第8話 純白の少女と強敵

 「…待って!…何か、いる。人…なのかな…?」



 そこには確かに、遠くからではあるが人らしき姿が見えた。ただ、それは人間と呼ぶにはあまりにも私たちの固定概念からかけ離れた姿をしていた。純白の長い髪、純白の肌、純白の服、まるで空間にぽっかりと空白が開いているかのようである。恐る恐るその白い何かに近づいてみると、やはり人間の少女のようであった。彼女はサングラスをしていた。色素が弱いせいで日光から目を保護する必要があるのだろうか。歳はちょうど私と同じくらいと見える。彼女は木陰にひっそりと、何かをするわけでもなくじっとしている。ただ表情から、何かにおびえていることだけはわかった。



 「あの、…こんなところでどうしたの?」



 私が勇気を出して話しかけてみると、彼女は聞いたこともないような悲鳴を上げた。



 「あghskhふぁfjfひいぇーーーーー!!」


 「うわぁ!こっちがびっくりするんだけど!?」


 「どっどうした!?」



 私が彼女の予想外の悲鳴にあたふたしていると、悲鳴を聞きつけたエレグラとナコちゃん、そして皇珠が駆けつけてきた。



 「どっ…どういう状況なんだ?こいつは…人間で…いいんだよな?」


 「なっ、なんだか、とても綺麗です。天使か女神様を見ているみたいな…。」


 「とても美しい方ね。…コホン、ゆっくりでいいからお話ししてくださいますか?」



 しばらく経つと、少女も落ち着いたようで、ゆっくりと話し始めた。



 「あ、…きゅ、急に取り乱して…悪かったわ。私はステラ=リゲル。ステラって呼んで。このあたりの集落で仲間たちと暮らしていた被食者だよ。」


 「よろしく、ステラ。私はナミカ、こっちの神々しいのは皇珠護天、それからこの男はエレグラ、ちっちゃいのはナコちゃんだよ。」


 「ちっちゃいは余計ですよ。ナミカさん…。」


「ごめんごめん。…ところで、暮らしていたって、どういうこと?襲撃にでもあったの?」



 私が何気なく質問を投げかけると、ステラは急に黙り込んでしまった。しばらくの沈黙の後、彼女はうつむきつつも、ゆっくりと話し始めた。



 「…そもそも、私が何でこんなところにいたのか、わかる?」


 「捕食者に追われてたんじゃないの?」


 「違うわよ。私は…捕食者なんかよりもずっと、同族の方が怖い。みんな私がこんな容姿であるからって、馬鹿にしてくるのよ。肌が弱くて、まともに日の光の下を歩けないからって吸血鬼だといわれたこともあったわ。今日だって、集落の人たちから忌み物だと殴りかかられて、逃げてきてたのよ。そしてついさっき、私は決めたの。もう集落には戻らないって。」



 辺りには何とも言えない静けさだけが立ち込める。サングラスの奥に見える彼女の眼には、計り知れぬ怒りと悔しさが感じられた。



 「そう…だったんだ。そうだね、あんまり勝手なことは言えないけど、私も、その集落にはいない方がいいと思う。あなたにはもっといい居場所があると思うから。」


 「でしたら、箱舟に来るのはどうでしょうか。共に捕食者を討ち滅ぼし、平和を手にするというのは。」 


 「捕食者を…討ち滅ぼす?そんなこと、出来るの?」


 「…正直に申し上げますと、簡単なことではありません。しかし、我々の技術力とより多くの被食者の反逆の意思があれば、不可能なことではありません。」


 「私は…正直、捕食者との対決なんて、実感がわかない。でも、あなたたちが、私の居場所になってくれるんだったら、私は武器を取るし、捕食者だろうが何だろうが戦う。…わかった、付いていく。これからよろしく。」


 「はい。よろしくお願いします。」



 二人はたどたどしい握手を交わした。ステラに至っては、どういう訳かとても緊張しているようだった。…そういえば、皇珠にはそういう力があるのだったか。忘れかけていたが、この力の強大さを改めて知れた瞬間だった。



 「ふぅー!なんかやっと肩の力を抜けるよ。」



 皇珠は握手を解くと、その場で大きく伸びをした。ステラが箱舟に加わったことで、今が同胞とのオフの時間となったからであろう。



 「えっと、情緒大丈夫?」


 「気にしないでください。身内にはいつもこんな感じなので。」



 ナコちゃんが真顔でステラに言う。この顔はそう、もう慣れたといった顔である。慣れとは怖いものである。



 「とにかく、あなたが仲間になってくれてよかったよ。私のことは気軽に皇珠って呼んでいいからね!」


 「わかったわ。…でも、まだ完全に信用したわけじゃないんだからね。あくまでお互いの目的のために利用し合うだけの関係なんだから。」


 「はいはい。それじゃ、一通り探索も済んだし、いったん戻ろっか。」



 こうして私たちが箱舟に戻ろうとした次の瞬間、


 ヴゥオーーーン!


 背後から巨大な鎖鎌が飛んできて、私の顔の真横をすれすれで通っていった。



 「なっ、何!?」


 「…外した…運が悪かったのか…それとも…いや、それはないか。」



 鎖鎌の飛んできた方を見ると、そこにはこのような物騒な武器を使う割には案外細身な男が鎌を構え直し立っていた。



 「何こいつ!?…コホン…あなた、何者ですか。トラのようですが、やけに物騒ですね。」


 「気を付けろみんな。こいつのことを俺は知っている。捕食者の中では知らぬ者はいない、天虎幹部の一人、エネムの配下筆頭、鎖鎌使いのグレイだ。」


 「小僧、よく知っているな。さては貴様やはり…反逆者だな。どおりで俺が鎌を外したわけだ。貴様先ほど、即座に俺の存在を認識し、わずかながら周囲の気流を乱しただろう。俺が盲目であることを知っているからそうしたのだろう。何よりこんな芸当ができるのは、捕食者だけだ。」


 「ちょっと待って、エレグラって捕食者なわけ!?なんで捕食者の根絶を目的としているあんたたちの中に捕食者が紛れ込んでるわけ!?」



 ステラは困惑している様子だった。誰だって最初は困惑することである。しかし、最も困惑していたのは彼女ではなかった。



 「あっあの…どういうことですか…」


 「あれ、言ってなかったっけ。ナコちゃん。」


 「そんなの聞いてませんよ。ナミカさんや皇珠さんは知ってたんですか?」


 「私はこの間私の部屋で彼の口から聞いたわ。ナミカはずっと前から知ってたっぽいけど。トラでもあってコギツネでもあるから虎と狐かけて虎狐コギツネだってさ。…プッ…思い出しただけでも笑えてくるね。ハハハハッ!」


 「その辺のことは後だ。今は目の前の敵に集中しろ。…九州に行くというから、少し心配はしていたんだが、まさか本当に出てくるとはな。」


 「無駄話は済んだか。まあいい。これが貴様らの最後の会話になるのだからな。」


 「それはこちらのセリフです。ナコは後ろへ離れていてください。」


 「はっはい!」


 「それからステラ、あなたにはこれを。」



 皇珠はどこからか取り出したライフルらしき見た目をした武器をステラへ手渡した。


 「ありがとう。って、何よこれ。ライフルなの?」


 「それはエネルギーライフル、『降星コウセイ』。限界超過オーバーリミットは『夢幻天影ムゲンテンエイ』によるちょっとやばめのショットガン攻撃。何とか使いこなして。」


 「えぇ…」


 「愚かだ。肉塊如き、抗う間もなく捌いてくれる。」



 再び巨大な鎖鎌が私たちを襲う。鎖鎌は薙ぎ払うような軌道を描き、確実に急所を狙いに来ていた。



 「任せてくれ!」



 ここはエレグラが鎌を刀で受け止める。しかし、あまりの威力にいくらエレグラとはいえ、少し押し返された。鎌との間に激しい火花が散る。



 「さすがにきついか。だがこの瞬間はチャンスだ!皇珠!お前ならやれるはずだ。斬り付けろ!」


 「わかっています。少しの隙も見逃しませんから。」


 「…これだから愚かだと言っている。そう簡単に隙を作るほど、俺の鎌は甘くはない。」



 皇珠がグレイに凄まじいスピードで斬りかかった次の瞬間、グレイはその場で一回転したかと思うと、エレグラを襲っていた鎌は、皇珠のスピードをも上回る速度で皇珠の脇腹めがけて飛んできた。



 「なんて力…一度鎌にかかった遠心力を上回る力をこんなに急速にかけれるだなんて。…でも、伊達に最強やらせてもらってるんじゃないのでね。この程度、造作もないね。」



 皇珠は一度作っていた斬撃の態勢から瞬時に切り替え、グレイの鎖鎌の鎖を刀で断ち切った。グレイも人間離れしているが、この女ときたら被食者であるのにもかかわらず、捕食者をも上回る身体能力をたびたび見せてくる。 



 「…鎖が…斬られただと…!?しかもあの体勢から…!?」


 「今です!二人とも!決めてください!」


 「了解、皇珠!…って、待って、この武器、オーバードライブトリガー無くない!?」


 「何してるのナミカ!…わかったよ。私がやる。助けるわけじゃないんだからね!」



 ステラは私の前に立ち、降星を構えた。そして、



 「…多分これよね。…降星、限界超過…!夢幻天影!」



 降星の銃口からは無数の弾丸が広範囲に飛散し、グレイを襲った。グレイは全身に穴が開き、とてもじゃないがもう建ってはいられない状態と化した。グレイはその場で倒れこむ。



 「…この俺が…こんな被食者ごときに…。」


 「もう終わりにしましょう。あなたは負けたのです。潔く死んでもらいます。」



 皇珠が刀を振り下ろした、その時だった。



 「…まだだ。まだ終わっていない。…貴様ら如きに使うものではないのだがな…!」



 グレイは不穏な笑みを浮かべる。



 (…何を…する気…?)

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