第2話 弟子、父親を殴りたい

「えっと……ピーリカ?」


ダサ男が気安く話しかけてくる。

ここで弱さを見せてはいけない。むしろここは強気にいかないと。体はわたしの方が小さいかもしれないけれど、きっと強さじゃ負けてない。どちらが上かを教えてやらなくちゃ。

わたしはかわいいおめめで、奴を睨みつける。


「……変態」

「あ?」

「今だってママのおっぱい見てた!」

「べ、別に見てねぇよ」

「嘘。パパと一緒に暮らすくらいなら他の奴の方がマシだと思って来たけど、こんな下等生物と暮らせってのなら話は変わる。わたしは天才だ、一人でだって暮らせる!」


山を下りようとするわたしの頭を、ダサ男が乱暴に掴んだ。

この男! レディの頭を何だと思ってるんだ!

思わず足を止める事になったわたしに、ダサ男が言った。


「やめとけって。ガキとはいえ母親に似て良い顔してんだ。悪い奴にでも見つかったら売り飛ばされるぞ。そんなの嫌だろ」


わたしの頭を掴んだままでいる奴の言葉が、妙に引っかかった。


「良い顔……? それって、かわいいって意味?」


わたしは思わず俯いた。パパじゃ絶対に言ってくれない言葉だ。

わたしから手を離したマージジルマは、ジロジロとわたしを見てくる。

本来ならそんな変態は確実にビンタしてやるが、まぁ許そう。


「あぁ。ガキではあるけど、まぁ可愛いんじゃねぇの」

「……そう、そうなのよ……」

「何だよ」


わたしは胸を張り、事実を述べた。


「わたしは、かわいい!」


ダサ男は目を点にした。

何でだ? 見れば分かる事を言われたからびっくりしてるのか?


「……うん?」


もしかして、なんでわたしが事実を口にしたのか理解してないのか? なら仕方ない。説明してやるしかないな。わたしは優しいからな。


「それなのにパパは大したことないだのブスだの、全然わたしの可愛らしさを認めない。デザイナーのくせにセンスがゴミ!」

「お前、まさかそんな事で家出しようとしたのか?」


わたしがパパに虐げられている事を、そんな事だなんて。まさかこの男も、わたしのかわいさを理解してないのか? バカ?


「そんな事じゃない。こんなにも可愛らしい存在を否定するような奴と一緒になんて暮らしたくない、そう思うのは当然の事なのよ」

「すごいなお前。自信家にも程があるぞ」

「自信じゃない。事実」


わたしがかわいいのは、見れば分かる事だ。世界で一番お姫様。分からない奴は、全員愚か者だ。

マージジルマは怒っている顔になった。わたしのかわいさを理解しないパパの愚かさに、ようやく気づいたか。鈍いけど話の分かる奴じゃないか。

かと思えば、何故か真面目な顔をし始めた。カッコよくはない。


「そうかピーリカ。じゃあやっぱり魔法覚えた方がいいと思うぞ。父親に力を見せつけよう。まずは俺の魔法を見て覚えやがれ」


パパにわたしの力を? それは興味のある話だが、そう簡単に信じていいのか?


「偉そうに。大体貴様は、魔法で何をしてるんだ」

「お前に偉そうとか言われたくねぇな。つーか俺の事知らねぇのか? 俺の事知らないとか非国民かよっぽどの無知くらいだと思うんだが」

「わたしが悪い訳がない、貴様の知名度がその程度だったってだけだろ。で、何者なんだ貴様は」

「まぁ色々やってるけど、簡単に言えば……人をボコボコにしている」

「人をボコボコに?!」


コイツ魔法使いじゃないのか?!

魔法使いは、すごい力を使って良い事や人のためになるような事をする奴だと思っていた。けど、人をボコボコにって何?! 悪者!?

驚いているわたしに、ニッと笑いかけたマージジルマ。やっぱりカッコよくはない。


「悪い奴とか嫌な奴を取っ捕まえるのが俺の主な仕事だからな。あと獣とか倒す事もある。俺に弟子入りするって事は、お前もそういう事をしていくって事だけど。分かってるか?」

「そんな……それって、それって……パパを一発殴ってもお仕事の内になるって事!?」


考えた事もなかったお仕事の内容に、思わず心躍る。

本当にパパを殴るのが許されるんだとしたら、絶対に弟子入りした方が良いじゃないか! パパ含めて、嫌な奴を殴ってお金が貰えるなんて。悪い奴を倒すために殴るんだ、人々からも尊敬される! 

マージジルマはニヤニヤしながら言った。


「一発でいいのか?」

「えっ、まっ、まさか三発くらい」

「十発でもいい」

「そんなに!?」


パパを十発も殴れるなんて……かわいいおててが痛くなっちゃうな! 手袋して殴ろうかな!


「あぁ。でもどうせなら魔法で攻撃しろよ。俺が使う黒の魔法は、人を幸せにする事なんて出来ない呪いの魔法だからな。殴る以上の痛みだって与えられるだろうよ。お前の場合母親公認なんだ、多少痛めつけるくらい大丈夫だろ。殺さなければ」

「じゃ、じゃあパパの事も」

「あぁ。お前の父親、ボコボコにしようぜ」

「……するっ!」


謝るパパを想像して、わたしは思わず笑みが溢れた。

パパを退治出来るのなら、このダサい男の言う事を聞くのも悪くない。


「ん。じゃあ魔法教えてやっけど、その前にお前、口も態度も悪すぎるんだよ。教えを乞うんだ、もう少し尊敬した態度を取りやがれ。まず俺の事は師匠と呼べ」

「師匠」

「そうだ。それから敬語な。適当に『です』とか『ます』とかつけときゃいい」

「分かった……です。わたし天才だから、その程度朝飯前だ。です」

「全然朝飯前っぽく見えないな。まぁいいか、とりあえず家ん中入れよ。そんなに広くねぇけど、我慢しろよ」


今日からこの狭そうな家がわたしの家か、仕方ない。悪者を殴ったお金で大きな家を買うまでの我慢だと思おう。

すぐにこの男を超えて、パパをボコボコにして、皆に称えられる魔法使いになってやる。

何、そう時間はかからない。

だってわたしは天才だからな……です!


「分かった、です。しかしネズミの巣みてーな家だな、です」

「お前マジで態度デカいんだよ!」


怒るマージジルマの事は気にせず、わたしは大荷物を持って家の中へ入って行った。このわたしが弟子になったんだ。むしろ光栄に思いなさい、ですよ。

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