第4話 最強の狐

   私たちが地下に着いてすぐ、一人の男性が私たちを出迎えてくれた。



 「ノウダンさん!戻ってきてたんですね。そちらの方々は新入りですか?どうぞこちらへ、歓迎しますよ。申し遅れました。私はここで働いているヨウタと申します。」


 「変わった名前ですね。」


 「どちらかといえばあなた方の方が変わっていますよ。数百年前のパンデミックの影響でいろいろな国の人たちが流れ込んできましたから、名前が外国風になっていったのも仕方ないですが。今の日本人はほとんどが外国人とのハーフですし。僕は純系の日本人なんです。」



 確かに、ヨウタさんの顔を見てみると、黒い髪に黒い瞳、独特な顔の輪郭と、ほかの人とは異なる特徴を持っている。だがよく考えてみると、私も同じような特徴をしている。ということは私も純系の日本人ということなのだろうか。



 ヨウタさんは一通り話し終えると、私たちを奥の方にある大きな扉へと案内した。その扉はひとりでに開く奇妙な扉で、その奥にはとても広いドーム状の空間が広がっていた。そこでは見たことがないような大きな機械のようなものもあれば、いろいろな人種の人たちが椅子に座り、机の上の板のようなもの物に向かって何かを指で叩いていたりもしていた。何もかもが見たことのない光景で、まるで異世界に来たような気分だった。



 「あなた方は『被食者は捕食されるものだ』と思い込んでいるのでしょうが、少なくとも一部の被食者はまだ戦うことをあきらめてはいません。我々の祖先もかつてそうしてきていました。あの戦いは終わっていないのです。ここは抵抗の意思を忘れていない者たちが集まる基地、『反逆の箱舟』です。」


 「箱舟?」


 「はい。この基地はいざとなった時には移動させることができるんです。我々の最高傑作ですね。我々の戦いには必要不可欠と言えます。」



 ヨウタさんは話し終えると改まったように真剣な表情でこう言った。



 「…皆さん、今こそ立ち上がる時なんです。私たちとともに、戦ってくれませんか。」



 私たちの答えは一つだった。



 「はい。ぜひ協力させてください。そのために来ましたから。」


 「そうでしたか。それならば話が早い。では、こちらへ。」



 そう言ってヨウタさんは、すぐそばにあったいろいろな武器のような物騒な機械を指さし、説明を続けた。



 「ここにあるものは、我々が長い年月をかけて開発した対捕食者用の武器です。この中から自分に合った武器を選んでもらいます。」



 私は目の前にあるものを一通り見て回った。剣のようなものや、銃のようなものなどがたくさん並んでいる。すると、右端の方に変わった武器がぽつんと置かれていることに気付いた。



 「…これは、何ですか?」


 「ああ、それですか?それは電気ショックで相手を倒すっていうやつですよ。でも思ったより高電圧の電流を流すことができなくて。当てやすくはあるんですが威力に保証ができないんで、あまりお勧めはできませんよ。」


 「そうなんですね。」



 その後も私たちはもうしばらく武器を見て回った。私やナコちゃんは最後の方まで悩んでいたが、エレグラはかなり早くに決めてしまっていたようで、高い天井をしんみりとした表情で眺めていた。もしかするとぼーっとしているだけかもしれないが。



 「…皆さんそろそろ決まりましたか?」


 「はい。えっと、私は…」



 結局、私はシンプルな銃にすることにした。エレグラは妙に刃が分厚い刀を選んだようだった。ナコちゃんに関しては、何か武器を見せて、「これがいい」とヨウタさんに見せていたが、子供に戦場で戦わせるわけにはいかないと全力で止められ、頬を膨らませていた。エレベーターの前からだが、たびたび彼女の子供らしさを感じる。大人びた口調からつい忘れてしまいそうになるが、彼女もまだ小さな子供なのだ。武器を選び終わった私たちは、ヨウタさんに一人ずつ個室に案内され、しばらく待つことになった。



 「…あれ?今何時だろう。」



 備え付けのベッドに腰かけていたはずの私はいつの間にかベッドの上に横たわっていた。



 「私…いつの間に…」



 昨日からの疲労がたまっていたのだろう。しばらく寝たおかげで体はかなり軽くなっていた。

しばらくすると誰かが部屋の戸を叩く音が聞こえた。



 「おはようございます。やっと起きましたか。」



 部屋に来たのは、体中を包帯で巻いているヨウタさんだった。私は察した。



 「えっと…もしかして私、寝坊しました?」


 「寝坊したなんてものじゃないですよ。昨日の夜偵察に出ていた仲間が複数人の捕食者に襲撃されたと報告があったので援軍に行くために起こしたのですが、何度起こしてもピクリともしないんですから、一瞬死んでしまったのかと思ったんですよ。」


 「昨日の…夜…?すっすみませんっ!疲労がたまっていたもので、いつのまにか寝てしまって!次は必ず行きますので!」


 「はい。まぁ昨日のことは他の皆さんから聞きましたよ。相当疲れていたのでしょうから、仕方がないところもありますし、今回は見逃します。早速で悪いのですが、今日はこちらから仕掛ける予定です。あと一時間ほどで出発しますので、必要があればそこのシャワーでも浴びてから、武器を持って昨日最初に来た大広間に集まってください。あ、着替えもこのテーブルに置いておきますので。…では。」



 ヨウタさんはそういうと何かに気付いたようにそそくさと出て行った。どうしてあんなに気まずそうな顔をして出て行ったのだろうか。不思議に思いつつもシャワーを浴びようと立ち上がると、昨日まではいていたはずのズボンがなぜか消えていた。辺りを見渡すと、ズボンはベッドの側に転がっていた。…そうだ思い出した。私の寝相はとんでもなく悪かった。少なくとも起きた時何かが無くなっているか自身の体が硬い床に転がっていたりするくらいには。なるほど、道理でヨウタさんがあんな顔をするわけだ。



 「シャワー浴びようかな。」



 私は脱衣所で服を脱ぎ、シャワーを浴びた。集落の小屋にはなかった高級設備、まさかここで体験できるとは。シャワーの温度は心地よく設定されており、汗とともにまだ少し残っていた全身の疲労や眠気などをきれいに洗い流してくれる。しかし、眠気が飛んだ瞬間、私は今頃になって先ほどの出来事を意識してしまうのだ。



 「なんか…ヨウタさん、悪かったな。昨日のこともだけど、さっきの、私の…ん?私の…を…見られた?え?うわぁぁぁぁぁ!!」



 これまで寝ぼけていて意識できていなかった羞恥心という感情がいきなり爆発した。普通に考えてみればかなり恥ずかしいことだった。私は全くリラックスできることなくものすごい速さでシャワーを浴び終え、これまたものすごい速さで着替えると、ベッドに飛び込んだり床にのたうち回ったりしてしばらく暴れまわった。今の私の顔はおそらくリンゴかトマトくらいに赤いことだろう。



 「うわぁぁぁぁぁ!!」



 私がしばらくのたうち回っていると、物音を聞きつけてエレグラとナコちゃんが飛び込んできた。



 「どっどうした!?」


 「大丈夫ですか!?」


 「パン!!パッ…パン!!ツ!!あああああ!!」


 「おい落ち着け!ナコ、取り押さえるぞ!」


 「はっはい!」



 二人に取り押さえられた私はしばらくすると正気に戻り、何とかまともに話せるようになった。



 「…なるほど?つまりお前を起こしに来たヨウタさんに、寝相が悪すぎるせいで脱げてしまったズボンの下を見られたと。だからってここまでなるか?」


 「だって…ほうれいおばさん以外の人に、しかも異性に下着みられるのなんて、初めてだし。…普通に恥ずかしいし。」


 「まぁ、気持ちはわかりますけど、もうすぐ出発ですよ。いつまでもこうしてはいられません。さっ、行きましょう?」


 「うん。わかった。そろそろ行こうかな。」



 私は前日そのままベッドに置いたままにしていた銃を持って二人と大広間へと向かった。

 大広間に着くと、そこにはもうすでに大勢の人が集まっていた。皆それぞれ独自の武器を持っており、そこに個性が見えてくる。それにしてもこんなにたくさんの武器を一体どうやって用意しているのか。



 「あ、…ナっナミカさん、来たんですね。」



 後ろからヨウタさんが気まずそうな表情を浮かべながら声をかけてきた。正直私自身も気まずくて今にも逃げ出したかったが、引きつりそうな頬を必死に抑えながら会話を続けた。



 「…はい、今来ました。」


 「ありがとうございます。まもなく出発しますのでしばらくお待ちください。」



 私たちは群衆に混ざり、出発を待つことにした。当然、ナコちゃんとはここで別れることになった。受け入れてはいるようだったが、別れ際のあの膨れっ面を見るとやはり少し可哀想にも思う。しばらく経つと、私たちの前に、従者と思わしき若い男とともに、一人のとても整った顔立ちをしている女性が出てきた。ひょっとするとまだ成人していないのだろうか、若々しく見える。衣服には数々の宝飾が施されており、我々と同じ世界に住んでいるものとは思えない。彼女が立ち止まり、正面を向くと、多くの人が深々と頭を下げた。私とエレグラは少し戸惑ったが、周りに倣い頭を下げた。すると従者の男は話し出す。



 「ここにいる多くの者はすでに存じているだろうが、存じぬ一部の者のため、今一度このお方をご紹介する。このお方こそ、この箱舟の創設者であり、かつてこの国に存在した高貴なる血統の末裔、そして被食者最強の存在、皇珠護天コウジュゴテン様である。」



 …何が何だかわからない。この女性はせいぜい私よりもいくつか年が上だというだけなのに、この基地を造ったというのだ。有力者の末裔であることはともかく、これに加えて彼女は捕食者最強であると従者の男は言った。正直ほらを吹いているのではないかと疑わざる負えない。彼女の体はかなり華奢な体つきをしている。周りを見渡せば彼女以上に強そうな人などいくらでもいる。だがこの周りの反応を見るに、ただ者ではないことは確かなのだとわかる。…しばらく沈黙は続いたが、今までずっと沈黙していた皇珠護天が口を開いた。



 「…皆、面を上げてください。あまりかしこまられるのは好きではないと、言いましたでしょう?」



 その声はとてもやさしく、包容力のある声だった。そしてなんとも表現しがたい、私の中に眠る本能を刺激するような感覚に襲われた。私は自然と頭を再び下げてしまう。これはどうやら私だけではないらしく、エレグラやほかの人たちも同じように頭を下げていた。



 「もう…どうしてまた頭を下げるのですか?この権能は便利ですが、あまり私には向いていないのですよね。」



 どうやら彼女は人に気を使われることが苦手らしい。どういう力を持っているのかわからないが、この不思議な力によって平伏されるのが悩みとうかがえる。



 「作戦遂行に伴い、皆さんにはそれぞれ八つの隊に分かれてもらいます。前のボードに掲示してあるので確認をお願いします。」



 顔を上げると、皇珠護天の後ろには大きな白いボードがあり、ずらりと名前が書かれていた。隙間なく敷き詰められており、読むのにも一苦労だ。それにしても、これほどまでに存在感のあるボードになぜ気が付かなかったのか。…いや、気が付かなかったというよりかは気が付けなかったのかもしれない。何せ、このボードよりも何よりも異質な存在感を放つ者が、それの前に立っているのだから。彼女の前ではたとえどんなに美しく荘厳な美術作品であったとしても背景のようにくすんで見えてしまうに違いない。



 「えっと、私の隊は…」



 目を凝らし必死になってボードを凝視してみると、第五番隊、そこに私の名はあった。黒い文字で、はっきりと『ナミカ』と書かれている。名前があるという事実を実感したようで少し感動した自分がいた。



 「…あ、エレグラ。」



 自分の名前の隣を見ると、そこには偶然にもエレグラの名が書かれてあった。どういうわけか先ほどよりも強い喜びの感情が湧いてくる。私が犬だったらきっとしっぽを振ってしまっていただろう。私の隊には、私とエレグラのほかには、隊長のコルフィンという人を含めた十数名が所属しているようだった。それにしてもこのような人数で、それも見た感じ今回に関しては徒歩で、本当に戦争ができるのだろうかと不安になってくる。配置を確認した私たちは各自の隊の位置に整列した。



 「…準備は整いましたか?これより我々は、捕食者に対し反転攻勢に出ます。彼らとの直接的な対戦は実に数百年ぶりです。これまで、我々は彼らに蹂躙されるがままに生活することを強いられてきました。しかし、長い年月を経て、今こうして彼らへの対抗手段を生み出すことができました。今こそ、我らの平和を取り戻すときです!反逆の狼煙を揚げよ!」



 皇珠護天がこの場の人々に鼓舞をすると、人々は大歓声を上げた。大地が揺らぐような空気が震えるような、ものすごい喧騒に辺りは包まれた。



 「さぁ、我らが同志たちよ!この終末の世界に再び始まりの炎を灯しましょう!目指すは捕食者集落が一つ、ナノ集落也!」



 勢いそのままに私たちは、皇珠護天を先頭に軍を進めるのだった。

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