第17話 山の神と呼ばれた巨獣

 アマノ集落を去ろうとしたとき、山の上から巨大なイノシシのような姿をした怪物が駆け下りてきた。



 「…ついに来てしまった…きっとこの忌み子のせいだ。山の神を怒らせてしまったのだ。」


 「違うから。…で、あれなんなの?」


 「山の神だ。この山に古くから住み着いている巨獣さ。」



 よく見てみると山の神の言われるわけがよくわかる。体を覆う黒い毛、私の背丈ほどはあろうかという長い牙、近くの小屋と比べてもその数倍はあろうかという巨体、見た目は完全に猪なのだがとにかく規格外の大きさである。



 「さすがにこれは骨が折れるな…」


 「やるしかないよクルさん。レバルディを倒した私たちならきっとできる。」



 巨獣がこちらへ降りてきたタイミングで私たちは武器を構えた。いざ対峙してみるとその威圧感がより一層感じられる。巨獣はこちらを一瞬睨んだかと思うと、次の瞬間一目散にこちらへ突進してきた。



 「…!来るぞ!」


 「任せて!雷壁!」



 私は正面に電気の壁を展開した。巨獣は一瞬ひるんだような様子を見せたが、ほとんど効果はないようで変わらず暴れ続けている。



 「お前…人間でさえもまともに仕留められないような神器であれに効くわけがないだろ。」


 「まぁ、そっか、そうだよねー」


 「ここは俺たちに任せておけ。」



 そう言ってエレグラとクルさんは神器を構えた。



 「連携行くぞ、クル。」


 「了解、エレグラ。なんとなくやることはわかるぞ。」



 次の瞬間クルさんは王剣を投げるように振りながら巨獣に突撃した。いつも通りの雑な強行突破である。しかし今回は違う。今回ばかりはこれでいい。巨獣の意識がクルさんに向いているうちにエレグラは凄まじい速さで巨獣の後方へと回り込んだ。



 「…獲った!神影爪じんえいそう!」



 高く飛び上がったエレグラは巨獣の首元に神爪刀シンソウサーベル特有の三枚の刃を振りかざした。しかしエレグラのこの一撃をもってしても巨獣の首は斬れるばかりか傷一つついていない。



 「何!?」


 「グオァーーーーー!」


 「しまった!かえって刺激してしまったか!エレグラ!避けろ!」



 次の瞬間、巨獣は突然暴れだしたかと思うと背中でエレグラを突き飛ばし、集落の方へと走り出した。



 「…!あいつ、集落の方に!」


 「まずいねクルさん…私はエレグラの手当てをするから、クルさんはナコちゃんとステラ引き連れて先に行ってくれない?」


 「わかった。あとで絶対来いよ!」



 クルさんは二人を引き連れ巨獣の後を追った。



 「…あの、クルさん、追うのはいいんですけど、私たちだけであれをどうするんですか?」


 「どうこうできるようなものでもない。でもせめて、ここから別の場所に誘導できれば!」



 巨獣は道に生えている木々をなぎ倒しながら集落の奥へ奥へと突進していく。圧倒的な迫力に圧倒されていた一同だったが、そんな中クルさんは巨獣にある違和感を感じていた。



 「あっ!あいつ、今度は右に!クル、あんたなんとかしなさいよ!」


 「無茶言うな!(…しかしなんだ…?違和感?巨獣が曲がるとき、一瞬その場に立ち止まったような…それに匂いを嗅いでいるような動作もしていた…あの行為には何か意味があるのか?…まさか、目の前が見えていなかった…?だとするとあの匂いを嗅ぐような動作は、目の代わりに匂いで判断していたということになる。)」


 「クル、何ぼーっとしてるの!もっと速く走って!」


 「あっ、ああ。だが、走りながら聞いてほしいことがある。あいつについて分かったことがある。」


 「本当ですか!?それって…!」


 「あいつ、多分目が見えてないんだ。それでにおいを頼りに行動している可能性が高い。」


 「目が見えてない?ほんとに?だとすれば、あいつは今何の匂いを頼りに、どこへ向かってるのよ!」


 「わからない。でも確実に言えるのは、あいつは集落が目的じゃないってことだ。何かの匂いを嗅ぎつけてこの集落を通り道にしただけだと思う。」


 「追ってみましょう。敵意がないとわかった以上、攻撃の必要はありません。」



 一同が巨獣を追っていった先は、かなり大きな洞窟であった。ステラが言うには、このような洞窟は今に至るまで見たこともなかったそうだ。



 「…中に入ってみたが、予想以上の広さだな…あの巨獣が入れるくらいの広さと考えると、この先も同じくらい広い空間が続いているのだろう…」


 「あの巨獣、見失っちゃいましたね…早く追わないと…」


 「ああ。」



 さらに奥へと進んでいくと、動物が作り上げたものと思われる枝の山がいくつも見つかった。



 「巨獣の痕跡か?」


 「枝の量から見て、そうみたいね。小屋みたいになってるけど…ん?待って、…この木、楓の木よ。おかしいわね、集落側に楓の木はないはずなのに。楓の群生地は確か集落の裏山の向こう側よ。」


 「本来あるはずのない楓の木がこんなに…とにかく、先を急ごう。何か手掛かりがあるかもしれない。」



 一同はさらに奥へと進んでいく。そして数分ほど歩いた時、驚くべき光景を発見したのだ。



 「何これ…」


 「壮観ですね…」



 そこには、地上につながる巨大な穴と共に、生き生きとした草花、そしてこれでもかというほどに生い茂る楓の木があった。



 「なるほどな。地上につながる空間があるのなら、これだけの楓の木があっても不思議じゃない。」


 「…あ、あそこ。あいつがいるわよ。」


 ステラが指さす方には、例の巨獣がどっしりと構え、そしてすぐそばに小さな、と言っても通常の五倍はありそうなうりぼうが巨獣の方をじっと見つめていた。


 「うりぼうもいるな…あいつの子供か?」


 「何かに怯えているようです。どうしますか?」


 「どうするって…俺らが介入するような問題じゃないだろ。もう戦う必要がないなら、さっさと退散するしか…」


 「待って!」



 クルさんが引き返そうとしたとき、それをステラが引き留めた。



 「ん?どうしたんだ?」


 「あれを見て…あいつ、さっきまで全然気が付かなかったけど、腹部にかなり深い傷を負ってる…あれ、放っておいたら命に係わるわよ。」


 「どうしてあんな傷を…あいつ、あんな体で子供のために…でも収穫もなしになんで戻ってきたんだ?」


 「わからない…とりあえず、なんか急に良心が働いてきたから助けに行ってくるわ。」


 「おい待て!危険だ!」


 ステラはクルさんの忠告を無視して巨獣の方へ行ってしまった。


 「ねぇ!あんた、ケガしてるじゃない。治療してあげるから、こっちに来て!」



 ステラが巨獣へ声をかけると、巨獣はステラを黄金がはまったような金色の眼で睨んだ。そして一瞬静止したかと思うと次の瞬間、地を震わすような咆哮と共に巨獣はステラ目掛けて突進した。



 「ステラさん!」


 「こいつ……落ち着いて!私はあなたを助けたいだけなの、敵意はない!」



 ステラは必死に呼びかけるが、人間の言葉が通じるはずもなく、巨獣は暴れ続けた。しかししばらく経ったとき、巨獣は突然攻撃をやめた。そして後ろを向くと、地上の方を見上げて一点を見つめながら、唸り声を上げ始めたのだ。



 「なっ、何?どうしたっていうのよ…」



 一同は同じく空を見上げた。するとしばらくしてから、洞窟を覆い隠すように巨大な飛行艇が上空に現れ、中から何人かの人がロープのようなものを伝って降りてきた。



 「やっと見つけた…さぁ、今度こそ…って、なんだこいつら。もしかして先客か?悪いがこいつらは俺らの…」


 「あんたたち…何するつもり…?」


 「あ?…なんだ、関係ないのか。ただこのうりぼうどもを捕獲して売り払うだけだ。分かったらさっさとどきな。」


 「どけるわけないですよ。」



 ナコちゃんが前に出た。



 「なんだお前。」


 「あなたたちが何者であろうと、あの子たちから自由を奪うことは許されないことです。あの巨獣の傷、どこで付いたものなのかと疑問に思っていましたが、もしかしてあなたたちがやったのですか?」


 「そうだろうな。大人しく子供を引き渡さないあいつが悪いんだ。自由を奪うことは駄目だのなんだの言うが、そんな綺麗ごとが通用するんならこんな世界になってないんだよ。」


 「綺麗ごとかもしれません。でも、私利私欲のためにあの子たちを渡すことはできません!」


 「ほう、言ってくれるじゃないか。なら力づくで教えてやるまでだ。」


 「お前たち気をつけろ。戦いになるかもしれん。」



 クルさんは剣の柄に手を掛けた。ステラも降星を取り出し、ナコちゃんはノラネコを投げようとする。



 「あっちの獣どもも逃がすなよ。何人か向こうに行け!」


 「…ステラ、ナコ、ここは俺だけで大丈夫だ。お前らは巨獣の元へ行け!」


 「…わかった。気を付けてよね。見た感じ捕食者ではなさそうだけど。」



 ステラとナコちゃんが巨獣の元へと向かったことを確認すると、クルさんは三人の被食者に剣を向けた。



 「さぁ、こっちはこっちでやろうか。力づくで教えられるのは、お前らの方だ!」








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る