第4話 弟子、イライラする

 わたしが弟子入りして、一ヶ月が過ぎました。天才なので「です」とか「ます」とかをつけて喋る事にも大分慣れたですよ。まぁ天才なので、それくらい余裕です。

 弟子になったわたしは、日々厳しい練習に耐えてます。かわいそうに。


「ラリルレ・ローラ・ラ・ラリーレ」

「違う。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」

「合ってましたよ。このわたしが間違えるはずないじゃないですか、そんな事も分からないなんて、師匠は本当に愚か者ですね!」

「どこがだよ。自信があるのは良い事だが、間違いは素直に認めろ。ホントは自分でも分かってるんだろ」


 ……実は師匠の言う通り、わたしが間違えたと分かっているですよ。でも失敗したというのも悔しくて、なかなか素直に言えねーです。


「間違ってないのに間違ってるだなんて決めつけるなです。そんなだからモテねぇですよ。ねぇ、ラミパスちゃん」


 わたしは師匠に背を向け、リビングの隅に置かれた止り木の上に座っている白フクロウに話しかける。師匠のペットのラミパスちゃん。かわいくて、モコモコしてて、触ると温かいです。

 ラミパスちゃんは何も言わず、かわりに師匠が答える。


「普通に間違ってるんだよ。っていうか失礼な奴だな。俺がモテねぇって決めつけんなよ」

「だって師匠モテそうにないですし。今まで師匠の所に女が訪ねて来た事なんて一度もねぇです」

「別にモテなくたって困ってねぇ」

「彼女もいないんですか?」

「……お前くらいの時から、ずっと好きだった女ならいた。でも告る前に振られた。それだけだ」

「ほぅ。それは少し切ないですね。でも大丈夫、性格の悪いパパが結婚出来たんですから、それよりマシな師匠だって頑張れば彼女くらい出来るです。せいぜい頑張りやがれですよ」


 心優しいわたしは、振り返って師匠を慰めた。

 師匠はわたしの事をジッと見つめてくる。


「何です師匠。そんなに見なくてもわたしはいつも通りかわいいですよ」

「……そうかよ。そろそろ休憩するか。コーヒー淹れよう」


 パパだったら「お前のどこがかわいいんだし」くらい言ったでしょう。師匠はわたしの顔に対する悪口は言わないので、悪い奴ではないと思います。

 師匠はコーヒー大好きらしくて、暇さえあればしょっちゅう飲んでます。

 わたしも牛乳飲むとしましょうか。師匠に頷いて、ティータイムの準備です。

 毎日のようにパパと喧嘩していたわたしにとって、師匠と過ごすこの穏やかな時間は何となく嫌いではないのです。



 穏やかな時間の中、強めに玄関の扉が叩かれる音が聞こえてくる。


「わたしが出てやるです。師匠はコーヒーの準備でもしてやがれですよ」


 偉いわたしは師匠のかわりに玄関に向かい、木で造られた茶色い扉をあける。

 目の前には、パパがいた。髪の艶はいいけど、服は汚い。なんでデザイナーなのにそんな汚れたツナギを着てるんでしょう。

 いや、それより逃げなきゃですね。


「し、師匠ーーっ、不審者だーーっ」


 わたしは急いでリビングに戻る。天才とはいえ、わたしはまだパパをボコボコに出来るレベルには達していない。

 そうだ、師匠にパパを殴ってもらおう!


「父親に向かって不審者とは何だし!」


 わたしを追いかけて、パパもズカズカと家の中へ入って来た。なんて奴だ。

 わたしは師匠を盾にして、パパから隠れる。

 師匠はわたしに顔を向けながら、パパを指さした。


「父親って、この男がか?」


 師匠の顔を見たパパは、鼻で笑った。確かに師匠は笑える顔ですけど、失礼ですよ。


「マージジルマ・ジドラか。立場的には偉いのかもしれないけど、だからって崇めたりしないし。存在的には、おれのが偉いし」


 何言ってんだコイツ。師匠はそう言いたげな顔をしている。娘として恥ずかしいです。

 パパは師匠から目を離し、わたしに話しかける。


「ほらピーリカ。とっとと帰れし」

「帰る訳ないでしょう。私まだパパをボコボコにする魔法教わってません!」

「そんな魔法教わらなくていいし。っていうか、どうしようもないおバカなピーリカにそんなん出来る訳ないし。どうせすぐ泣いて帰って来ると思ったのに、一か月も居座って。人の迷惑考えろし」


 父親がため息を吐いた数だけ、わたしのイライラが募る。

 師匠もパパの無礼さにイライラしてるのか、けわしい顔をしてるです。


「何なんだよ。確かにピーリカはバカだけどさ」

「なにおう! 師匠の短足!」

「小柄って言え!」


 今度はわたしと師匠とで口喧嘩が始まる。

 師匠もなかなか口悪いですけど、口が悪いのは黒の民族皆そうです。出来っこないだの、危ないからやめとけだの。わたしを見下す奴はいっぱいいます。その中でも、パパが一番ひどいです。わたしをかわいくないだなんて言うアホはパパくらいだ!

師匠の事はパパほど嫌いじゃないですよ。なんたって師匠、わたしの顔の事は褒めてくれたですからね!

 パパはわたしと師匠を引き離し、師匠の胸倉を掴んで壁に押し付けた。こ、このクソ野郎! 師匠になんて事を!

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