第2話 目(後編)

 あれから1週間ほど経ったある日、彼女から連絡があった。どうやら噂の彼とうまくいっていないらしい。そんなこと、どうでもいい。僕は彼女の見てきた“僕”にしか興味がない。知りたいんだ、僕は僕を。僕は彼女を家に呼ぶことにした。

 「ごめんね。急に相談に乗ってもらって。」SABONのグリーンローズの香りを漂わせた彼女が玄関先で申し訳なさそうに話す。「いや、別に話を聞くくらい構わないよ。」思ってもない言葉を発する。「とりあえず中入って。」彼女を部屋へ誘導する。彼女は椅子に掛けると話し出した。「最近、彼の発言がセンスないなって思うことが多いんだよね。付き合ってって言われたから、なんとなく付き合ってたんだけど、一緒にいても楽しくなくて。もう別れたいんだけど、いざ別れようと思うと、彼のことが心配で、ほっとけなくて。彼、一人で料理できないし、洗濯もできないし。私どうしたらいい?」僕は、心底どうでもいい気持ちになったが、聞く姿勢を取ることにした。そのせいもあってか、その後も彼女は話し続けた。だが、僕の中には“彼女はもう彼のものではない”という考えしかなかった。彼女が、ある程度話し終えたところで切り出す。「とりあえず、何か飲む?」彼女はうなずいた。僕は、台所に移動し、ポットのお湯を沸かしながら、睡眠薬の封を開ける。「お待たせ。微糖のコーヒーだから苦かったら言って。」僕はコーヒー差し出す。彼女はお礼を言いながら、コーヒーを受け取り、冷ましながら飲み始めた。30分ほど経った頃、彼女は倒れた。僕は彼女の目を確認したが、意識はないようだ。幸い僕の家は一階だったため、僕は彼女を背負い、駐車場に停めてある車の後部座席へ寝かせることができた。僕は車のマフラーを塞ぎ、エンジンをかけた。僕は家に戻り、コーヒーを啜った。30分後、車に戻り、扉を開けると異臭がした。僕はエンジンを切り、換気したのち、彼女の脈を測ったが止まっていた。僕は安心した。これで彼女は痛い思いをしなくて済む。僕は台所の棚からグレープフルーツスプーンとタッパーを取り出した。そして、グレープフルーツスプーンを彼女の目に押し当て、強く食い込ませた。力を入れて、目を穿り出すと僕は“彼女の景色”を手に入れた気分になった。少し力を入れるとすぐにつぶれてしまいそうな、やわらかい感触だった。僕は食べることにした。

 僕は昔から、食べたものの力を得ることができると信じている。泳ぎが早くなりたいならイルカを食べるし、走るのが早くなりたいなら馬を食べる。食べることで僕は“それ”になれるのだ。僕は彼女の目をタッパーに入れ、彼女の血を注いだ。彼女の目は綺麗な茶色の目をしていた。僕はタッパーに、醤油、にんにく、砂糖を入れ味付けをし、小さな鍋に移し、火を入れた。ぐつぐつと音を立て始めた。まるでチゲ鍋のようだった。出来上がったチゲ鍋から彼女の目を器に移し、僕は手を合わせた。「いただきます。」僕は彼女の横で、彼女を食した。瞬間、僕は彼女を少し理解できた気がした。

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カラダ料理 脳先生 @passingtime

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