【55】セバスとユキちゃん。
すこし話しは戻って、婚約者を追い返した日。
雪合戦で使われそこなった雪玉で、私は雪だるまを作って、魔力をこめた。
王宮にいた頃もこっそり作って遊んだことがあるのを思い出したのだ。
雪だし、すぐに溶けちゃうのが残念なんだけど。可愛いのだ。
小さい雪だるま。
手のひらサイズの雪だるまが、本棟の中をチョロチョロする。
使用人たち……特に侍女たちに大人気である。
「かわいいー!!」
「春には解(と)けちゃうけどねぇ」
「えええ~! そんなぁ!」
ありゃま。
これは罪作りなもの作っちゃったかな?
とりあえず、予(あらかじ)め春には解けていなくなるって言っておいてよかった。
*****
次の日。
「奥様。これがずっと私について来るのですが」
セバスから苦情が来た。
「え」
みると木の枝の棒でくいくい、と器用にセバスのズボンの裾を引っ張ってる。
もう行こうよ~と子供が言ってるみたいだ。可愛い。
「非常に行動がし辛いので、奥様からついてこないように、これに言ってください」
「いやー自動操縦で、人間の邪魔はしないように、だけは言っておいたんだけど……」
「……可愛いくない?」
「(コホン)そういう問題ではなく……私は、このように年寄りですが、かなり動き回りますので、蹴ってしまったりして破損するかもしれません」
ああ、心配してるんだね。セバス。
「雪ちゃん」
私は、雪だるまをそのように名付けていた。
「ユキチャン?」
「うん、このこの名前」
「セバスがお仕事の邪魔だって。ついて回っちゃ駄目だよ」
「……(首かしげ)」
「わかった?」
「……(セバスをそのまま見上げる)」
「う」
セバスがひるんだ!?
そして雪ちゃんがセバスのズボンをクイクイとする。
これは駄目だな、ついてまわるつもりだ。
「あの、セバス? 一応雪ちゃんには今言っておいたけど……邪魔なら、魔力切って消そうか?」
「なんて酷いことを言うのですか!?」
「はいっ!?」
セバスが声荒げて怒った!?
「……失礼致しました。しょうがありませんね、春までですね? 我慢しましょう」
「せ、せばす……?」
セバスどうしたん……?
その言葉を聞いてか、雪ちゃんが身体を左右に揺らす。
喜んでいるのか! おまえ! 主人は私だぞ!?
「それでは、執務中失礼いたしました」
雪ちゃんを連れて、セバスは出ていった……。
その後も、セバスが雪ちゃんを連れて、屋敷内を仕事して回るのを屋敷にいる全員が目にした。
「セバス様、ユキちゃんに、なつかれてらっしゃるわね……」
「寝る時もそばに置いてるらしい…ぜ」
「ええ、あのセバスさん、が……?」
「こないだ、風邪ひいてただろ? ユキちゃんのために、自室の暖炉つけなかったらしいぜ……」
「えええ……。鬼のセバス様にそんな優しさが……」
最初みんな、セバスが雪ちゃんを容赦なくごみ焼却炉に突っ込みかねない、と思っていたらしかった。
てか、鬼のセバスって。
使用人たちもセバスを恐れる一面はあったのだな。
怖がられつつも尊敬はされてるんだろうけども。
*****
3月某日。
私の執務室でセバスと結婚式関連の書類を仕上げている時、傍にいた雪ちゃんから、サク……という音が聞こえた。
見ると、雪ちゃんが汗をかいている――いや、解(と)けている。
セバスが目を見開き、思わずといった感じでその名を口にする。
「ユキチャン様……!」
セバス、雪ちゃんに様つけて呼んでたの!?
「あ……そろそろ、限界、なのかな……」
雪ちゃんが、最後の力を振り絞るように手を模した木の棒を動かす。
――おそらく、バイバイ、と言っている。
「おまえ……消えるのか……ごふっ!」
横で余計なことをいったサメっちの頭をひっぱたく私。
形をたもっていられる温度ではなくなったのであろう……雪ちゃんは意外にも早いスピードで解(と)けていき――。
カラン……。
雪ちゃんを形成していた棒や、小さなボタンが床に転がった……。
「……」
しーん……。
せ、セバスが、無言。
「あ、あの~。セバス……?」
「……床が散らかりましたね。片付けます」
セバス……っ!
セバスは雪ちゃんの亡骸(?)をかき集めると部屋からでていき、そのまま、その日は戻ってこなかった……。
******
「大変です、リコ」
その日の夜、アベル様が血相を変えて部屋に戻ってこられた。
「ど、どうされました?」
「セバスが……! 私がこの屋敷に来てから一度も欠勤したことがないセバスが有給の申請を……!」
アベル様がソファに座り込んで口元を覆う。
「 」
私は思わず口を開けたままになった。
せばああああああああす!!
「どうしましょう、知らないうちにひどい病気になっていたとかでしょうか……。いえ、年齡が年齢ですから気にしてなかったわけではないのです。そろそろ強制的に休暇を取らせようかと思ってはいたのですが」
アベル様が動揺している!!
彼にとっては父親みたいな存在だものな……。
私は事情を話した。
アベル様はそれを聞いて、さらに頭を抱え、しばし無言になったあと。
「リコ、もう、雪だるま禁止」
アベル様は、ジト目で私にそう言った。
「す、すみませんでしたあああ!!」
いや、ほんと。
こんな事になるとは思わなかった。
まさかセバスの心に私の人形が刺さるとは思わなかった……。
いや、本当に、反省。
もうあんな終わりが見えてる人形は作りません……。
*****
――セバスの有給休暇が終わると。
「セバスさん、これ! やっておきました!」
「ちょうどそれを頼もうと思っていたところです、ご苦労さまです」
「セバスさん、2Fのホールの絨毯に痛みがありましたので、修繕屋手配していただけますか!」
「そこは気が付きませんでした、ありがとうございます。早速手配します」
セバスが有給をとった、という事実に。その衝撃に。
セバスがいなくなったらどうしよう、という不安が、使用人たちの心に生まれた。
それにより、使用人たちの気が引き締まり、屋敷内の仕事効率が上がったという。
恐れられ、しかしながら敬われ慕われる執事セバス。
いつまでもいると思うな、親とセバス。だな。
最近私は気がついた。
たまにセバスが穏やかな瞳で、私の人形たちを眺めていることを。
ずっと怖いって思っていたけど、きっと心根は優しい人なんだろう。
私も、セバス労わろう。
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