第3話 師匠、失恋する

突然やって来た弟子は、とにかくクソガキだった。

クソガキとはいえ一応女だから、一人部屋を与えた。将来使うかなで取っておいた子供用ベッドも、俺の母親が使ってたドレッサーも、こんな形で誰かに使わせるなんて思ってもいなかった。けど、もう必要ないからな。

部屋の中を見て、クソガキは喜んでいる。


「おぉ、わたしにピッタリサイズのベッドだ、です。用意がいいじゃない、です」


まだ片言ではあるが、弟子はバカ正直にですます言葉で喋っている。そう考えると、根っからの悪い奴ではないのかもしれない。態度はデカいけど。今もベッドの上でジャンプしている。古びたベッドは、そこまで跳ねない。そりゃそうだよな、俺がガキの頃使ってたやつだし。


「いつか使うかなって思って置いといたんだよ」

「ほぅ。このわたしが使うのよ、です。ありがたく思え、です」

「はいはい。じゃ、ちょっと留守番しててくれ。荷物の整理とかもあるだろ。この家防御魔法かけといてあるから。でも外には出るなよ。メシは帰ってきたらくれてやる」

「早速かわいい弟子を一人にさせるとは何事だ、です」

「俺にも心の準備くらいさせろ」

「あぁ、わたしに魔法を教えられるなんて恐れ多くて緊張しないはずないもんな、です。仕方ない、お留守番くらい楽勝だから安心して行きやがれ、ます」


なんて図々しい奴なんだ。まぁ、あの人もこんな感じだったしな。むしろ今じゃすごく落ち着いてて、まるで別人みたいだ。

今はクソガキに目を向ける気になれなくて。

部屋に弟子を一人残した俺は、右肩に白いフクロウを乗せて。地下室へと続く螺旋階段を降りていった。


部屋の天井から吊るされた、言葉を届ける魔法がからけれた花を掴み。遠くにいるであろう親友に招集をかける。


「おうシャバ、金持っていつもの店に来い。奢れ。ピピルピがいるなら連れてきてもいい」


一方的に言いたい事を言い、花から手を離した。会話にさせる気もなかった。

螺旋階段を登り、フクロウだけを連れて家を出た。



 俺は黒の領土の街はずれにある店へとやって来た。Barレリイズと書かれた、小さな看板のついた扉を開ける。黒と白色で統一されたシックなデザインの店内は、カウンター席とテーブル席のある広々とした空間だった。壁一面に並んだボトルの中身は、酒もあればジュースもある。

テーブル席に座っていた男女が、二人して俺の方を向いた。


「あ、マー君来た来た。ここ座って、私はそっち座るから」


俺を呼んだピピルピは、紺色ビキニに魔法使いらしい三角帽子をかぶって手を振っていた。頭のおかしい格好だが、まぁいつも通りだ。

ピピルピは椅子から立ち上がると、当たり前と言わんばかりにシャバの膝上に座る。

民族衣装の黒い布で口元を覆うシャバは、何事もなかったかのように平然と受け入れている。


「丁度注文しようと思ってた所。いつものでいい?」

「……あぁ」


シャバは卓上に置かれたメニュー表に目もくれず、丸めたおしぼりを持ってきた店員に注文を入れる。

 

「ジンとカルーアミルク。あとコーヒー、酒一滴も入ってないやつね」


しばらくして、店員は俺の前にコーヒーの入ったカップを置いた。湯気踊るコーヒーには、俯いた俺の顔が映っている。我ながら情けない顔だ。

シャバは俺の様子がいつもと違う事に気づいたのか、手元に届いた飲み物に口をつけずにいた。


「どうしたんだよ急に。理由でもないと奢んないよ」


本題に入る前に、俺は一番知りたかった事を問う。


「何で俺が巨乳好きだって話が広まってるんだ……?」


二人は当たり前だと言わんばかりに、平然と答える。


「それマー君が『俺巨乳が好きだから』って言ってお見合い断った事があるせいよ」

「待ってる人がいるって言えばよかったものをなぁ」


あぁ、そういやそんな事あったような……。

実際待ってた人がいたのと、お見合い勧めてきたババアがしつこかったからつい言ったやつだ。

シャバが疑いの目で俺を見てくる。


「もしかしてそれを確認するために呼び出したの? それで慰めろは嫌だよ」

「……違う。お前らさ、昔会った未来の俺の弟子とか言ってた女覚えてるか?」


シャバとピピルピは互いに顔を見合わせた。何言ってるんだろうね、という意思表示だろう。再び俺の方を向いて、笑顔で答えた。


「あれだろ? 顔に似合わないリボンつけてたキレイなお姉さんだろ?」

「忘れる訳ないわよ。あんな素敵な人」

「それに何たって、あれじゃん」

「「マージジルマ(マー君)の初恋相手っ」」


二人は息ピッタリに答えた。


「何だ? もしかして来たのか?」


俯いたままではあったが、俺は小声で「まぁな」と返事をした。

シャバは自分の事かのように嬉しそうな顔を見せる。流石親友、と言いたい所だが。今は少し、嬉しくない。


「良かったじゃん。弟子になるって言ったって、お姉さん魔法使えてたし。多分マージジルマから教わる事なんてほとんどないだろ。後は恋愛方面だろうけど、あんだけ好かれてたんだし時間の問題って感じじゃない? そうかー、マージジルマも結婚秒読みかー、いいなー」

「あらシーちゃん、寂しいの? 今夜慰めてあげようか?」

「そうしよっかー」


店内だってのにイチャつき始めようとした二人。これで付き合ってねぇってんだからどうかしてる。まぁいい。

誤解を解かないと。


「違う……」

「違うって、何が」

「……娘を連れて来た」

「……娘?」

「あの女、パイパーさん、娘の、ピーリカってのを、弟子にしてくれって。でもって、旦那がいるんだと。嫌々結婚させられたとかでも、無理やり子供作らされたとかでもないっぽくて」


あ、ヤバい。泣くかもしれん。

二人の顔は見れないが、多分キョトンとしてるんだろうな。


「待って? え? あのお姉さんじゃなくて、お姉さんの子供がマー君の弟子になるの?」


ピピルピの混乱している声が聞こえる。シャバの上から降りたのか、声が近くなった。


「そうだよ。今夜からな。いくら防御魔法かけてるからって言っても何かあったら困るから、とっとと食ってとっとと帰る。メシも頼んでいいよな。家に用意してた俺の分のメシを弟子にくれてやるからさ、帰っても何もねぇし」


淡々と言葉を吐きだす事は出来た。顔も上げられたけど、無表情だと思う。

シャバが問い詰めるように両手を机に乗せ、身を乗り出す。


「待てって。だってお前ずっとあのお姉さんの事好きだったんだろ?!」


俺の肩に乗っていた白フクロウのラミパスは、ピピルピの膝上に避難した。シャバが揺らした机に驚いたように見せかけて、俺らが喧嘩になった時のために無事を確保したのだろう。頭の良い奴だ。

安心しろ、今の俺に喧嘩する元気はない。


「いくら俺が好きだって言っても、向こうが他に好きな奴いるんじゃ、ましてやガキまでいるんじゃどうしようもないだろ。弄ばれたって事か」

「……そんな人の子供を、本当に弟子にする気か?」

「まぁな。どうせだったら娘の事を最強の魔法使いにして、俺に預けて良かったって思わせてやる」


俺が冷静に答えてるおかげか、シャバも椅子に座りなおした。


「マージジルマがそれでいいってんなら良いけど……」

「良いんだよ。俺だってバカだったんだ。二、三日会っただけの女の言う事を間に受けて、ただひたすらに待ってただけだったんだから。もしかしたら別に弄んだ訳じゃなくて、俺以上に好きな男ができただけかもしれねーし。でもまぁ、それでも俺は、うん」


流石に我慢の限界が来た。とはいえ、仮に親友相手でも泣き顔は見せたくはない。

丸まっていたおしぼりを手に取った俺は、一度広げて半分に折りたたむ。そのまま椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。


「マージジルマ……」

「マー君……」


心配そうな声で名前を呼ばれても、親友達に顔を向ける事はない。俺はおしぼりを瞼の上に乗せて、顔の上半分を隠す。

濡れたおしぼりは俺の心を一層冷えさせた。まぁ、今夜くらいはそれでも良いだろ。


「あー……好きだったなー……」

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