第5話 師匠、諦める

「何すんだよ!」


怒るに俺に対し、父親は娘に聞こえないほどの小さな声で言った。


「うちのピーリカがバカな訳あるか、世界で一番お姫様だろうが!」


……何言ってんだコイツ。

ピーリカは俺たちの足元で、両手を上げて怒る。


「おい不審者、師匠を苛めるなんて許さねぇですよ!」


ピーリカの父親は俺から手を離し、小ばかにした顔でピーリカを見下した。


「ピーリカが引っ付いてる方が苛めみたいなもんに決まってるし。コイツだってピーリカなんか嫌いだろうし。まぁ、おれは寛大だから? 嫌だけど? 仕方なーくピーリカと一緒に暮らしてやる。感謝しろし」

「誰がするか!」


ギャアギャア騒ぐ父と娘。二人とも態度がデカく素直じゃねぇ……コイツら、もしかして……。


「あらあら、困ったわねぇ」

「……パイパーさん!?」


いつの間にか隣に立っていたピーリカの母親に、俺は思わず胸を弾ませた。


「ごめんなさいねマージジルマ様。会うなって言ったのに聞かなくて」

「いや別に。それより、もしかしてだが……ピーリカって性格父親似か?」

「そうなんです。かなりの自信家で、ひねくれもの。だから本当は大好きな相手にも、ついつい意地悪言っちゃって。おだてておけば調子に乗って言う事聞いてくれるから、扱いやすいんですけどね。ただ親子二人にきりにさせるのは良くないというか、ひたすら相性が悪いんです。どっちもプライドが高くて、自分の方が偉いと思ってるから。よく上座の取り合いをしてました」

「子供なだけだろ」

「普通の子供の方が聞き分け良いですよ」


この人も落ち着いているようで言ってる事酷いな。

まぁ黒の民族だし、昔はもっと酷かったし、こんなもんなのかもしれない。


「パイパーさんは、それでも旦那……パメルクさんが好きなんだよな?」


つい、確認しちまった。


「えぇ。何だかんだ言って、悪い人じゃないので。勿論ピーリカの事も好きですよー」


やっぱり、そうか。

仕事柄、俺は相手が嘘をついているか見抜くのが得意だった。

パイパーさんは嘘をついてない。あんな奴でも、本当に旦那の事は好きなんだと思う。

むしろ俺との約束は、忘れたのかもしれない。申し訳ないから代わりに娘を寄こしたようにも見えないし。

あの頃の俺は相手が嘘ついてるかどうか分からなかったから、何とも言えないけど。

俺は、ニコニコと笑みを浮かべるパイパーさんの顔を横目で見た。

今の俺なら、魔法を使ってでもあの旦那から彼女を奪い取れるが……出来る訳ねぇわな。


「じゃあ仕方ない。どうにかするか」


俺は仕方なく、言い争っている親子に目を向けた。

ピーリカの事は、ちゃんと弟子として育ててやる。うまく魔法を使えるようになるなら、俺の後を継がせてやってもいい。

それであの人が喜ぶなら。

俺はそれだけで十分だ。

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