【52】守られる幸せ
本棟に住み始めてからしばらくすると、本格的な冬がやってきた。
今日は、前世でいうならクリスマス・イブだ。
この世界にはクリスマスがないから、ちょっとこの時期ワクワク感がないな。
アベル様の枕元にプレゼントとか置いてみたかった。
夫人業務の引継ぎも、進み具合は順調だ。
結婚式の準備もまったり進めている。
今はお昼休み。
さっき昼食を頂いたあと、屋敷の外へ出て、庭園を軽く散歩する。
「リコ、歩くの? 僕に乗らないの?」
手のひらサイズで空中に浮き、ついてきたサメっちが言った。
「だって腹ごなしだから、自分で歩かないと。それに、雪踏むの楽しい」
雪が積もっていて、踏みしめるとギュ、ギュ、と音がして楽しい。
私は、しゃがんで雪を両手でかき集めると小さい雪玉を作った。そして――
「それ!」
私は小さいサメっちに軽く雪玉をぶつけた。
「わあ! 冷たいよぉー! それにずるい! 雪合戦するなら僕にも手足出させてよ~!」
「あはは、確かに!」
私はサメっちに手足を与える。
雪の上に引き締まった健脚で、バレリーナのように美しく着地するサメっち。
「サメっち、裸足だけど冷たくない? 大丈夫?」
「大丈夫! ふふふ、いくぉー!」
その剛腕といかつい掌(てのひら)でギュッと雪を握る!
「ちょ! ストップ! そんな大きくて頑丈そうな雪玉投げられたら!! ネロー!!」
私は黒いクマのヌイグルミを地面に放り投げて力を与える。
「ネロ! 雪合戦だよ!」
ネロはむくむくと大きくなると、雄叫びをあげる。
めっちゃ、やる気。
「わ! ネロはずるいよ、リコ!!」
そして、次第に参加する人形が増えていき、庭園は戦場と化した。
これは、もうどこから雪玉が飛んできてもおかしくない……!
「きゃー!」
気がついたらリリィまで混じってる!
「リコ、この雪合戦の勝利条件はなんだ……?」
紳士服に身を包んだ二足歩行の猫人形、ニャン教授が私を抱えて雪玉を回避しながら、聞いてきた。
「さ、さあ……わかんない!」
ふと、屋敷をほうを見ると、アベル様が自室のバルコニーで苦笑しているのが見えた。
アベル様は昼休みもお仕事されてることが多い。
騒がしくしてお仕事の邪魔しちゃったかな?
そんな事をしてると、門の外に馬車が止まるのが見えた。
「あれ、お客様かな……あ」
御者が、馬車のドアを開くとそこから出てきたのは、私の知っている顔だった。
「……リコ、下がれ」
ニャン教授が警戒した声で、つぶやいた。
あれは、私の昔の婚約者の誰かだ。名前忘れたけど。
――かつて、何人かの令息が、私の婚約者になった。
それはすべてお母様のハーレムに入ってしまい、私との婚約は解消になってしまったのだけど。
いま来たのは、その1人だ。たしか3人目くらいの婚約者だったかな。
ホントに名前思い出せないな、誰だったっけ……。
顔は覚えてるんだけど。
私は急に楽しかった気持ちが冷え切った。
元婚約者は、私が庭園にいるのを見つけ、門に手をかけ叫んだ。
「アプリコット!! ああ、こんなすぐに会えるなんて! 僕だ! マイナードだ! 迎えに来たんだ!! 僕とやり直してくれ!!」
お。マイナード!
思い出した! 3番目の婚約者で合ってた。
会って3日目にはお母様に落とされてたマイナード!
実は、この過去の婚約者とのやり取りは、これで3回目だ。
お母様のヒロイン補正による魅了から解放され、正気に戻った婚約者達の中には、私を取り戻すために、わざわざ辺境までやってくる人がいる。
気持ちはわからないでもない。
国の姫との結婚を逃したのだから。
彼らだって被害者ではあるのだ。
けれど私は彼らには誰一人、会いたくなかった。
彼らに捨てられて、毎回多少は涙したから。
門番の人がアポのない方はお帰りください、とお断りしているが、そこから私が見えているのもあって、帰ろうとしない。
しかたない、私がここは一つビシっと言おう、と思い歩みを進めようとしたところ、
「アプリコット様は、もうこの屋敷の奥様です! お引き取りください!」
リリィが私の前に出て通せんぼのポーズをする。リ、リリィ! 勇ましい……!
「今日は来客予定はないな、と思っていたのですが、アポのない失礼な方が来たみたいですね」
ふいに肩を抱かれた。
見上げるとアベル様がいつの間にか隣にいらっしゃっていた。
「アベル様、あの……王宮にいた頃、婚約者だった方で……」
「……ええ、そうらしいですね、彼が言うのが聞こえました」
優しい声でそう言ったあと、マイナード令息の目線から私を隠すように背後に回してくださった。
わ、わあ。
冷え切ってた気持ちがいっきに温まった。
「セバス、せっかく遠いところまでお越し頂いたが、帰ってもらってくれ」
私がポーッとなって見てる横で、アベル様はセバスに命じた。
「かしこまりました」
いつのまにか屋敷から出て来ていたセバスが、私達をすり抜けて門へ向かう。
……ま、守って貰えている。
王宮では、こんな風に守ってもらえたことなんてなかった。
今まで困りごとは、全部自分で対応していた。
王宮にいた頃なんて、それこそまだまだ子供だったから、困ったことがあった時は、父や母、兄が助けてくれないかな……って甘える気持ちはあった。
でも、それが叶えられることはなかった。
代わりに、一人で立ち回れる逞(たくま)しさは身についたとは思うけど。
前世の記憶を遡れば、幼い頃に両親に世話を焼かれた記憶もあるから、なおさらそれが寂しい事だと感じた。
一人でもできる、人形たちもいる。
でも、その他にも一緒に解決してくれる人たちがいる、という事に心強さを感じる。
この土地にやってくることが出来て――受け入れてもらうことが出来て、本当に良かった、と思えた。
アベル様の背後から様子を伺っていると、マイナードはセバスと少し話したあと、肩を落とした。
何より、見える場所にいる私がアベル様の背後に隠れ、そちらへ向かう様子もないのを見てあきらめがついたようだ。静かに会釈すると、馬車へと戻っていった。
「セバス、ありがとう」
アベル様と私に一礼して屋敷に戻ろうとするセバスにそう言うと、彼は少し微笑んで言った。
「お礼など私に言う必要ありません、奥様。それよりも、今後もこのような事がありましたら、すぐにお呼びくださいませ。私が対応致します。以前の訪問者はご自分で追い払われたでしょう?」
「あ……ああ、うん。ありがとう。甘えさせてもらうね」
「甘えなどではありません。当然でございます。……では、失礼致します」
セバスはそれだけ言うと、さっさと屋敷へ戻って行った。
アベル様が私の肩を抱き直す。
「リコ、セバスの言う通りこういった事はこれから、誰かを呼んで対応させてくださいね。ああいった訪問はあなたが直接対応する必要ありません」
「は、はい……!」
感動して涙目になってる私の目元を拭ってくれる。
うあぁ、好きー! 抱きついていいですか! とか思ってるところに、
「私がいましたよ!? セバスさんだけじゃなくて、私も対応してましたよー!」
と、通せんぼしたままのリリィが涙目で言った。
その様子が可愛らしかったので、私とアベル様は思わず吹き出した。
「ありがとう、リリィ」
「頼もしかったわ、リリィ、ありがとう」
アベル様と私でかわるがわるリリィをくしゃくしゃに撫でた。
「お二人共酷いですよー!!」
むーむー、と怒っているリリィの手を取る。
「ふふ。身体が冷えてきたわ。そろそろ中に入りましょう。風邪ひいちゃう。ほら、リリィの手、とても冷たいわよー?」
「私も少し温かいお茶を飲みたくなりました、リリィ、用意してくれるかな」
「はい!! かしこまりました!」
用事を頼まれてすぐにキリっとするリリィ。良い子だ。
人形たちは雪合戦を再開していたが、私達は連れ立って屋敷の中へ入った。
私の肩を抱くアベル様の手も、外から入った屋敷の中も、温かかった。
――そんな心温まるような日常がゆっくり流れて行き、春の結婚式を迎える頃には、私は完全にミリウス家の人間となっていた。
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