第10話 轟音、強襲 1

 そろそろ私も眠くなってきた。病室を出ようとすると、背後からか細い声が聞こえてきた。



 「あの子、意外とかわいいところあるじゃん。」


 「皇珠?起きてたの?」


 「うん、もう数時間も前から。面白そうだったからずっと寝ているふりをしていたの。ところで、さっきあの子、私に、起きているなら聴いてほしいみたいなことを言ってたけど、私の予想だと、まさか本当に起きているなんて思ってなかったんじゃないかな。私が起きてたってことを話したらあの子きっと顔を赤らめて部屋に引きこもっちゃうから、このことは秘密にしておいてね。」


 「あ、うん。分かった。ところで、体調はどう?」


 「まだ万全ってわけではないけど、そこそこよくなってきたかも。すぐに復帰できるから、心配しないで。」



 皇珠は笑顔を浮かべるが、その表情にはやはり無理をしているようなところがある。



 「無理はしないで。こっちは大丈夫だから。それと…その、ごめん。私たちが足手まといだったせいで、こんな風に…そもそも皇珠の忠告を聞いていれば。」


 「そんな!…謝らないで!…確かに、後ろにあなたたちがいたから、影響を考慮して限界超過オーバーリミットを発動できなかったって言うのはあるかもしれないけど、あなたたちは確かに私たちを助けようとしてくれていた。それに、ここであのような敵に遭遇することを想定していなかったのは私。自業自得なのは私の方。」


 「そんな風に言わないで。皇珠は自分の役目を十分に果たした。何も考えずに、今はゆっくり休んで。」



 皇珠はまだ何か言いたげな表情だったが、私は背を向けて病室を後にした。彼女は悪くない。私たちが悪いのだ。何も考える必要はないのだ。


 その後、部屋に戻ろうと、部屋のドアの前まで来た。しかし何かが変だ。ドアの隙間から何やら風のようなものを感じる。拠点を変えるという話はなかったはずだ。それに中から何かの気配がする。私は恐る恐るドアを開けてみる。すると中には見覚えのない男が待ちくたびれた様子で立っていた。



 「だっ、誰!?どうやって!」



 ふと窓に目をやると、窓は開いており、外には地上につながっていそうな穴が開いていた。



 「あなたですよね。グレイを殺したという被食者は。『ミス・ナミカ』。」


 「なんで私のこと…!あなた一体…虎の刺青…捕食者!?掘ってきたの?地上からここまで、しかも私の部屋の窓に正確に!?」


 「いかにも、私は捕食者。レバルディと申します。あの図々しい私の同僚の部下を殺してくれたことは称賛に値しますが、上の命令でして、何と言ったか、危険な芽は早いうちに摘んでおくように、でしたかね。主犯であるあなたを通して被食者勢力へ予告です。本日の早朝、天虎幹部五位、このレバルディ率いる軍勢が被食者を蹂躙する!…あ、それと、裏切り者には注意してくださいね。これは私個人からの忠告です。…では。」


 「待って…!」



 それだけ言って、レバルディと名乗る男はものすごい速さで窓の外の穴に吸い込まれるように消えていった。…私はひとまず窓を閉めた。天虎幹部五位…本当なのだろうか。そうだとすればグレイとは比較にならない強さのはずだ。そして裏切り者…何の話だ。私たちの中に裏切り者がいるかのような発言だったが。



 「早くみんなに知らせなきゃ。皇珠はダウン中だし、とりあえず想一郎さんに、…えっと部屋は確か…ここだ、105号室。」



 私は足早に想一郎さんの部屋へと向かった。



 「想一郎さん!いますか、緊急事態なんです!」



 私は部屋の前に着くなり、周りの迷惑などお構いなしに力いっぱい何度もドアを叩きながら叫んだ。しばらく続けていると、無気力な様子の想一郎さんが目をこすりながら出てきた。



 「はい、誰でしょう。…ナミカさんでしたか。こんな夜中にどうされました。出来れば手短に…」


 「どうしたもこうしたもないんです!緊急事態なんですよ!さっき私が…まぁ、いろいろあって部屋を出てたんですけど、戻ってみたら、捕食者、それも天虎の幹部だっていう男が窓の外から穴を掘って入り込んでいて、今日の早朝軍を率いてここを襲撃するって!」



 私が事情を説明すると、想一郎さんは今まで細かった目を大きく見開いた。



 「それは本当ですか!?…いえ、ですがあり得ません。この場所はだれにも見つけることのできない森の中、しかもエレベーター以外の場所から侵入した場合警報が鳴るようになっています。」


 「でも、私確かに見たんです。夢でも幻覚でもない、あれは紛れもない本物です!」


 「…そうですか、わかりました。あなたを信じましょう。して、その捕食者は、名前は名乗っていましたか?」


 「確か、レバルディって。幹部五位だそうです。」


 「レバルディ…すみません。私では知識不足です。確か、エレグラさんは捕食者でしたね。彼なら何か知っているかもしれません。」


 「はい、行きましょう。」



 私たちはエレグラの元へと向かった。ふと廊下の掛け時計を見ると、時刻は午前四時を指していた。夜明けが近い。急がなければ取り返しのつかないことになってしまう。



 「エレグラ!」



 ここに関してはノックなどしない。私は部屋に着くなりドアを乱雑に開けた。



 「…何なんだ。ってか、なんで想一郎さんまでいるんだ?」


 「エレグラさん、突然すみません。レバルディという男の名を、聞いたことがありますか?」


 「それって、五人いる天虎幹部の末席じゃないですか。なんでそいつの話が出てくるんですか。」


 「実は…」



 想一郎さんは私が話した内容を丁寧に話した。



 「そんなっ!いくら五位でも、グレイと比べても比較にならない強さだ。そんな奴が、単独ならまだしも軍を引き連れて来るとなると…まずいな。とにかく今すぐにでも準備をする必要がある。」


 「…それと、さっき想一郎さんに言ってなかったことがあるの。」


 「何です?」


 「あいつ、こうも言ってた。裏切り者には注意しろって、まるで私たちの中に裏切り者がいるかのような発言だった。」


 「いや、そのままの意味だろう。俺たちの中に裏切り者がいるんだ。それならば、本来見つかるはずもないこの箱舟を見つけ、ここのセキュリティーシステムを突破できたことにも辻褄が合う。レバルディは九州南部を拠点に活動している幹部だ。本州からの追手とも考えにくい。でもこれは罠だって可能性もある。あいつが何らかの情報を収集する手段を持っているのだとすればこれも辻褄が合わないことはない。…とにかく、これは決して公にはするな。少なくとも今は。味方同士の疑心暗鬼は、連携を取る戦略にとって大きな弊害となるからな。想一郎さん、今すぐエントランスに箱舟のメンバーを集結させましょう。即興でいい。作戦を立てます。今から紙にレバルディの軍と戦う際の重要なポイントをまとめておきますね。」



 エレグラは私の手が二つほど入りそうなサイズの紙を取り出し、すらすらと文字を書き並べ始めた。



 「…よし、書けた。」


 「こ、高級品の価値が、一瞬で…」


 「何を言ってんだ。ただの紙だ。…想一郎さん、どうぞ。」


 「はい、いただきます。」


 「ちょっと待ってよ!たくさんあるなら一枚くらい!」


 「そこの棚にある。何枚でも取って行け。」


 「やったー!ふへへ、これだけの紙、しかも見たことないくらい精密…これをどこかの集落にもっていけば数か月は満足に食っていける。」



 そう、製紙技術が廃れてしまった被食者社会において、紙はとても貴重なものなのである。エレグラがこれだけの紙を持っていたことを考えると、恐らくここでは紙の大量生産技術が確立されているのだろう。私は手に持てるだけの紙を抱え、自分の部屋に運び終えると、急いでエントランスへと向かった。



 「これより、緊急会議を開始する!」



 想一郎さんの号令で、緊急会議が開始された。現在時刻は四時十分、少なくとも五時までには各配置についておかなければいけない。この会議はおよそ三十分間行われる予定だ。まず最初に、昨日皇珠がグレイによって重傷を負った件、新しくステラが仲間に加わった件、そして、捕食者の襲撃の件が事細かに説明された。皇珠の件や襲撃の件については、当然ざわめきが起こっていたのだが、それ以上に人々が動揺を隠せていなかったのはステラの存在である。ステラに対しては、思っていたように様々な視線が向けられた。ステラの美貌に魅了されるものもいれば、奇異なものとして冷ややかな目を向けるものもいた。ステラは普段のように、「よろしく」と一言、堂々と挨拶をしたが、それに対してパラパラと不規則な拍手が飛び交う。ステラはどこか遠い目をしていた。


 次に、想一郎さんはエレグラから得た敵の情報を独自チームが外部より入手した情報として公開した。エレグラから得た情報はこうだ。レバルディは耳が良い。そして音に関係する攻撃を広範囲に行う。レバルディの軍は短期決戦に特化しており、一人一人の単純な力がずば抜けて高い。そして最も重要な情報、敵の弱点。レバルディの軍は攻めで押し切ることを前提に行動するため、敵の攻撃に対する防御手段を持ち合わせていない。これをもとに先ほど即興で作戦を立てたそうだ。一瞬で作戦を思いつくあたり、想一郎さんもなかなかのやり手軍師なのだろう、と思っていたのだが、作戦に関してはいたってシンプルだった。想一郎さんは一言、「やられる前にやれ。」とのことだった。その後は特に変わったことはなく配置を伝えられた。私たちは最上階から奇襲を仕掛ける役割だ。下には第一番隊、第三番隊、第六番隊、第七番隊が、敵を引き付ける役割で構えている。時刻を見ると、間もなく五時になろうとしていた。



 「もうすぐ日の出の時間だ…来る!」



 …五時十五分、箱舟は沈黙に包まれていた。…そしてその時は突然訪れた。


 ブオオオオオーーーーーン!!!!!!


 天井から突然サイレンのような、耳が壊れそうになるような音が辺り一面に響き渡った。



 「これは…!」


 「総員気をつけろ!事が起きたようだ!」



 第五番隊、私たちの隊長であるコルフィン隊長が叫んだ。次の瞬間上から下にかけて大きくひびが駆け巡り、すべての照明が消えると同時に天井が砕け、淡い日光と共にレバルディとその軍勢が降り注いできた。



 「エレグラ…」


 「何も心配することはない。面白くなってきた、くらいに思っておけ。」



 レバルディは私と最初に会った時と同じような、見下すような表情を浮かべている。


 …圧倒的格上の相手…今ここに、箱舟史上最大級の攻防戦が始まる。

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