第6話 弟子、初恋に落ちる

パパは相変わらず偉そうな態度でわたしを見下していた。


「どうせピーリカには何にも出来ないし、可愛げもない。良い所なんて一つもない、役立たずなんだよ!」


わたしは怒りのあまり口を閉じた。本当に自分が何も出来ないとは思ってない。可愛げはある。良い所もいっぱい。存在するだけで人の役に立つ。とてもかわいい。


「わたし、そんなにダメじゃないです!」

「いーやダメだし。悪いとこしかないし」


絶対にパパの方が悪いですけど、何度も何度も言われたら。流石のわたしも、かなしくなるですよ。

溜まったイライラで顔をクシャクシャにして、思わず涙が零れそうになった。その時だ。


「じゃ、ピーリカは俺が預かりますね」


ポン、と師匠がわたしの頭の上に片手を乗せる。わたしは少しだけ顔を上げて、師匠の顔を見た。かわいいおめめに涙が溜まっていたので、師匠の顔が歪んで見える。

パパの焦る声が聞こえてきた。


「……は? 何言ってんだし。ピーリカがいたって邪魔なだけに決まってるし。仕方ないから連れて帰るって」

「別に邪魔じゃあない。そりゃうるさいし、失敗認めないけど」

「ほらみろし。ピーリカに出来る事なんてない。弟子になるなんて一生無理だし」

「一生無理ってこたぁねぇだろ。俺が破門にしない限りだけどな。頑張れば代表にもなれるだろ」

「そ、そうやって夢見させてなれないのが一番残酷だと分かんないのか!」


両脇の下を掴まれ、ふわっと、わたしの体が持ち上げられた。わたしは思わず「うわっ」と声を漏らす。


「どうあがいても無理ならそうかもしれないけど、ピーリカが魔法使いになる事は無理とは言い切れないからな。夢見させない方が可能性潰すだけだろ。ピーリカは魔法使いになれる。俺がさせてやる」


師匠は腕を曲げ、わたしをを抱きかかえた。まるで赤ちゃんを支えるかのように。

わたしの目に師匠の顔が映る。

なんだろう、別に全然カッコよくないですのに、すごく良く見える。

今までパパには悪口言われてばっかで、他の人も、わたしの事なんて信じてくれなかった。

ママ以外で、しかも男の人で、こんなにも自分の事を信じてくれた人は初めてだ。


「あの、師匠。わたし、本当に、やればできますよね」

「当然だ。だってお前、天才なんだろ?」


師匠の言葉に、嬉しさが溢れた。思わず師匠の首に腕を回し、そのまま抱きついた。

なんだろう、本当に何なんだろう。

なんかわたし、おかしいぞーー?


「娘は俺の方がいいみたいですね?」


抱きついちゃったせいで師匠の顔は見えないけど、声からして多分パパ相手に自慢してやがるです。


「なっ、くっ、てめっ……」


反論の言葉が出てこないのか、パパはわたしの後ろで悔しそうな声を出している。


「ほれピーリカ。そこからで良いから、お前も何か言ってやれ。中指立てて、失せろって言え」


師匠はくるりとパパに背を向け、かわりにわたしのお顔がパパの目の前にくる。

まったく、弟子にロクでもない事を教える師匠ですよ。

それなのに。

何でわたし、こんなに顔が熱いんでしょう?

顔だけじゃない、なんだかお胸も熱くて、妙にドキドキしてる。

何故か目の前のパパが、青い顔をしている。具合が悪いなら早く帰った方がいいですよ。わたしの事なら気にするなです。

だってわたしには……ここは頭の悪いパパにも分かりやすく言ってやらないとダメですね。

師匠の肩に顎を乗せたわたしは、ギュッと彼にしがみついて。


「……わたし……師匠と一緒がいい……から、失せろです」


パパの背後からわたしの顔を覗いたママも、両手を口元に添えた。吐きそうなんでしょうか? 二人して具合悪いなら早く帰って早く寝ろです。


「だ、ダメダメ。何としてでも連れて帰るし! じゃないとなんかヤバい気がす痛ったぁ!!」


パパはママに耳を引っ張られた。ママは師匠におじぎして、そのままパパの耳を掴んだまま歩き始める。流石ママ、かわいいわたしに病気をうつさないよう気を使ってくれたです。


「それじゃあマージジルマ様、よろしくお願いします」

「おいママ、離せし!」

「ダメよ。パパはパパで優しくなる修行をしなきゃ。さっさと帰って、寂しさを知ろうねー」


出て行った両親を見送り、師匠はわたしを床の上に降ろす。

もう終わりかと思うと、とても寂しい……寂しい!?

やっぱりわたしも病気かもしれないです。さっきの師匠の姿が、声が、頭から離れない。顔の熱も冷めなくて。胸のドキドキが止まりそうになくて。

師匠の顔を見るのが、すごく恥ずかしい! 床しか見れない!


「ったく、コーヒー飲むのが遅くなったじゃねぇか」


もはやパパとかどうでも良いです。

そんな事より、何だかよく分からないけど心臓がヤバい!


「あの、師匠」

「何だよ。寂しくなったか?」

「違います。その……」


とりあえず人として、お礼を言わなければ。パパを追い払ってくれて、そばにいてくれて、信じてくれて、ありがとう。なんて。

とにかくお礼を言いたかった、言いたい、言いたいんだけど。

顔を上げたわたしは頬を赤く染めたまま、ひねくれた想いを口にした。


「これで師匠は、しばらくわたしと一緒にいられるですね。世界で一番愛らしい弟子がいてくれて光栄でしょう。感謝しやがれですよ、このバァーカ!」


あーーっ、やっぱダメだーーっ!

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