\ 自称 / 世界で一番愛らしい弟子っ! ー師弟は初恋に呪われているー
二木弓いうる
初恋師弟のプロローグ編
第1話 弟子、入門する
「パパのクソハゲーーっ!」
わたしは家を飛び出した。
広めの庭もついた、三階建ての大きな家に不満はない。
けど、その家にいるパパがほんっとにキライ!
「待ちなさいピーリカ、落ち着いて」
家の中から追いかけてきたママが、わたしの腕を掴んだ。わたしと同じ黒い髪を、白色の細いリボンで結んでいる。スタイルがよくて、おっぱいも大きい。
けど、わたしだってママと同じ顔だから。いずれはそうなる。身長だって今は120センチしかなくても、絶対大きくなるし。美人にならない訳がない。
それなのにパパってばパパってば……きぃええええええええええ!
とにかく絶対許せない!
「嫌だ、だってパパが出てげって言った! だから出て行く!」
「あれは本心じゃないの。落ち着きなさい」
「知らない! 毎日毎日同じことばっかり。パパなんか嫌い!」
「だからって家出なんてしないで。ママ心配。手ぶらで一体どこに行く気なの」
「わたしは天才だから、どこでもやっていける。それが嫌ならパパを追い出して」
「それは無理よ。パパの家だもの」
「じゃあわたしが出て行く。さよなら!」
掴まれた腕を振り払おうと、わたしは大きく腕を振った。
ママは大きくため息を吐く。ため息を吐きたいのはこっちだ。ママのことは好きだけど、パパの味方をするなら許さない!
ママはその場にしゃがみ込み、わたしに目線を合わせた。
「ならピーリカ、魔法使いになってみない? 出て行くんじゃなくて、弟子入りしなさい」
突然何を言い出すんだろう。確かに、この国には魔法使いという仕事があるらしい。
七つの領土にそれぞれの民族が暮らす、カタブラ国。
その民族によって髪色が違うって、ママから聞いたことがある。わたしは黒の民族だから、肩まで伸びた髪も真っ黒だ。シンプルなデザインの黒色ワンピースに、黒色のショートブーツを履いているのは民族とは関係ない。ただ単に汚れが目立たないように着せられているだけ。本当はもっとかわいい、ピンクとか白とかがいい。
それより、えーと、魔法使いだっけ?
正直そんなもの、なりたくもなんともないけど。
きっとどんな場所に行っても、パパがいるこの家よりはうんとマシだろう。
「なんでもいいから出て行く!」
***
わたしはママに連れられて、高い山を登る。坂道キツいし、どこを見ても草ボーボーだし。空気はおいしいかもしれないけど、面白くも何ともない。
ママが立ち止まったので、わたしも足を止める。ようやくかわいいあんよを休められるぞ。かわいそうに。
両手で持ってきた荷物を地面に降ろす。パパの目を盗んで、ママと荷造りした荷物だ。重かったけど、全てわたしのものなので仕方ない。
こんな山の上に住んでる魔法使いが悪いんだ。既に疲れた。
目の前には、くすんだ赤色の屋根をした一軒家がポツンと建っていた。
「こんなヘンピな所に住んでる魔法使い、きっと大した事ない」
「何てこと言うのピーリカ。マージジルマ様は私達黒の民族の代表よ? 困った時には助けてくれる、すごいお方なんだから。お金には汚いみたいだけどね」
お金に汚い……? そんな奴に魔法を教われって言うの? ママもわたしの敵か?
ママはわたしの気持ちなど分かっていないのか、扉をコンコンと叩いた。
しばらくして、内側から扉が開く。
「はー、あ、い?」
出てきたのは右肩に白いフクロウを乗せた、小柄な若い男。158センチってところかな。まぁ背が小さいのはどうでもいい。それより。
ダサい! すごくダサい!
髪はボサボサだし、真っ白なローブも古いデザイン!
履いている靴も安そうなもの。見た目へのこだわりはないらしい。なんて貧相なんだろう。
それに……なんか変態っぽい。
さっきの返事も、妙に間があったし。たしか「はー」で美人なママの顔を見て、「あ」で喜んで、「い?」でわたしの顔を見ていた。顔で人を判断するなんて許せない! わたしだってママに似て美人なんだからな!
ママは妙な間を気にせず、奴にペコリと頭を下げた。
「初めましてマージジルマ様。突然失礼いたします。どうか娘を弟子にしてやってはいただけないでしょうか?」
やっぱりこのダサいのがマージジルマか、コイツが偉いなんて信じられない。
「へ……いや、アンタ、何言って」
男はキョトンとしている。理解力のない男だな。
ママは申し訳なさそうな顔をしながら、隣に立つわたしの頭を撫でる。
「いきなり来て失礼なことを頼んでいるのは十分承知しています。ですがこのままだと娘は大変な事をやらかす気がするんです。この子、父親と仲が悪すぎて家出しようとしていて。どうせご迷惑をかけるなら、問題を起こした後より起こす前の方がいいと思ってお伺いしました」
失礼しちゃう。このわたしが迷惑をかけるわけないのに。
アホ面を晒す男。まだ理解してないのか、バカな奴だ。
「娘って、え? は?」
「はい。娘のピーリカです」
「アンタは」
「あぁ、すみません。わたくしはパイパーと申します」
「パイパーさん……」
わたしを弟子にしたくないのか、マージジルマは顔を引きつらせている。このわたしを嫌がるとは、なんて愚かな奴なんだろう。
ママはニッコリ笑っている。
「はい。ごく普通の主婦です。ちなみに旦那の名はパメルクと申します」
「……娘より旦那をどうにかしましょうか?」
どうにかって何だろう? パパを弟子にする気なのかな? それならそれでいい。わたしは家に帰ってママと二人で暮らそう。このダサ男、わりと良い奴かもしれない。まだ顔は引きつってるけど。
冗談を言われたと思ったのか、ママはやっぱりニコニコしている。
「ふふ、それは遠慮します。うちの旦那、娘の事以外では扱いやすいので」
「扱いやすいって」
「きっとピーリカを見て貰えれば分かります。どうか頼まれてはいただけませんか? 勿論タダとは言いません。養育費も払います」
ようやく普通の顔になって、マージジルマは真面目な話をし始めた。
「そりゃ金貰えるのは嬉しいが、弟子入りってなるとうちで預かることになるぞ。俺、今は一人で暮らしてるんだ。ガキ……子供の面倒任せていいのか?」
魔法使いの弟子は魔法の失敗をしても師匠が対処できるように、住み込みで学習する事が多いらしい。けど、確かに男と美少女が二人きりで暮らすのはマズいかもしれない。
それなのにママってば、やっぱりニコニコしている。パパと一緒に暮らしてるせいで、どうかしちゃってるのかもしれない。
「えぇ。確かに幼い娘を男性の下へ預けるなんて、普通じゃ危険かもしれませんが……マージジルマ様、巨乳が好きなんですよね」
「そりゃ……あ?」
へ……へんたいだーっ!
この男、やっぱり変態か! 悔い改めろ!
奴の顔が再び引きつった。逆にママは、まだニコニコしている。
「有名ですもの。将来的にはどうなるか分かりませんけど、今ならまだ娘は幼いし。逆に安全かなと」
「いや違う。別に巨乳じゃなきゃとかそういう訳じゃ」
口ではどうとでも言える。サイテー。
マージジルマの答えを聞き、ママは悲しそうな表情を見せた。なんでそんな顔するの? かわいい娘の事をもっと考えて?
「そうなんですか……では弟子入りさせるのも止めた方がいいかしら」
……そうか! 弟子入り出来なくなったら、わたしの居場所がなくなる!
それでママは悲しそうにしてるのか。でも安心してほしい。だってわたしは天才だから。パパがいるから家には帰らないけど、一人でも暮らしていける。このダサ男が一人で暮らしてるんだ、わたしだってできる。
何故かマージジルマは、目線を下に向けて。唸り声を上げ始めた。何だ突然、気持ち悪い奴だな。
「大丈夫です。俺ガキ、子供に手ぇ出す趣味ないんで……やります……」
「まぁ、ありがとうございます!」
なっ、なんで!? なんでそうなるの?!
別にいいのに、わたし一人で暮らせるのに!
もしかしてコイツ……わたしがおっぱい大きくなることを見越して!?
筋金入りの変態だ。今だって、ママのおっぱいを見て頬を赤くさせている。クソ野郎だ。
「じゃあねピーリカ、たまに様子を見に来るから。離れて暮らしてもママはピーリカが大好きよ」
ママはわたしをギュっと抱きしめ、一人で山を下って行った。本当にわたしを大好きなのか疑いたくなる。とはいえ、家に帰るわけにもいかないし。
わたしは仕方なくダサ男の顔を見た。なんてことだ、奴もわたしを見ている。しかも、とっても気まずそうに。
こんな奴の弟子にならないといけないなんて、わたしってば世界一不幸な美少女だ。
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