【54】アベル様の本当のお母さまに会いました ②


  一晩明けて。

 日程に余裕もないので、早速海へやってきた。

 ディフィルナ陛下のご好意で、王族のプライベートビーチを貸して頂けた。


「わああああい! 貸切いいいい!!」


 サメっちをリアル形態にしてあげると、海で嬉しそうに泳いでいる。

 私が言うのもなんだが、ぬいぐるみなのになのにな……。不思議なやつ。


 アベル様と人形たち、そしてリリィとロニーも参加の西瓜割りをして盛り上がった。


 こっちの世界で水着なんて初めて着た。

 さすがに着心地は前世とは違うけれども、見た目はあっちとデザイン変わらないな。


 ところで。


 すみませんすみません、前を開け放ったパーカーから見えるアベル様の健康的で美しい胸板が、眼福でございます。サーフパンツ&パーカーセットありがとうございます!!


 ロニーもそんな感じでリリィが浮かれているのがわかる……。


 そんな私とリリィは遠くから見れば、普通にワンピースに見えるような水着だ。

 ホテルで売ってたのを購入したのだけども。

 前世のアニメで色っぽい女キャラクターが着てたような際どい水着も売ってた!

 この国の倫理観大丈夫か!?


 割った西瓜(すいか)をパーカーを羽織ったアベル様と二人並んで座って食べながら、話をする。


「そういえば、ディフィルナ陛下とアベル様、ひと目で親子だなぁ~って思いました」

「そんなに似ていますか?」


「ええ、とても」

「実は私もそう思いました。……そういえば詳しい話をしてしませんでしたね」


 西瓜(すいか)をのんびり食べながら、アベル様の話を聞く。


 なんでも、過去に留学で我が国の王立学院に在籍していたらしく、その時にアベル様を身ごもられたとか。当時、そこで教員をしていたお義父様がディフィルナ陛下に迫られた、ということらしかった。

 浮気、といっても事情がかなり複雑だったのね。

 あまり大きな声で言えない話だ。


「あれ、でもそれって、アベル様って第一王子」

「いえ、そうはなりません」

「あ、そうかカルディアラ王国は――」


「そう。この国は女性が跡継ぎになりますからね。そして性に奔放な国に見えますが、未成年の婚前交渉にはかなり厳しい国でして。私を身ごもった時、彼女は成人ではあったのですが、まだ学生でしたので、カルディアラ国ではまだ未成年扱いでした。しかも身分が身分ですので、認められない相手との子である私は隠し子扱いとなりました」


 成る程、高等部だったのかな。

 中等部の終わり……15歳がだいたいどこの国も成人扱いだ。

 でも、国によっては成人しても高等部の場合、まだ未成年扱いされる場合がある。

 勉学の途中ということは、社会に出るにふさわしい状態ではない、つまり大人ではない、みたいな理由が主だったように記憶してる。


「アベル様、淡々としてらっしゃるようで、壮絶な人生ですね……。 しかし、高貴な血筋とはいえ、よく私生児の立場でリドリーの家で良くしてもらえましたね?」


「義母はできた人で優しく良妻賢母でしたが……私も不思議に思わなかったわけではありませんでした。ただ今回さらなる事情を知って……言いづらいのですが。ディフィルナ陛下は先程ご覧頂いたとおり、男性女性どちらも愛でられる方のようでして……」


「……?」


「実は……義母も、その……」


「まさか」


「父が浮気したあと……普通に起こり得る一悶着があったらしいのですが。そのやり取りの中で、母もディフィルナ陛下に絆されたそうです……」


「ディフィルナ陛下、強い!? ……ま、まさか。リドリーの性格があんなだったのって」


「あ、それは関係ありません。義両親はリドリーのことも私と別け隔てなくちゃんと育ててましたから。少なくとも私よりはリドリーを優先するようにはしていましたし。それにディフィルナ陛下への思慕がなかったとしても義両親の私への扱いはあまり変わらなかったと思いますよ」


「ようは、まともだったはずの御夫婦とディフィルナ陛下で三角関係になったと……」


「そうですね、我々からすると考えにくいのですが、結果として3人仲良く恋人だった……って感じですかね。それもディフィルナ陛下がカルディアラ王が国に帰るまでですけど。彼女が国へ帰ったあとは、義両親も私をつれて故郷のオキザリスに戻ったそうです」


「ひゃ~……」

 私が目を白黒していると、アベル様がすこし悲しそうな顔をされた。


「……どうしました?」


「……あなたが、あなたのお母さまのハーレムで苦しんでいたので、その私がこのような生まれでガッカリされないかと」


 な……。

 そんな事、気にしなくていいのにー!


「何を仰ってるのですか? そんなの絶対ありえません!! アベル様は自身、何も悪くないですし! それにこちらはお国柄的にハーレムが正統なんでしょう? うちの母のは異常でしたから……」


「リコ……。ありがとう」

 

 頬にキスされる。

 キャー! 


「うむ。リコ、良い子じゃ」


 ちゅ。もう片方の頬にもキスされ……。  ?


「「うあああああああ!?」」


 いきなりその場にディフィルナ陛下が現れた!!

 いつのまに!

 ……この人も闇属性か!

 

「なんだ、大声をだしよって。まあ驚き慌てふためく姿も可愛いの、アプリコット」


 見れば、長い黒髪をなびかせた、ボン・キュ・ボンで引き締まったディフィルナ陛下が私達に混ざっていた。

 ホテルで売ってたきわどいタイプの水着着てるーーーーー!!

 結構な年齡のはずなのになんだそのスタイルはー!? しかし似合ってる!!


 ディフィルナ陛下は私を抱き寄せた。うああ!?

 胸やわらか……んっ! げふんっ!!


「可愛いのう。アベルよりも妾(わらわ)のものにならんか?」

「えっ! 困ります!」

「ディフィルナ陛下! おやめください……!」


 アベル様が私を奪い返し、抱きしめられた。


 きゃー! こんな真っ昼間にアベル様の胸板にダイブでき……ん、ごふん!!


「なんじゃ、真っ赤じゃないか。ますます可愛いのう」

「指咥えて、こっち見ないでください……!」


「(抱きしめられたまま)で、ディフィルナ陛下にご挨拶もうし」

「ご挨拶しなくていいです!」


 アベルさまー!?

 青筋たってる!


「あっはっは。冗談だ。アベル、ういやつ」


 ディフィルナ陛下は、アベル様の鼻をちょん、とされた。


「なっ!?」


 アベル様がからかわれた!?


 しかもそれ、私がよくアベル様にされるやつ!!

 クセって遺伝するんですかー!?


「か……からかわないで頂きたい」


 アベル様が真っ赤になって固まった。


 わあ、レア。


「ははは。王宮だとやはりある程度堅苦しい挨拶をせねばならんからなぁ。ここへ来てみたという訳だ」

「そうですか、とは言え、私の妻に手をださないでください」


「すまんすまん。もうせんから許してくれ。アプリコットもすまんかったな」

「あ、いえ。お気になさらず」


 まあ、いきなりだったけれど、頬だし挨拶の範囲内だ。

 びっくりしたけど、不快は感じなかった。不思議な人だ。


 陛下は皿の西瓜(すいか)を一つもらうぞ、と手に取ったあとベンチに座った。


「特に話題があって来たわけでもないのだが――一言伝えておきたくてな。アベル、お前のことを向こうの国で産み捨てたように思っていた。気にしていないわけではなかったが、未成年で産んだ為か回りがうるさくて会いに行くことは叶わなんだ。会えてよかった……いや、会いたかったぞ。なにせ、妾(わらわ)が初めて腹を痛めて産んだ子だ。ずっと会いにいこうともしなかった妾(わらわ)に、お前から会いに来てくれてありがとう」


 そう言って、アベル様に優しく微笑むディフィルナ陛下。

 ……そうか、やっぱり気にしてはいたんだね。

 

「……ディフィルナ陛下」

「母上でよい。今や私の世。お前が私を母と呼んで、どうこう言ううるさい奴はおらん」


 そう言って陛下は悪戯っこのようにニヤリと笑ったが、その笑顔は魅力的だった。

 なるほど、確かにこれは惹かれてしまうのもわかる気がする。


「では、母上。実は貴女が母だとここ最近知ったのです。そしてまさか面会が叶うとも思いませんでした。ありがとうございます」

「うむ。妾(わらわ)がこの歳になるまで回りに、ほんっとうるさい爺やどもがおったからのう。でも逆に良かったやもしれん、可愛い嫁ができて、幸せそうである」


 そう言って、ディフィルナ陛下は私を見た。

 さっきから何回も可愛いって言われてちょっと、照れくさい。


「はい。リコは私にはもったいない妻です」

「持ち上げ過ぎです……」


 私は顔を覆った。


「ははは。リコは照れ屋だの」


 そう言って今度はニッコリ笑って西瓜をシャクッとする陛下。

 この人、いちいち絵になるな……。


「どうだ? カルディアラは、気に入ったか?」

「非常に過ごしやすいですね」

「あ、気候が大変いいです! 住みたくなりますね!」

「そうか、いつでも来るといい、お前たちならいつでも歓迎しよう」


「ほんとー? 僕またここ来たい~」

 いつのまにか、ぬいぐるみに戻りフヨフヨ浮いてもどってきたサメっちが私の方に乗る。

「あ、おかえりサメっち」

「うん~。休憩。そして僕も西瓜食べたい~~。あ、ディフィルナ陛下こんにちは~。」


 ディフィルナ陛下が固まった。


「……なんだ、この生き物は」


 そういえば言ってなかった!


「あ、お伝えしておりませんでしたが、私は人形を扱えるスキルを持っていまして」

「ぬいぐるみだよ~」


「……可愛い」


「「「えっ」」」


「可愛いいいいいいいい!!!!!!」


 そう言った陛下は、いきなりガシッとサメっちを掴んで握りしめた。


「ごふぅ!!!」


 小サイズだったサメっちは、白目を向いた。


「さ、さめっちぃいい!!」

「母上! 握りすぎです!! サメっちを放してください!!」

「いやじゃあああ、妾(わらわ)のもんじゃあああああ!!」


 その後、滞在の間、サメっちはディフィルナ陛下に散々ここに残れと口説かれた。

 一番無邪気に遊べるはずだったサメっちは、帰るまで白目をむいていた。


 そういえば、サメっちは鮫をモデルとしたディフォルメぬいぐるみだから、やっぱ可愛いんだよね。

 この世界にも勿論ぬいぐるみはあるけど、前世のディフォルメ化した人形みたいなのはない。


 そう思えば、刺さる人には、とても刺さる人形なのかも。サメっち。

 しょうがないなぁ、サメっちは可愛いから。うん。


 ――カルディラからオキザリスへ帰ったあと。

 ディフィルナ陛下から私にぬいぐるみデザインの依頼が来た。


「うわ……ほんとにハマっちゃって。でも嬉しいなぁ」


 私はサメっちに似たデザインのぬいぐるみの型紙をいくつか作ってカルディラへと贈った。


 ディフィルナ陛下はその型紙を使って、サメっちのぬいぐるみ制作に取り掛かり、それがカルディラの土産物屋に並ぶようになるのだった。


 ――サメっち量産型が爆誕した、冬の珍事であった。

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