人は俺なんかよりも三、四倍は強いぞ。」


 「お前よりも強い?三、四倍?悪いがその程度じゃ俺らには敵わねぇなぁ!」



 連中は自信に満ちた表情で一斉に銃を乱射してきた。しかし我らがエレグラとナコちゃん(ノラネコ)は彼らの想像のはるか上を行く存在だ。ナコちゃんがノラネコを繰り出し飛んでくる銃弾をすべて防ぐと、その後ろからエレグラが飛びあがり、凄まじい速さの斬撃を浴びせた。



 「馬鹿が、三、四倍だと?俺らはクルの三十倍は強い。」



 斬撃は一瞬にして連中の全身を切り刻んだ。もはや人間業とは思えない。これが捕食者の力なのか。



 「…動かなくなってしまいましたね。もっ、もしかしてやりすぎてしまいましたか!?」


 「ちょっと待て、今確認する。」



 エレグラは連中の手首に指を当てた。全員まだ脈はあるようだ。



 「はぁ、よかったです。殺してしまうと情報が聞き出せませんから。」


 「なぁ、それよりエレグラ。さっきお前、お前らが俺の三十倍強いとかなんだとか、ぬかしてくれてたよなぁ。」



 クルさんはむすっとした表情でエレグラの方を見た。エレグラは表情一つ変えず軽く受け流す。



 「ああ、事実だろう。」


 「……んのやろーーーーーー!!」



 とまぁひと悶着あったわけだが、やることを終えた私とステラが間に入り、このことは収まった。



 「…それで、ナミカ達の方は、どうなった。三人とも引きずってきたみたいだが、殺したのか?」


 「さすがにしないよ。気絶させてるだけ。じきに目を覚ますよ。」



 私の言葉通り、私とステラが引きずってきた三人、もといクルさんと交戦していた三人はすぐに目を覚ました。



 「…ここは…まだ洞窟か。俺たち、生かされたのか…?」


 「目を覚ましたようだな。お前たちには聞きたいことが山ほどある。抵抗すれば今度こそ殺すぞ。」



 エレグラが連中に刀を突きつけながら言う。



 「わっ、わかった。というより、もう抵抗できるような体力は残ってない。」



 赤いバンダナを頭に巻いた男が怯えながら両手を上にあげると、他の者も一斉に両手を挙げた。



「…では一つずつ聞いていく。まず、お前らはどこの誰だ。」


「俺たちはここより北のコノマ集落の人間だ。俺はラッカル、あっちの青い服の男はタルマ、髪が長い金髪の女はラムナ、坊主頭の男はグージュ、銀髪の女はグルーレ、そしてあの黒ずくめの怪しい男はクマランズだ。」


「そうか。まぁそんなことは特に重要ではない。本当に聞きたいのは、お前たちはなぜそんな大金が欲しいんだ?ということだ。被食者社会では現金での取引はさほど必要性がないはずだが。」



それを聞いた連中はしばらく互いに見つめ合ったのち、顔をしかめながら言った。



「ああ、確かに、俺らの生活自体に金が必要なわけではない。俺たちもやむ負えなかったんだ。全部あいつのせいだ。あいつのせいで俺たちは…」


「あいつ?誰だ。」


「…アヴァロン、突如として俺たちの集落に現れた捕食者だ。俺たちは何とかして食われまいと抵抗した。しかしこの世の者とは思えない強さで蹂躙されてしまった。俺たちはもうこれまでかと思ったが、意外なことに奴の目的は捕食ではなかったんだ。集落を蹂躙しつくした後、あいつが俺たちに要求してきたものはなんと金目のものだった。俺たちがそんなものはないと言うと、なければ作ればいいだろうと言い、俺たちに捕食者の物価で百万円分の価値のあるものを一週間以内に用意しろと言ったんだ。そして集落の子供たちを人質にとって集落の大倉庫に立てこもった。もし一週間以内に用意できなければ子供たちを皆殺しにすると言ってな。」


「…アヴァロン…エレグラ、聞いたことある?」


「あるわけないだろう。…いやしかし、いくら捕食者とはいえ、こいつらレベルのやつらが大勢いるであろう集落を一人で蹂躙したとなると、相当な実力者のはずだ。幹部の側近くらいの立ち位置にいてもおかしくはないはずなのだが…」


「あの時俺たちがもっとしっかりしていればこんな風には…」


「…後悔したってしょうがないわよ。過去は過去。私たちは今を歩み、未来へ一歩踏み出す。昔、失敗してくよくよしていた私にお姉ちゃんが言ってくれた言葉。やってしまったものはしょうがない。今は現状を打開する方法を考えるのよ。」



ステラは後悔するコノマ組を自分と重ね合わせるようにして言った。



「…クルさん、この人たち、やっぱりなんだか可哀想になってきました。」


「でもだからってあの巨獣たちをやすやすと引き渡すわけにはいかない。ましてや捕食者ともなるとな。まともな扱いをしてくれるかわからないぞ。…あ、そういえば、巨獣たちはどうなった。」


「まだ動かないよ。さっきからずっとあんな感じ。」



私が視線を移すと、そこにはまだ巨獣が子供たちを守りながら岩のようにどっしりと構えていた。無気力な眼で、ずっと遠くの方を見つめている。



「…ナミカ、私行ってくる。」


「えっ!?ステラ、ちょっと!?」



ステラは急に立ち上がると、巨獣の方へ走って行ってしまった。



 「はぁ、はぁ、ねぇあんた。ずっとここで何してるの?ここがあなたの住処なの?なんであの時逃げなかったの?」



 ステラはサングラスを外し、優しい目で問いかける。こんな目は私たちにさえ見せてくれなかった。巨獣はそんなステラの眼をじっと見つめたのち、視線をそらしたかと思うとその重そうな腰をゆっくりと上げた。



 「…動いた…なっ、何?どうしたの?」



 ステラは巨獣が座っていたところをそっと覗き込んだ。するとそこには、全身傷だらけのうりぼうが苦しそうな表情で横たわっていた。



 「!?もしかしてあなた、この子を守るために、ずっとここから動かなかったの?…ひどい怪我…待ってて、今治療するから。」



 ステラは近くから野草を集め始めた。



 「…あった、オトギリソウ。これを擦りつぶせば…よし、出来た。」



 ステラは手のひらにオトギリソウを擦りつぶしたものを乗せてうりぼうの元へ歩み寄った。巨獣も意図を察したのか、静かに見守っている。



 「…ちょっとごめんね…オトギリソウはね、生でもんだものは傷薬になるの。ここに来た時目に入ってたんだよね。お母さんもほら、怪我してるでしょ?応急処置だけど、何もしないよりかはいいはず。消毒とかできなくてごめんね。」



 ステラは優しく巨獣やうりぼうの傷口に塗り込んだ。すぐに効き目が出てくるわけではないが、ある程度これでマシになったことだろう。



 「よし、もう大丈夫。でも、まだ下手に動いちゃだめなんだからね。それじゃ私はもう行くわ。」



 ステラがその場を立ち去ろうとしたとき、巨獣は何かをステラに投げつけた。



 「ん?なにこれ、くれるの?」



 それは青く輝く不思議な宝石だった。なぜこんなものがここにあるのかは疑問だが、ステラはそれをポケットにしまい私たちの元へ走った。



 「ありがとう。大切にするわ。」



 そのころ私たちは、アヴァロンと自称する謎の捕食者についての議論を重ねていた。



 「だから、この捕食者はエレグラが知らないだけで、どこかの幹部の側近なんじゃないか?」


 「いや、そういう情報は案外庶民にまで広く知れ渡っている。俺は…かなり多くの捕食者と関わりを持ってきたから、知らないはずがない。」


 「みんな、お待たせ。」


 「ステラ。治療してたみたいだけど、どう?大丈夫だった?」


 「うん。一応応急処置はしておいたから、大丈夫なはず。それより、変わった石をあいつがくれたの。見てちょうだい。」



 ステラは巨獣がくれた青い宝石を私たちに見せた。その宝石が与える印象は美しい輝きというよりかは、まるで深海のような引きずり込まれそうな深みである。あまりにも異質な宝石に全員が視界を搾り取られるように見入ってしまった。



 「…これは…なんだ…?価値のあるものなのか?」


 「…!そうだ、これをアヴァロンに差し出せば!」



 坊主頭の男、グージュが目を輝かせて言った。



 「それは駄目だ。…根拠はないが、駄目な気がするんだ。この石からは普通の気配はしない。万が一天虎に悪用されてしまえば、取り返しがつかない。」



 楽観的なグージュに対して、エレグラは逆に緊張感を高めていた。この石に特別な力が宿っているというのは考えすぎな気もするが。



 「とりあえずこの話は後にしよう。今はコノマ集落の問題を解決しなきゃ。」


 「ナミカの言うとおりだ。…現状、この問題を解決するには、元凶であるアヴァロンを始末する他ないだろうな。」


 「でも、どうやって…」


 「だから作戦を立てる。コノマ組、アヴァロンと戦ったとき、奴はどんな技を使っていた?」


 「えっと確か…そうだ、なんか異様にでかい銃火器を持ってたな。弾速もめちゃくちゃ速いんだ。」


 「レールガンか…となると、使う殺傷術は『金』属性のはず。金属性は一発一発が重たい攻撃だ。何とか攻撃を受けないようにしないとだな。」


 「…なんかわかんねぇけど、相手の情報が分かるんだったらこうはしていられねぇ。早く集落に戻らねぇと。」


 「わかった。その代わり、細心の注意を払って攻撃を仕掛けることだ。」


 「…うん、行こう。でもその前に、アマノ集落の人たちに一言挨拶をしていかなきゃだね。」



 私たちはアヴァロンとの戦いの前にアマノ集落の村民に別れを告げることにした。集落に戻ると、そこには集落を離れた時と変わらぬ様子で村民たちが会話をしていた。私たちが声をかけると相変わらずの対応をされたが、以前よりも幾分か敵意が減ったような気がする。



 「…それじゃ、私たちはもう行くよ。」


 「ああ、二度と来るんじゃねぇ。」


 「うん、多分もう来ることはないかな。」



 最後の最後まで微妙な空気のまま私たちは別れた。これから私たちは、正体不明の捕食者との戦いに臨む。この集落に悔いが残らなかったと言えば嘘になるが、それはステラが最も感じていることなのだ。ふと横を見ると、ステラはこれ以上ないまでにすがすがしい顔で前を向いて歩いていた。



 (過去は過去。私たちは今を歩み、未来に一歩踏み出す…か。そうだね、私たちにはまだやるべきことがあるもの。)

           

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